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「旅」は生きづらかった自分へのギフト—私は本当の自分を許す時間と場所が欲しかったんだ。

今でこそ社交的だと言われることの方が多い私ですが、本当の私の奥底にある感情は暗くてひっそりと一人いることを望むようなタイプだと今でも思ってしまう。

そう思う理由は、幼少期〜中学生までの人間関係がことごとくうまくいかなかったことに起因しているのではないかと自己分析の結果思う。

当時の人間関係については、これまで積極的に誰にも語ってこなかった話題。

きっと心のどこかで、

過去のことはもうどうだっていいじゃん。

今こそが全て。

そんな風に、過去の痛みを取り出すことが、自分の恥部をさらけ出しているように感じて、

これまで頑なに、決して取り出すことのない箱の中に入れてガムテープでぐるぐる巻きにして闇に葬ってしまった。

それも「優等生」ならそうするだろう、という「優等生という仮面を被り続けてきた自分」の判断だった。

自我の強さが裏目に出た幼少期〜中学生までの私

幼少期〜中学生頃までの私は、

特定の誰かとつるんだり、群れたりするのをとにかく嫌う少女だった。

休み時間に一緒にトイレに行くなんて言語道断。

私の心のうちは、

なんで、みんなと同じ行動をとらなきゃいけないの?
女子のグループなんて、なんかめんどくさいな…。

そんな風に思っていた。

我ながら、自我が強くて扱いにくい子、だったと思う。

まさに一匹狼。

そんな性格丸出しでいるとどうなるか。

もうお分かりだろうだと思うが、

次の日には、「〇〇(私)と一緒にいるのはやめよう、あの子すごく変わってるから。」と陰口を叩かれ、嘲笑され、仲間外れにされてしまうなんてことも少なくなかった。

多感な思春期の女子グループというのは本当に世知辛くて、面倒で、残酷だ。

仮に自分じゃない誰かが同じ目に遭っているとかわいそうなんて気持ちに浸る時間よりも、「明日は我が身」と言わんばかりにリーダー格の女子から嫌われることを恐れ、思ってもいない言葉を口にしたり、彼女たちの意見に迎合してしまう癖が形成された。

そんな自分や他者の姿を見るのも子どもながらに辛くて、攻撃されないようにと余計萎縮してしまうから精神衛生上本当に良くなかったと思う。


生きづらかった。

自分でいうのもなんだが、私は特に繊細で傷つきやすいタイプの子だった。
家では両親の、学校では同級生の顔色を常に窺うような子だった。

だからのびのびと自己表現できている人を見ると、今でも当時のコンプレックスがチクッと刺激されてしまう。

当時は携帯電話はあってもLINEやSNSなどはなかったことが救いだったなと思う(もちろん、私は携帯電話も持っていなかったけど。)

優等生という仮面

そんな私が変わるきっかけは高校入学と同時に訪れる。

それを境に、これまでの「自分らしさ」をしまってしまう。

私は自らの意思で、ほぼエスカレーター式に上がる地元の普通科高校へ通うことを選択しなかった。

同じようなメンツで、これまでと変わらないような日常を過ごすのが容易に想像できたからそれだけは嫌だと、ITとビジネス、そしてデザインやクリエイティブに専門性のあるS高校を選んだ。

同じ中学から、S高校に進学した生徒は3人だけだった。そのうち一人は学科も全く違ったから、同じ学科では中学から知っている生徒は私ともう一人の女の子だけになった。

それまでとガラリと入れ替わった人間関係の中で、他校から来た生徒たちとはじめましてするたび、私に投げかけられる印象は中学までのそれとは打って変わった。

かほちゃんっておしとやかで、可愛いね。

初対面で容姿を褒められることが増え、いかにも優等生というレッテルを貼られ、その容姿から想像する中身のイメージについて並べられることが多くなった。

私の外見から察するイメージを無邪気に伝えてくる彼らの言葉は、中学までの私が想像していたものとは全く違う世界で交わされる言葉のように感じた…。

もうかつてのような失敗はしないように、と注意深く慎ましやかに振る舞っていたこともあってか、これまでのキャラを捨てて、優等生として大人しくして生きていく道を選べば傷つくこともなかろう、当時そんな風に思ったのをとてもよく覚えている。

