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【短編小説】 初恋 SideA-③

冬。
柔らかな日差しの下、あなたは今日も、決まったベンチで本を読んでいます。
いつの間にか虫の音を聞かなくなり、あなたがここを訪れる頻度もめっきり減りました。

それでも、あなたは思い出したようにここを訪れてくれます。
今日のようにのんびり読書をしたり、お嫁さんと散歩をしたり。

お嫁さんはいつも甘い香りがします。
それは、大人の女の人の匂い。
以前は、あなたがここを訪れる時をただ待ちわびてていました。
少しでもそばにいたくて、渡れない橋を何度も渡ろうとしました。

でも。
そうすることに何の意味があるのでしょう。

あなたを想えば想うほど、打ちひしがれるのです。

わたしは死者で、もう時は刻めなくて。
甘い香りの大人の女には、どうしたって届きません。

青臭い子供のまま風になって。
生きた証は木陰にひっそり佇む石碑だけで、誰にも思い出してもらえなくて。

あなたには、お嫁さんがいて。
未来があって。

 
きっと、わたしのことも忘れているでしょう。

わたしは、どうして目覚めてしまったの。
どうして目覚めなければいけなかったの。

何も知りたくはなかった。
あのまま消えていたかった。

でも怖い。
あなたと離れることが。

せめてもう一度だけ、あの川沿いの桜を見たいと願ってしまうのです。

わたしは今日も、橋のそばからあなたを見送るのでした。
異形の塔は、今日も角ばった建物たちを静かに見下ろしています。

初春。
人々は浮き足立っているようです。
桜の季節が近いからでしょうか。

もう一度と、願っていた桜の季節。
でも。それを叶えたらどうなるというのでしょう。

結局、わたしの居場所はどこにもないのです。

あなたに向かって叫びました。
バサバサと音をたてながら、あなたの膝から本が落ちました。
隣に座っているお嫁さんも、驚いて目を丸くしています。

二人は、顔を見合わせてふっと笑いました。
あなたは、理不尽な風に吹かれても優しい顔のままです。

自分のしたことに震えました。
あなたに当たっても詮無いことなのに。

ごめんなさい。

伝わるわけもありません。
わたしにできるのは、あなたのそばを弱々しく漂うことだけ。
あなたを見つけてから、ずっとそうでした。

本当は、あなたにすがりついて思い切り泣きたい。
でも、あなたの温もりを感じることも涙を流すこともできません。

わたしは、ただの風ですから。

珍しく重たげな雲が垂れ込めたある日のこと。
曇天に突き刺さった塔の方から、ただならぬ気配を感じました。

あなたに異変が起きているのです。
あなたの心は、今までにないほど乱れています。

何が起こっているのでしょう。
じっとしていると、だんだんとあなたの心が伝わってきます。

愕然としました。
あなたは、今にも火に呑まれてようとしているのです。

熱い空気と息苦しさが伝わってきます。
もう、時間がありません。

行かなくては。 


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