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みんなが幸せだと自分もうれしい。底抜けに優しい法務部長の夢とチャレンジ[前編]

いよいよ11月からグリーンローソン1号店で正式にスタートしたアバタープロジェクト。ローソンの実店舗に出勤しなくても、デジタルアバターを介してクルーとして働ける画期的なシステムです。この多くの人がハッピーになれる可能性を秘めた新しい働き方を提案、推進したのは法務部長の月生田和樹さん。なぜ店舗運営やデジタルとはあまり関係がなさそうな部署の部長がアバター事業を立ち上げたのか。その思いを語っていただきました。


アバター事業プロジェクトリーダー/月生田つきうだ 和樹かずき
理事執行役員・事業サポート副本部長・法務部長
1975年、香川県生まれ。東京大学卒業後、4年間の無職期間を経て2003年、ローソンに入社。直営店のローソン下谷三丁目店、池袋メトロピア店を経て、2004年8月、本社法務部に異動。2017年9月から法務部長としてローソングループの事業活動を陰ながらサポートするほか、社内DX推進や全社向け勉強会などの社内人財育成にも尽力。2022年からはアバターを活用した新しい働き方と温かい未来をローソンとして実現するために日々奔走中。


司法試験浪人でメンタルがボロボロに

  月生田さんは大学卒業後、2003年まで4年間無職だったとのことですが、この間何をしていたのですか?

司法試験合格を目指して勉強をしていました。検事になりたかったのですが、志望動機は大したことなくて、型破りな検察官のドラマを見ておもしろいなと思っただけです。

  司法試験のチャレンジはなぜ2003年でやめたのですか?

最大の理由はその頃起きた司法試験改革です。それまでの司法試験は合格率数%の超難関の国家資格だったのですが、司法試験改革で法科大学院ができたら合格率が何倍も高くなり、合格者も激増するとのことでした。そうなると司法試験合格の価値が下がり、頑張って合格したとしてもおもしろくないなと思うと、一気に勉強のモチベーションが下がったんです。
それでなくても、最初は司法試験合格を目指して意気揚々と勉強を始めたんですが、学部時代も含めて8年もやってるとだんだん心が荒んでくるんですよ。夜眠れなかったり、理由もなく突然涙が出てきたり。たぶん心が病んで限界にきてたんでしょうね。それと、実家に住んでいたので親に迷惑をかけているという負い目もありました。あんまり長く続けるとさらに迷惑をかけるからそろそろやめてまともに働こうと思い、そのタイミングでやめたわけです。

入社のきっかけは1000円の商品券目当てに参加した説明会

  今のようにロースクールに通えるわけでもなく、一人きりで実家で4年間もひたすら勉強していたらかなりメンタルをやられてしまいそうですね。その後なぜローソンに就職したのですか?

とにかく就職しようと思い、いろんな企業が出展する就職合同説明会に参加しました。そこで3つの会社の説明会に参加すると1000円分の商品券がもらえるというキャンペーンをやってて、それ目当てで参加した中の1社がローソンだったんです。そこで採用になり、2003年9月、全くの未経験ながらスーパーバイザー候補として入社しました。

その後、直営店の下谷三丁目店や池袋メトロピア店で働いた後、本社法務部へ異動となりました。ちなみに池袋メトロピア店時代の店長が今の妻です。

何でもいいから役に立ちたい一心で法務部に

  法務部は司法試験の勉強で得た法律の知識が役に立ちそうですね。自分から志願したのですか?

いえ、ある時当時の上司から「これまで司法試験の勉強をしていたのなら、仕事として法務という選択肢もあるよね」と言ってもらえたからです。でも、法律を学んでいたから法務部に異動したかったというわけではなく、それしか取り柄がなかったからです。

  というのはどういうことですか?

ローソンに入社した当時は長年の司法試験浪人生活でかなり精神的に打ちひしがれていて、自分のことを何の役にも立たない人間だと思い込んでいたので、とりあえずローソンに拾ってもらってよかったとほっとしていました。だから、こんな自分でもこれまで身につけた知識で少しでも何かのお役に立てるのなら法務部でもどこでも行かせていただきます、という気持ちだったというのが正直なところです。

  なるほど。実際に法務の仕事をしてみてどうでしたか?