そして、一年生が終わる頃には、同級生だけでなく先生でさえもお手本のように自分のことを評価してくれるんだ、ということを実感してしまったほど。

これは、自分の中でガラリと成功体験が書き変わった出来事だった。

新しく身につけたキャラのおかげで得することも増えた。

誰も私のことを変わり者扱いしない。そのキャラでいるうちは、みんながチヤホヤと評価をしてくれる。もちろんそれ相応の努力はしたが、無条件に好かれることも増えてまるで下駄を履かせてもらっているような気分でもあった。

幼少期から中学までの「自我という牙」は「刀」はいつしか戦いを終えた戦士のように役目を果たし終え、丸く鞘に収められ、突然私の人生から役目をなくした(かのように思っていた)

代わりに、優等生という「鎧」を呪いのように身につけることになる。

優等生というキャラで生きること、必要以上に自我を際立たせないこと、それはこれまでの私を知る人はほぼ皆無の世界で、うまく渡り歩いていくための私なりの処世術だった。

それ以後の人生で、このキャラはますます板についていき、いつしか自分にがんじがらめになって事あるごとに絡みつくようになった。

それは社会人になっても、友人や恋人の前でも、SNSの情報発信でも変わらなかった。

本当の私は「私」しか知らない。

本当の私をさらけ出したら、あの頃のようにきっと嫌われてしまう。

そういう固定概念がとてつもなく強くて、とにかく目立たぬように目立たぬようにと偽りの自分で自分の中にある大切な何かを頑なに守っていた

物事の判断をするとき、優等生の自分ならどう選択するだろう…?

ここでの立ち居振る舞いは優等生のそれに適うものか…?

まるで誰かの期待に応えるように、期待に応えることすらも優等生なら重荷に感じないはずだから、とますます自分を縛って離さなかった。

ちゃんと、しなきゃ。

気づいたら、もう中学までの私はどこへ行ってしまったんだろう、というくらい人生が、世界が書きかわってしまっていた。

果たして、優等生でいる時の自分の方が人生で長くなろうかと思えた時、

時を経て、ある日突然昔の自分が牙を剥き出すことになる。

ほんとの私はどうしちゃったの…?

大人になって、ある日突然、自問自答してしまった。

人間関係、このキャラのおかげでうまく成り立っていると思っていた。

もう仲間外れにされる心配もないし、自分が多少自我を殺して我慢すれば人間関係で何も困ることはない、そう思えた時、

別の角度から何か一つピースが足りないことを教えられたような気がした。

私は私の人生を生きているのか、と。

自分を感じるソロ旅で私に自由を—

そんな時、あるきっかけでヨーロッパにソロ旅に出てみた。

優等生とかそういうものさしじゃなくて、私の目に映るもの、出会う人、その土地とちで思いっきり空気を吸いたい。

自由で何にも縛られない環境でのびのびやりたい。

そんな心からの声を叶えにいった4ヶ月間だった。

ありのままの自分の感覚に従うということが本当に自由で楽しくて、昔の縛りがなかった頃のような自分に戻れたような気分だった。

「You are awesome!」
「Such a wonderful woman I’ve ever met.」

ありのままで過ごしている自分でも評価してくれる人がいる、当時各地で出逢ったローカルには今でも本当に感謝している。

おかげで滞在ビザもオーバーして帰国の際に出国審査官に睨まれてしまうという、優等生ならぜったいにやらないような奇行も犯した(褒められたことではない)

