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…どっちだ?【ノンフィクションショート小説】

自分に自信を持ったら良いのさ。

バイト先の店長は、僕の誕生日にそう言うとプレゼントをくれた。

あれは、僕が20歳の夏。芸人の大学生の二足の草鞋で、たまたま行っていた飲み屋で仲良くなった飲食店の店長さんに、盛り上がりの勢いで誘われる形で小遣い稼ぎ程度のバイトを始めた。

小遣い稼ぎ程度とはいえ店長は僕に本当に優しくて、短いバイトの勤務時間の後には決まって、バイト代よりも高い金額でお酒と晩飯を御馳走してくれていた。

毎度のことのように飲みに連れて行ってくれる店長が僕は大好きだった。

大学の終わりにバイトに来て、数時間後に先輩芸人からの呼び出しの電話で帰っていく僕。店からすればとんでもない迷惑なことだが、元々大阪出身の店長は芸人としての成功を誰よりも応援してくれていた。

毎度決まり文句のように謝罪を口にして、そそくさと早退する僕を店長の奥さんは、よく思っていなかった。

それでもクビにならずに働けていたのは、店長の優しさがほとんどだけれど、実を言うと僕はかなり筋が良くてバイトリーダーを任されていたのも功を奏した。小遣い程度の出勤とはいえ、戦力になる男だった。

今考えると多少なりとも、その事実にかまけていたところもあるだろう。

そしてバイトを始めてから誰よりも早く仕事を覚え、気がつけばバイトに慣れすぎてきた冬。

仕事での些細な悩みがあり、バイト中に元気がないことが増えた僕を店長は見逃していなかった。

21歳の誕生日、僕がシフト通りにバイトに出勤すると、そこには休みのはずの別のバイトさんがいて、このまま僕が出勤すれば人数過多になることを不思議に思っていると、ひょいとバックヤードから店長が顔を出すと、出勤してきたばかりの僕に語りかけてきた。

リロイ、最近悩んでるやろ?もしかして、この前の飲み会でチラッと話してた、肌が黒いことをネタにすることへの悩みのことか?あのな、そんなん辞めたかったら辞めたらええし、やりたかったら誰に何を言われてもやったらええねん。他人にお前の日に焼けた肌のことをネタにするのをあーだこーだ言われたからって、そもそもお前のその肌は生まれ持っての才能の一つやねんから誇り持ったらええねん。もしまたそんなことで何か言われたり、イジられて嫌なお思いすることあってもへこたれたらあかんで?むしろ、お前が才能と信じてることなら、気にせんと前向いていきや?自分に自信持ちや?

店長…そうですよ。なんかすいません、色々と考えすぎて何周も回って、ちょっと自分の肌とかネタにまで自信失ってました。俺頑張ります。

そうやろ?頑張りや。てかリロイ今日バイトちゃうで?休みーや。

え?でもシフト表には…

今日誕生日やろ?誕生日まで働くことないわ、いつも助けてもらってるから、むしろこのプレゼント持って今日はゆっくり休みや。誕生日おめでとう。

そう言って店長は僕にプレゼントの小袋を渡すと、僕を帰って休むように促して、バックヤードに戻っていった。

店長の気の利いたサプライズと慰めに心を打たれた僕は、帰り道歩きながらプレゼントの小袋を開けて中身を確認した。

入っていたのは、ホワイトニングの歯磨きと韓国かどこかの有名な美白クリームだった。

…店長、俺…黒いことに誇り持って良いんですよね?ん?あれ?…ボケかな?ボケ…じゃな…いのか?ん?んんん?

贈る言葉と贈り物が一致するとは限らない。

僕は、いつかこの話をどこかでしようと決意して、帰り道のパン屋で小さなケーキを買って家でゆっくりと食べた。

リロイ太郎

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