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雑感記録(142)

【LIBROに酔う】

雨降りの月曜。結局僕は1日中部屋に籠もり朝から読書をする。時計とスマホが手元にあると集中できないので、スマホは電源を切り時計は眼に見えない所に隠して集中する。気が付けば本当に時間を忘れて夕方になっていた。ご飯を食べることも忘れて夢中に読み続ける。大人になってこういう趣味(ともはや言えるのかどうかは定かではないが…)を持てるのは有難いことだと思う。

しかし、僕はどうも乱読する癖があり、1冊を1日で読み切るということが苦手である。それについて論じなければならないということであれば1日それに噛り付くが、学生ではないのでそういう機会もない訳だ。僕の興味の赴くままにある意味で自由に読書が出来るのは至極幸せなことだ。

1冊の本を読み切ろうという意識を持って読書をすることを僕はあまり良しとは考えていない人間である。無論人によって様々な読書スタイルがあるので一概に否定をする訳ではない。僕はただそういう読書が得意ではないというだけの話だ。いや、もっと言ってしまえばある意味で僕は飽き性なのかもしれない。1冊の本それだけを読むという行為は疲れてしまうし、何だか面白くないなと感じてしまうのだ。僕は僕の本能に従って読書をしているのかもしれない。

人の興味関心は持続しないのではないかと僕は考えている。何かを読めば他の方向に考えが行くことも当然あるし、その日の体調や気分で何を読もうかと言うのは変わってくるはずだ。その体調や気分というのを常に同等に保つことは困難である。それは僕らが意識しなくてもそういったものは僕らの意志とは関係なく所構わず動き回っているからだ。それを統御しようとするのは僕にとっては骨が折れる。そういうのは仕事だけで十分だ。

そんな訳で僕は1日乱読しまくっていた。今日読んだのは以下。

・佐々木敦『批評王』
・大澤真幸『資本主義の〈その先〉へ』
・ワイリー・サイファー『文学のテクノロジー』
・後藤明生『小説の快楽』
・保坂和志『小説の自由』
・柄谷行人『柄谷行人の初期思想』
・つげ義春『ねじ式』
・ル・クレジオ『物質的恍惚』『発熱』
・カフカ『実存と人生』


まあ、大体こんなところを1章だったりキリが良い所まで読んで他の本に行ってみたり、また戻ってみたり…ということを繰り返していた。とりわけ『批評王』はかなり面白くて、この中では1番読み進めたかもしれない。面白い作品は気が付くとスンスン読み進めている。


ところで、僕は本を読むときどうも静かな空間で読むのが苦手である。何か周囲に音がないと集中できない。大抵1人で部屋で本を読むときは、適当な映画を流しながら本を読むか、音楽を聞きながら本を読む。逆に集中できないのではないかと思われるだろうが、本に集中するとそこに全諸力が集中するので音楽や映画は見てないし聞いてないに等しい。むしろただの「音」でしかなくなるのだ。

しかし、良い曲と言うか、その日の気分に合った曲調を持った「音」が耳元に流れるとそちらに引っ張られることもしばしばある。今日も何だかんだで音楽に引っ張られてしまう曲があった訳だ。

とことん 冷めたら熱く目覚めな
今は去るもの追わない
いったん置いていくしかしょうがない
自己表現でも他者貢献でも
信じる力 耕そうぜ だって
夢の中でさえ 
枠の中の自由
はみ出すのが怖いから
みんなそれが理由
与えられたのは枠の中の自由
俺が音の力で周りを鼓舞する理由
夢の中

LIBRO prod. by Sweet William
『Red Bull 64 Bars』(2022年9月21日公開)

僕は過去の記録でも残したが、ヒップホップが好きで最近はそればかり聞いている。好きなアーティストはかなりいる訳で、色々聞いていたのだがこの曲のビートは今日1番僕の気分に合致した。読んでいる本を一旦置いて思わず聞き入ってしまった。このLIBROも僕の好きなアーティストの1人である。LIBROは僕がヒップホップにハマったキッカケを作ってくれたアーティストだ。ビートも好きだがリリックが何だかんだで好きなのかもしれない。

最初のLIBRO体験はこの『対話』という曲だった。これは1998年に出したファーストアルバム『胎動』に収録された曲である。このファーストアルバムが中々に最高である。僕はアルバムを通して聞くということが実は苦手である。好きな曲だけ聞ければそれでいいというタイプの人間である。しかしどういう訳か、このアルバムはヒップホップのアルバムで唯一全てを聞き通しせたのだ。