旅に出ている間は、私は本来の私として生きられる。

誰に許されるでも、認められるでもなく、自分のものさしで息をしながら旅をすることができる。

それ以来、ソロ旅の素晴らしさに魅了され、旅に出ることに味を占めた。

当時の原型をカタチにしたのが、

『自分を感じるソロ旅で私に自由を—』

というコンセプトだ。

私の場合、ソロ旅のきっかけに綺麗なものなんて一つもなかった。

幼少期の家庭環境、うまくいかなかった人間関係からの抑圧、摂食障害、婚約破棄、パニック障害からの留学反故…人生の失敗を挙げればキリがない。

だけど、そんな時こそ自分を見つめる時間が欲しかったし、必要だった。

自分を感じるソロ旅とは、ありのままの自分の心と対話し、本当はどう思っているのかに丁寧にフォーカスすることで自分を見つめ直す、と今なら言語化できる。

もし、そうすることが出来たなら、

旅が日常に戻るとき、旅に出る前の自分よりも少しだけ自己理解が深まっていたり、自分との付き合い方が上手になれていたら、それはすでに旅に出た意味があるのではないかと思う。

自分と向き合うソロ旅、
自分を解放するソロ旅、
自分を許すソロ旅

最高の自分をおもてなしする旅、

ソロ旅の定義は人の数だけあると思う。

人には人の乳酸菌じゃないけど、ソロ旅のスタイルや定義にだって同じことが言えるはず。

海外でいつも助けられています、ありがと。

正直、現実社会では、対人関係や自己表現においてまだ全てをさらけ出せる自分には至っていない。

理性ではできそうなことに感情がついていかないことに引け目を感じてしまうことなんてこれまで何度もあった。

だけどその度に旅に出て、本当の自分との距離をつめ、膝を突き合わせて話し込み、本当はどう思っているのか、を丁寧に抽出してきた。

その結果、

それでも、いいじゃん。

できるまで気楽に待てばいいじゃん。

なんなら、もっともっと旅に出て自分を知っていけばいいじゃん。

そんな風に、何者でもない何かに許されるような気持ちになる。

そう思うと、私は自由なんだ、どこまでいっても自由なんだ、と肩の荷が少し降りた気がした。

現実社会で、言いたいことを言わないでいることでことなかれ主義だとか、変わりたいと思っているのになんで変わらないの?とか他人に勝手なことを言われようが、その選択をした時の自分には、その時の自分のそれ相応の理由があったはず。

だから、その分ソロ旅に出たときくらいは、普段プレッシャーやストレスフルな環境にいる自分を存分に癒して許してあげる。

よく、がんばったね。」と。

普段は決して人にさらけ出せない姿で存分に旅を楽しんだらいいじゃないですか。

これから旅に出る人には、そんな言葉をエールとして送りたい。

変わらない自分を責めなくたっていい

世の中的に変わることが善、変わらないことが悪だとジャッジメントされがちだが、

ひねくれ根性満載の私は、

なんで、誰かに言われて変わらないといけないんですか?

ふとそんなことを思ってしまう。

他人に変われと言われて変われるくらいなら、最初から闇は深くないでしょう。

動かざること山の如しだとか、頑固だとか言われようが、その誰かは私の人生の責任をとってくれる訳ではないじゃん、って思う。

勝手なことを押し付けてくんな。

なんと言われようが私はわたしだって、今なら胸張って思う。

旅をしている瞬間は、いつもは外側に向いている矢印が、内側のまさに「自分」の方向に向く

欠陥がある自分をありのままにスキだと言ってあげられるのも、また自分にしかできない愛し方で大切にしてあげるのも、きっと自分にしかできないこと。

私には、私の抑圧の解放の仕方がある。

私の場合、それがまさに「自分を解放するソロ旅」だったわけです。

すると不思議なことに本当は誰かに何かに許されたいはずだったのに、逆説的ではあるけど、別に誰かに許されなくたっていいや、という気持ちになってきたりする。

旅をしている瞬間は、いつもは外側に向いている矢印が、内側のまさに「自分」の方向に向く

その時だけはいつも以上に自分にやさしくなれる。

誰かに何かに認められなくたっていい、許されなくたっていい。不思議とそんな気持ちになってきます。

このnoteを書いている今この瞬間も旅に出たい気持ちでうずうずしてきました。

無造作に開いたGoogleマップで地図を彷徨い、ウィッシュリストを眺めまくる。

次はどこへ行こうか。

私の人生の旅は、まだまだ続きそうです…。

かほ|旅とエッセイ。
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