最初はかなり苦労しました。確かに法律の知識はありますが、実務の経験は全くなかったので、契約書を読んでも内容が理解できず、上司に怒られて泣いてました。法律の勉強をしていたからといって、すぐに法務の仕事がこなせるという甘いものではない。そこは全然違うんですよ。

だからこのままではダメだと、仕事を覚えるためにがむしゃらに働きました。当時は今と違って自分が働きたければいくらでも働けた時代でしたからね。

でも今思えば、上司からそこまでいろいろな案件を任せてもらえたのは、その頑張りが認められていたからかもしれません。かなりキツかったですが、確実にその後の糧になりました。この時がむしゃらに頑張ったおかげで今の自分があるとも思っています。

ただ、当時法務部で一番下っ端だったのですが、態度だけはでかくて、「こんな作業はどう考えても無駄だからやめるべきです」とか「こんな新しいことをやりましょう」など、かなり年の離れた上司にも忖度なしで意見してよくケンカしていました。入社して今までそんなことばかりやってるうちに、法務部の枠をはみ出してやる仕事も増え、取り組みの規模もどんどん大きくなったという感じです。

新しい働き方の提供と人手不足の解消を目指して

  昨年、月生田さんが立ち上げたアバタープロジェクトもその延長線上にあるということですね。改めてそのチャレンジの内容を教えてください。

アバタープロジェクトとは、ローソン店舗のセルフレジの横にモニターを設置し、そこに表示されたアバターがお客様に対してセルフレジの使い方を教えたり、デザートケースの上に設置したタブレット上でアバターが商品の説明をしたり、入口付近に設置したディスプレイでアバターが陳列場所など店内の案内を行うというものです。そのアバターはオペレーターがお店と離れた場所、当面は東京本社と大阪コンタクトセンターから遠隔操作し、接客対応します。プロジェクトは石黒浩先生(ロボットやアンドロイド研究の世界的権威。大阪大学基礎工学研究科教授)が代表を務めるAVITA株式会社と協業して推進しています。

  そのアバタープロジェクトの狙い・目的は?

大きく2つあります。1つは新しい働き方の提供です。コロナ禍によってリモートワークはある程度浸透しましたが、基本的に接客はリモートではできません。ゆえに我々コンビニエンスストアを含め、店舗に勤務している人たちは、コロナの心配・不安を感じながらも出勤していました。
それに加えて、調査の結果、本当はリアル店舗で接客の仕事がしたいけれど 、障がいをもっていたり、子育て中などの問題によって、実現が難しい人も少なからずいることがわかりました。
そんな人たちも、リモートで接客ができるようになればうれしいと考えて、まずこの目的の実現のため、検討を始めました。

  2つ目の目的は?

人手不足の解消です。コンビニ業界はコロナ前まで長らく人手不足が続いていたのですが、コロナにより多くの飲食業が休業などの影響を受け、そこで働いていた人たちがコンビニで働くようになりました。そのため一時的に人手不足は解消しましたが、最近は飲食店も営業を再開し、再び人手不足の問題に直面しています。この問題は、先ほどの接客がしたくてもできない人を繋げれば解決に寄与できます。つまり、アバターを活用することによって、リモートならコンビニで働けるという人たちにも働いていただける。そうなればその人たちもハッピーになるし、私たちコンビニも人手不足が解消できてうれしいというわけです。

特に深夜帯は人が集まりにくいのですが、その点でもアバターを活用したリモートワークであれば一人で1店舗だけではなくて2、3店舗同時に担当できます。それが可能になれば一人で3、4人分働けるので、ますます人手不足の解消になります。

お店側も人手が足らないと24時間営業が困難になりますが、アバターを使えば24時間営業を続けることができるのではと考えています。

困っている人が近くにいると心がザワつく

  アバター事業は働き手、ローソン本部、加盟店、利用者と三方良しどころか四方良しのプロジェクトなんですね。月生田さんは困っている人を助けたいという思いが強いのでしょうか?

そのように積極的に意識しているわけじゃないのですが、いつの間にかそうしているという感じです。困っている人が周りにいると、心がザワザワするというか、私自身も嫌な気持ちになるんですよ。

  具体的にはどのような気持ちなんですか?

例えば、自分の子どもが泣いていたら自分も不安になって、「どうしたの?」って聞いて何とかしたくなるじゃないですか。そういう気持ちです。何か嫌な出来事があった人と同じくらい嫌な気持ちになってしまう。それを解消するために、困っている人に「大丈夫ですか? 何か私にできることはありませんか?」って声を掛けてしまう。だから私のエゴかもしれないですね。

  他人の気持ちとのシンクロ率が高いんでしょうね。助けることで相手も楽になるし、自分の気持ちも楽になるからいいと。

そうですね。やっぱり人って笑っている方がその人自身も、見てる方もいいので。どうせならみんなハッピーになりたいって感じですね。

石黒先生の講義から着想を得る

  そんなみんなのハッピーを目指すアバタープロジェクトを立ち上げた経緯を教えてください。

直接のきっかけは去年(2021年)の12月、会社に参加させてもらった変革型リーダーの養成を目的としたプログラムの一環として、石黒先生の講義を受けたことです。

具体的には、「人間は肉体を失っても、ロボットやアンドロイドなどの機械に精神が繋がっていれば人間と呼べるのではないか。今、私たちが持っている肉体のままでは宇宙や水中には行けないけれど、ロボットやアンドロイドなどの物理的なアバターを介せば行ける。それなら人生100年どころか、1万年でさえも生きられると言える。一方で、そうはいっても人間は周りが全く無機質なものだけでは生きていけない。周りに生きている人がいて初めて人として生きられる」というような話でした。

