シリコン・バレーの空気

この文章は、私が週一で発行している「週刊 Life is beautiful」からの引用です。

ここ数年、日本の大企業の人から「どうやったらうちの会社でもイノベーションを起こせるか」という相談を受けることが増えています。

質問が「なぜ、日本の大企業はイノベーションを起こせないのか」であれば、終身雇用制、サラリーマン経営者、合議制、多すぎるミーティング、天下り、出る杭を打つ文化、膨大な時間をかけたエビデンス作り、など箇条書きにして明確な答えを示すことも可能ですが、「どうやたらイノベーションを起こせるか」の答えは簡単ではありません。

突き詰めて考えれば、イノベーションを起こすのは「こんな世界を実現したい」「こんなライフスタイルを人々に提供したい」という誰かの「熱い思い」なのです。

しかし、イノベーションのアイデアは、先進的であればあるほど、大半の人にとっては「突飛すぎて理解できないもの」であり、合議制でものを決めようとすると、「そんなもの作れるはずがない」「そんなもの作っても、誰も喜ばない」「売上に結びつくとは思えない」と反対されて潰されてしまいます

多くの従業員を抱え、既存のビジネスと数多くの顧客、株主を抱え、かつ、鶴の一声で物事を決めることが出来たカリスマ創業者が去り、会社のオーナーでもない、転職も起業もしたことがない「サラリーマン経営者」が経営する大企業において、そんなイノベーションをどうやって起こすのか、というのは、本当にとても難しい問題なのです。

日本の会社にありがちな「社長直轄の新規事業開発部」は、発想としては面白いのですが、そこに配属される人たちが典型的なサラリーマンばかりなので、なかなかうまく行きません。私はしばしば、そんな新規事業開発部に配属された人から、「何かアイデアをいただけませんか?」と相談されますが、私から見れば、そもそも「こんなものを作りたい!」という熱い思いを持っていない人を新規事業開発部に配属した時点で、失敗が決まっています

もう一つのダメな例が「形だけのシリコンバレー・オフィス」です。「イノベーションを起こすにはシリコンバレーの人材との交流が必要」という気持ちでオフィスを開設するのでしょうが、日本の典型的なサラリーマンを、シリコンバレー・オフィスに駐在させたところで、本当の意味での「シリコンバレーの空気」に触れることは出来ません。

シリコンバレーでは、「Google で3年、Facebook で2年働いたエンジニアが、Google 時代に上司だった人が作ったベンチャー企業からリクルートされる」、「Cisco で5年働いていたエンジニアが、自分が作りたいものを作らせてもらえないので、同僚と一緒に会社を飛び出して会社を作る」、「作った会社を売却したエンジニアが次に何を作ろうとしているのか知るために VC の重鎮がお茶に誘う」のようなことが毎日のように起こっており、そこに流れる人材のエネルギーこそが、シリコンバレーをシリコンバレーたるものにしているのです。

これは、Amazon と Microsoft があるシアトルでも同じですが、ベンチャー・ビジネスに少しでも関わりがある人同士が出会う時には、必ずと言って良いほど、「この人は一緒に働く価値がある人だろうか」「この人が働く企業は今後、爆発的に伸びる可能性があるかどうか」「この人を通して、自分のキャリアアップに結びつく人材ネットワークを拡大することが出来るかどうか」などの品定めをお互いにしているのです。

そして、「この人と付き合う価値がある」とお互いに思えば関係は何年、何十年に渡って続くし、そうでなければ名前すら覚えてもらえないのが、この業界なのです。

先日も、シリコンバレーで上場したばかりのベンチャーで働く人とゴルフをしたのですが、ゴルフをしながら二人で話したのは、どこにビジネスチャンスがあるとか、次は一緒に働くとしたら何をするか、ばかりでした。側から見たら、「ゴルフを楽しんでいない」ように思えるかも知れませんが、これが私たちのゴルフの楽しみ方なのです。

ちなみに、こんな文化がある背景には、この業界には「良いタイミングでベンチャー企業にいた」ために、数 million から数十 million (日本円にすれば、数億円から数十億円)のお金をストック・オプションで得た人が何万人もいる、という事実があります。

