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狂い咲きサンダーロード(1980)

「酒くれよ、一発であの世へ逝けるやつな」

(石井聰亙監督『狂い咲きサンダーロード』より)

【概要】

『逆噴射家族』『爆裂都市 BURST CITY』などで知られる石井聰亙監督が、22歳の若さで卒業制作として発表した近未来バイオレンス映画。学生映画にも関わらず、東映の配給で全国公開された伝説的な作品。舞台は幻の街サンダーロード。この街でしのぎを削っていた暴走族達は、警察による苛烈な取締に屈し、休戦協定を結ぶことになった。“魔墓呂死”の特攻隊長・仁は、「市民に愛される暴走族」を目指す同輩や、自分たちを取り込もうとする政治結社に反抗を試みるも、遂には右手と右足を切断されてしまう。バイクに乗れない体になってしまった仁だったが、それでもなお抗うことをあきらめず、バトルスーツに身を包んで最後の決戦に挑むのだった。1980年5月24日公開。


【解題】

北野武監督によれば、日本の映画監督は二つのタイプに分類できるのだという。ひとつは特別な状況やアイデンティティのはっきりした人物を描く「黒沢明タイプ」、もうひとつはその逆に日常のささいな出来事や心の機微といった、目に見えにくい細部に光をあてる「小野安二郎タイプ」である。この映画を初めて見た時、私は石井監督が「黒沢明タイプ」の鬼才であると確信した。

大人になるということは、この「わたし」という一個の実存を、社会という共同の型にはめ込むことである。社会では全てが同一の規格として、等しく並べられることが美徳とされるため、人間の実存などと声高に叫ぶ連中は不良品として排除されていく運命にある。作中で仁と対立していたエルボー連合の一員はサイボーグだったが、社会に迎合していく大人たちはときに機械的に映るものだ。「道徳の与えたる恩恵は時間と労力との節約である。道徳の与える損害は完全なる良心の麻痺である」と言ったのは芥川だったが、全く至言である。

本作では"泉谷しげる"や"PANTA&HAL"の曲と共に物語が進行するが、主人公である仁の反体制的なスタンスは正にロックンロールそのものである。仁は坂道を転がり落ちる石のように無軌道に、そして加速度的に暗い地の底へと落下し続ける。物語の最中、仁はエルボー連合との衝突を避けるため、スーパー右翼の国防挺身隊に入隊する。確かに、片道だけの燃料を積んで敵艦に突撃していく特攻隊と、ロックンロールは外見上似ているところがある。しかし、特攻隊には軍国主義という思想があり、思想とはこの「わたし」という一個の実存を、信奉者たちの共同の型にはめ込むことに他ならない。仁が体現するロックンロールは、特攻隊よりもずっと無秩序で破滅的なものだ。国防挺身隊の政治思想に全く馴染めなかった仁は、危険を承知で国防挺身隊からの脱退を決意する。

社会に迎合することを嫌い、破滅していく青少年を描いた映画作品は本作以外にも数多い。例えば、ダニー・ボイル監督の『トレイン・スポッティング』、長谷川和彦監督の『太陽を盗んだ男』、スタンリー・キューブリック監督の『時計じかけのオレンジ』などがそれに当たる。しかし、本作は石井監督が正に社会に解き放たれるその瞬間に制作された作品であり、類似したテーマの作品群と比べても、制御不能な怒りのエネルギーに満ち溢れている。

最後の決戦を終えた仁は、麻薬密売人の少年・小太郎にバイクを持ってきてくれと頼む。最早、ブレーキをかけることもバイクから降りることも出来なくなっている仁に、「そんな体でバイク乗れんのかよ、ブレーキどうすんだよ」と尋ねる小太郎。仁は小太郎の問いかけに満面の笑顔で返して、ひとり走り出していく。この映画は、ブレーキペダルに足をかけようとする哀れな大人たちに、狂い咲くための荒々しいエネルギーを呼び起こしてくれる。


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