  人とは何かという根源的な話でおもしろいですね。

この話を聞いた時、私と考えていることが同じだと共感しました。実は10年ほど前、無職時代に、趣味で、WEBカメラでQRコードを読むと3Dのキャラクターが出現して踊りだすというAR(拡張現実)作品や、体の動きを認識してその3Dキャラクターを思い通りに動かせるソフトを使って、今でいうアバターのようなものを作ってデザインフェスタで出展していたんです。元々、そういったことに興味をもっていたこともあり、石黒先生の話も興味深く理解できたわけです。

それと同時に、石黒先生はアンドロイドの研究をしているけれど、実は追究しているのはアンドロイドじゃなくて人なんだと感じました。ちょうどローソンとしても、人の温かみを接客のサービスとして提供したいという思いをもっていたので、石黒先生の考えとマッチすると確信。一緒にプロジェクトをやらせて頂きたいと思い、講義の後、一度お話させて頂けないかとメールを送りました。

  それからの流れは?

2021年の年末に、社長に変革型リーダー養成プログラムの第1モジュールで学んだことをメールで報告する際に、石黒先生が代表取締役を務めるアバター事業を手掛けるAVITA社と一緒にローソンでアバターを活用した協業を検討したいと提案したところ、快諾いただきました。その際社長から、環境配慮型店舗のグリーンローソンでやってみたらどうかというお話も頂いたので、AVITA社との協業のお話を進めることにしました。

  石黒先生の反応は?

石黒先生も興味をもっていただいたようで、それからまずは石黒先生と2人で何度かオンラインミーティングを行った後、石黒先生が経営する、アバター事業を手掛けているAVITA社の取締役の方も含めてデジタルのアバターサービスの説明を受け、構想を固めていきました。

そしてAVITA社のアバター技術の確認・検証、運用方法、使用機材の選定、試験、アバターオペレーターの採用、研修などを経て、今年の11月28日にグリーンローソン1号店から正式にアバター店員の運用を開始しました。

応募者の熱意に涙

  アバターオペレーターへの応募はどのくらいあったのですか?

10~30名の採用枠に対して、約400名の応募がありました。当初の予想を遥かに上回る数に驚きました。その中から50名にまで絞り込み、面接しました。

  すごい数ですね。応募者はどんな人たちだったのですか?

障がいをもっている方や、体力的な不安を抱えている方、シニアの方、声優やナレーター、VTuberなどの声の仕事の方、システムに強い方、アバターの仕組みに興味がある方、ローソンで働いたことのある方など、本当に様々な方がいらっしゃいました。

──絞り込むのが大変だったと思います。面接してみての感想は?

みなさんとても優秀で、このアバターオペレーターという新しい仕事を単に物珍しさで経験したいというだけではなく、この取り組みをずっと継続したりもっと広げたいという熱意をもっていました。だから本当はそのまま全員採用したかったのですが、そういうわけにもいかないので泣く泣く、断腸の思いで40人ほどに絞らせていただきました。

合格した方々は、アバターの運用に関して私が何か指示するのではなく、自ら「こんなことを考えてきたんですがどうですか?」とか「もっとこんなふうにしたらいいんじゃないか」など、いろいろアイデアを提案してくれています。そのおかげでよりアバターの使い勝手がよくなり、今後の可能性も広がったと思います。

──採用の過程で印象深い出来事を教えてください。

ある応募者と面接した時、最後に「私は不採用になってもこのアバタープロジェクトはぜひ続けてほしいので頑張ってください」って言われたんですよ。自分が落ちても応援してくれるんだと思うと、すごくうれしかったですね。

──それはうれしいですね。ちなみにその人は?

合格しました(笑)。

──このアバタープロジェクトという新規事業のチャレンジのやりがい、醍醐味はどのようなところに感じますか?

先が見えないところですかね。何でもそうですが先が見える仕事ってやってておもしろくないじゃないですか。でも、このボタンを押すと何が起こるかわからないという仕事は自分自身もワクワクするし、みんなが興味や期待をもってくれるからおもしろい。しかも、そういう仕事は誰もやったことがないからやりがいも大きいし、そもそも誰もやりたがらないからチャンスでもありますよね。

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