必ずしもお金が一番の目的ではありませんが、「自分と同じような優秀な人たちと、楽しい仕事をし、世の中に新しい価値を提供し、若いうちから millionaire(億万長者)になる」というハングリー精神に溢れた人たちが世界中から集まっているのが、シリコンバレーなのです

そんな空気に触れるには、自らがそんなハングリー精神を持った人である必要があるのです。彼らの価値観を心の底から理解していない限りは、全く会話についていけないし、見下されてしまうのです(シリコンバレーのベンチャー企業が、日本企業の「表敬訪問」を嫌う理由はここにあります。彼らにとって、未だに終身雇用時代の人事制度が根強く残っている日本の大企業は、理解もしたくない遠い存在なのです。)。

日本企業からシリコンバレーに来た「日本企業で正社員の地位を保証された人」がその空気に触れることはとても難しいし、たとえ触れるチャンスがあったとしても、全く理解できずに見過ごしてしまうのです

つまり、本人が日本の大企業からシリコンバレーに来ているだけの「駐在さん」であり、何年か経って日本に戻るときにはポジションが用意されている「クビになる心配のないサラリーマン」である、という事実そのものが、シリコンバレーの空気を理解することを不可能にしているのです。

そんな日本企業が、シリコンバレーで優秀なエンジニアを雇うことも、当然、不可能です。そもそも日本の大企業のほとんどはストックオプションのようなシステムを持っていないし、たとえ持っていたしても、すでに上場しているので一攫千金は難しい(つまり、エンジニアたちにとっては魅力に乏しい)のです。

結果として、日本企業がシリコンバレーで雇えるのは、他では雇ってもらえないようなエンジニアか、次の良い仕事が見つかるまでの一時的な場所を探している腰掛けエンジニアだけなのです。この辺りを全く理解せずにエンジニアを雇うから「シリコンバレーのエンジニアは給料ばかり高くてパフォーマンスが出ない。その上、すぐに辞めてしまう」という結果になるのです。

つまり、シリコンバレーのようなイノベーションを起こすには、まずは最初に、転職も起業もしたことがない、スマホアプリも使いこなせない「サラリーマン経営者」には辞めていただき、ビジョンと起業家精神を持った人に大量の株を与え、自らが会社の持ち主となって当事者意識を持って経営してもらうところから始めるべきです。当然ですが、(役員に提供される)お抱え運転手や(子会社・関連会社への)天下りなどの悪習は直ちに辞めるべきだし、年功序列・終身雇用も廃止すべきです。

まずはトップから企業カルチャーを根本的に変えない限り、ハングリー精神に溢れた優秀な人は雇えないし、結果としてイノベーションは起こせないのです。

相談に来た大企業の経営陣にこんなことを言っても、「そんなことを言われたくて相談しに来たわけじゃない」と怒られるのは決まっているので、面と向かっては言いませんが、それこそが厳しい現実なのです。

こんな辛口の文章を書いていますが、私の本業は、ソフトウェア・エンジニアであり、起業家、投資家です。日米をまたいたビジネスをするベンチャー企業を長年経営した結果、「日本企業の問題点」がとても良く見えるようになりました。だからこそ、メルマガ「週刊 Life is beautiful」を書き続けているし、「シンギュラリティ・ソサエティ」というNPOも立ち上げました。

私のメルマガは、多くのエンジニアの方に購読していただいていますが、一番読んでいただきたいのは、いわゆる「日本の大企業」の中で日々の仕事に追われていて、本来の力を発揮できていない人々です。

この世界は、そんな日本企業を置き去りにして、大きく変化しています。日本の旧態依然とした大企業の経営者の大半は、Marc Andressen の「Why Software is Eating the World」に書かれたメッセージを理解できないどころか、理解する必要性すら感じていない「時代に乗り遅れた人々」なのです。そんな人たちが経営する茹でガエル企業と心中する人生はあまりにも勿体無いと思います。


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中島聡

エンジニア、起業家。自分が創業者として米国に作った会社を2回売却($56M, $320M)。 シアトル在住。メルマガ「週刊 Life is Beautiful」連載中。工学修士・MBA。

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