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たぶん5分の物語④

Memories of Chocolate

恵美と家族になったのは僕が12の冬だった。
母のスカートをぎゅっと握って、怯えたように見上げるまん丸の瞳。
子供ながらに "ああ、守ってあげたい"って思ったものさ。

僕が脊髄バンクに登録したり、臓器提供の意思表示をする様になったのも実は恵美がいたからなんだよ。
人を大切に思う気持ちを僕は恵美から教えられたんだね。

そうそう、自分でも何でなのか良く分からないけれど、毎年この時期が来ると思い出すことがあるんだ。
あれは恵美が中学生になった時だった。

「私の方が絶対チョコレート好きだから、そのチョコ全部食べてあげるね」

そんな事を言い出して、僕が貰ったチョコレートをひとつ残らず取り上げられたね。
それから毎年、チョコレートは僕から恵美への贈り物になった。

………… 僕が死ぬまで毎年。

「まだチョコレート貰って無いんだから死んじゃダメだよお兄ちゃん!」

病室で僕の手を握りながらずっと泣いている恵美に、僕はどうしても伝えたかったんだ。
僕の瞳は、きっと誰かの明日を照らす。
僕の心臓は、きっと誰かの恋にトキメク。
だからさ、もう泣かないでおくれ。
恵美には、チョコレートの様に甘い笑顔が似合うのだから。


「早くしないと売り切れちゃうよ恵美!」

「ごめん」

「何その顔?あっ!またお兄ちゃんの事思い出して泣いてたな」

「うん」

「もう4年だよ、いくらブラコンだからって長すぎ。さっさと男作って忘れなきゃ」

「忘れるはず無いじゃん!」

「うわっ逆ギレ…はいはい分かりました分かりました、私が悪ぅございました」

「大体、お兄ちゃんはいなくなってないから。風もないのに花が揺れたり、電車で寝過ごしそうな時に突然目が覚めるのは、全部お兄ちゃんの合図なんだから」

「それ何度も聞いているけどさ、私以外に話さない方がいいよ恵美。多分めっちゃ引かれるから」

「別に信じてくれなくてもいいけどさ」

「ああ凄い並んでるじゃん。どうする?もう買えないかも知れないけど?」

「並ぶよ、お兄ちゃんのお気に入りのチョコなんだから」

「あっそう、んじゃ頑張って。私は他の店見てくるからさ。後でメールするね」

毎年この時期になると思い出す。
お兄ちゃんの最後の言葉。

“恵美には、チョコレートの様に甘い笑顔が似合うのだから”

そんな甘い笑顔を見せたいのはお兄ちゃんにだけだよ。
誰かから貰ったチョコレートを食べて欲しくなくてあんな事言ったけどさ、ニキビが気になる年頃にチョコレートは禁物だったんだから。
それなのに毎年ここのチョコレートを贈ってくれるもんだから、すっかり癖になっちゃったじゃないか。

「すいません、今ので売り切れになってしまったんですけど」

「えっ?もう無いんですか?」

「バレンタイン仕様で無ければまだ大丈夫ですけど」

「はぁ……」

「あのこれ、もし良かったらどうぞ」

「えっ?」

「僕は別に普通のヤツで構わないんで」

「えっ、でも悪いですから」

「いやいや、僕よりきっとあなたの方がチョコレート好きだろうし」

「……お、兄ちゃん?」

「はい?」

風もないのに店先の花が揺れている。

“僕の心臓は、きっと誰かの恋にトキメク”  
                  end



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