こんな言い方をしてしまうと失礼千万なのだが、リリックが非常に単純なので分かりやすさが尋常じゃない。加えて非常に聞きやすい声や速度感なので身体に言葉が染み入る。何と言うか「純朴な少年感」が堪らなく好きなのである。

ヒップホップというと、まあ所謂「ヒップホップドリーム」みたいな形で、自身のこれまでの経験や出来事をリリックにする。加えて、カルチャー的なものもあるだろうが、アンダーグラウンド出身の人たちが担っているところもあるのでリリックの内容が過激になりがちである。実際に存在している世界なのだけれどもどうも受け入れがたいというか、ある意味で敷居が高いような気がしてならない。

それはそれで聞いている分には面白いのだが、聞いているこちら側が疲れてしまうことが多い。非常に言い方は悪いが「ああ、またドラッグね。オーバードーズしちゃったのね。」みたいな感じでヒップホップにも紋切型が存在するようになってしまって退屈なのである。

しかし、LIBROの場合にはそういったことを感じることがない。僕らが日常的に使用するような言葉が並べられ、ヒップホップの紋切型というものを寄せ付けない感じがするのだ。ヒップホップの中では非常に僕等と同じ地平に立っているような気がするので聞いていて心地が良いのである。


ところで、日本ヒップホップのシーンで活躍するZORNはこんなフレーズを残している。

洗濯物干すのもHip Hop

ZORN『My Life]』(2015年5月29日公開)

話はLIBROから若干遠ざかるが、こういうことを言えるラッパーは凄いと思う。このフレーズが残した功績は大きい。つまりは生活(ここで言う生活とはMVを見て貰えれば一目瞭然だが、僕等と同じ地平での「生活」であるのだ)ですらヒップホップとして存在することが出来る。これはヒップホップに於ける1つの転換点だと僕は少なくとも考えている。

実際にアーティストも僕等とその出自は違えども、同じ地平の人間であるということなのだ。というように当たり前のことを書いているが、これを理解できているのは僕も含めてどれ程居るのだろうか。とりわけヒップホップを担うアーティストなんかは何か悪いことをしてしまうと「ああ、やっぱりな」みたいな受け取られ方をされてしまう。そうして「結局そういう人たちがやってる音楽でしょ」という認識になってしまう。

誰が悪いことをしても悪いことは悪いのだ。ヒップホップを担っている人たちがアンダーグラウンド出身だからと言って、全てが全てそういう訳ではない訳だ。彼等にも僕等と同じ地平の「生活」を持っているのだ。それを改めて認識させられる。やはりZORNは凄い。

それでLIBROに戻って来る訳だが、LIBROはZORNみたく強調する必要も無く、リリックを聞くだけでそれがよく分かる。つまりはヒップホップに於ける紋切型で勝負している訳ではなく、僕等と同じ地平での生活という紋切型の中でいかにその生活の紋切型を壊していくかということを表現しようとしている点にかなりの優位性があると僕には思われて仕方がない。そしてそこがLIBROの魅力でもある。

これは何度も書いているからもう詳しくは書きはしないが、やはり小説でも音楽でも、芸術、映画でも何でもそうだが出発点はやはり「生活」なのだと思う。それは種々異なる「生活」ではある訳だが、その同じ地平での「生活」という紋切型を表現で壊していくという姿勢は大切なことであるように思われる。LIBROはそれを体現していると僕は1人勝手に感心しながら聞いている。


ちなみに、LIBROは自身で歌うのは勿論のことだが、楽曲提供も行っている。この『ある種たとえば feat. 小林勝行』はかなり最高である。このMVと併せて曲を聞くことをオススメしたい。

裏切らない裏切りで楽しませる音
これが俺のまんまやれること
大丈夫って耳打ち 経験で裏打ち
実感で膝打ち 腑に落ちる
裏切らない裏切りで楽しませる音
俺が俺のまんまいれるとこ
代りなんてない ルールは有って無い
終りなんてない ゴールは有って無い

LIBRO『音信』(2015年3月27日公開)

何だかんだで実はこの『音信』が好きだったりする。この引用部分のリリックは喰らった。韻もさることながら、この内容に心奪われてしまう。オススメなのでこれもぜひ聞いてみて欲しい。

LIBROのススメ。

よしなに。

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