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【短編小説】 初恋 SideA-②

夏になりました。
あなたは、いつものように決まったベンチに腰かけて夕涼みをしています。
あなたは、いつも橋を渡って何処かへ行ってしまうけれど、必ずここへ戻ってきてくれます。
嬉しい気持ちで近づくと、あなたの伸びた前髪が、額の上でハラハラと踊り出しました。

わたしは、風になったのですね。

ずっとおかしいと思っていました。
初めは鳥にでもなったのかしらと思いましたが、水溜まりに姿を映そうと近づいても、さざ波が立つばかりで何も見えません。
それに、ふわりと舞い上がってみても、自分で羽を動かしている感覚がまるで無いのですから。

あなたはふと顔を上げると、心地良さそうに微笑みました。

無事に帰ってこられて、本当に良かった。
生きて「おかえりなさい」を伝えたかったけれど、こればかりは仕方がありませんね。

この頃、あなたの気持ちが手に取るように分かるようになってきました。
あなたが橋の向こうにいる時にも、それは伝わってきます。

ここにいるあなたはとても穏やかなのに、橋の向こうでは疲れ切っていて、とても辛そうです。
戦争はもう終わったというのに、あなたの身に何が起こっているのでしょう。

とても気がかりで、橋を渡って追いかけたくなります。
でも何度試しても、何かに阻まれるように、わたしは橋を渡れません。

そこには何があるの。
なぜ、わたしの大切な人を苦しめるの。

橋の向こうにそびえる異形の塔に語りかけても、何の答えもありません。
その大きさ故に、小さな者の呟きなど耳に入らないかのようです。 塔はただ、澄ました顔で夕陽に染まっているのでした。

秋。
あなたは今日も、決まったベンチで本を読んでいます。
近頃のあなたは、いつも心が穏やかなようですね。
橋の向こうにいる時も、以前のようにギスギスしていないようです。

あなたは今日も空を仰ぐと、心地良さそうに微笑みました。

近くを走り回る子供たちに優しい目を向け、途方に暮れたような顔の人には自ら声をかける。
ちっとも変わりませんね。
子供が大好きで、困った人は放っておけない。
あなたは、本当に優しい人です。

ある日のこと。
あなたは、いつものようにやって来ました。
でも、一人ではありません。

並んで歩いているのは、きれいな女の人。
優しそうな女性ひとでした。

わたしは、お嫁さんの顔をはっきりとは覚えていません。
正面から見ることができませんでした。
悔しかったのです。
あなたを取られてしまったようで。

ここがとても素敵な場所だから、お嫁さんに見せてあげたくなったのでしょうか。
つい、意地悪したくなってきました。

あなたと二人だけの場所が、なくなるような気がしたのです。

ちょっとだけ強めに、お嫁さんにぶつかりました。
近寄った時、甘い香りがしました。

薄桃色のスカーフが、お嫁さんの首から外れて飛ばされていきます。
あなたはそれを追いかけて拾い上げると、大事そうに埃を払いました。

わたしには、あなたの気持ちが手に取るように分かります。
彼女は、あなたの大切な人。

分かっていたくせに。

いたたまれない気持ちになりました。
やっぱり、わたしはまだ青くさい子供ですね。

あなたは、お嫁さんと再び連れ立って歩き出しました。
誰から見ても、お似合いの二人でした。

あなたはまた、橋の向こうへ行こうとしています。
お嫁さんと一緒に。
わたしは、あなたを見送ることしかできません。

橋の向こうの異形の塔は、秋の空を割いてもなお、上へ上へと伸びようとしているようでした。


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