殴った拳が燃えている【ノンフィクションショート小説】
一度だけ、人生で一度だけ。
理由は些細なことで、同じことをずっとイジられ続けた高校生の僕は、気がつくと仲の良かった友達の左の頬に拳を叩き込んでいた。
殴り合いの喧嘩とかに発展するとかでもなく、ただ一発の右フックを見舞われた友達はその頬を撫でるように抑え、その場に立ち尽くしていた。
僕から見た印象だけだけれど、何やら怒るとか悲しいとかよりも驚いたようだった。気がつくと殴られていたのだ、それはもちろん驚くだろう。しかし、僕にも殴ってしまった理由がある。
明確な苛立ちと理由を持って拳を振るった僕はというと、人生で初めて人を殴ってしまったというその事実に驚き、そしてえも言えぬ痛快さと、そして右拳の表面の熱さを噛み締めていた。
そして次の瞬間、何を思ったのだろう僕は、殴った友達の頬に手を当て、
お前が悪いんだからな?もうやめろよ。
…と一言伝えて、いつも一緒に帰っていた友達をその場に残し家路に着いた。
そのまま、そのイジリは全くと言っていいほどされなくなったし、その友達とは仲良くしていたけれど、帰り道でも家に着いても消えない殴った拳の燃えるような熱さに、高揚しつつも不安だったことを今でも覚えている。
リロイ太郎
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