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「悲しみ」が表現を豊かにする

京都の本屋さんホホホ座さんとミシマ社さんが共催の、「夏の小説ゼミ」に参加したときのこと。

講師は作家 いしいしんじさん。

いしいさん自身のの作品“蟲の目”を題材に、

「主人公の名前はどうやって決めるの?」
「この表現、どういう経緯ででてきたの?」「そもそも、文章を書くときはどういう思考回路でストーリーができていくの?」

などの質問を通して、小説の組み立てを学んでいくという内容のものでした。

いしいさん曰く、

売れる小説は、誰にでも書ける。

少なくとも一冊は。

小説を書くうえであったほうがいいと思われる要素は

「経験」と「悲しみ」


経験はつまり、自分の知らない世界を知ること。いろんな価値観や環境を経験することで、話のネタが増えたり、自分の感性が磨かれる。

これは、なんとなく理解できるし、よく聞くアドバイスかもしれません。


私が驚き、また救われたのは
「悲しみ」の方です。

人が人生において最も影響を受けるのは、悲しいという衝撃的な感情です。それを表現をするときの原動力にすればいい。
どうしようもない悲しみを“時が経てば忘れられるし、楽になれる”と片付けてしまうのはおかしいと思いませんか?そもそも、本当に心から受けた悲しみならば、忘れられる程度の衝撃ではないはずです。
それと向き合い、消化し、受け止めることで、忘れずに前を向けるんですよ。
で、真摯に向き合った言葉は必ず誰かには刺さる。


なるほど、目を背けがちだけど、人が真摯に向き合うことができ、かつ他者に訴求できる感情は、確かに「悲しみ」かもしれない。



私は喜怒哀楽が激しい方で、その中でも特に、「悲しみ」の感情が大きい人間です。

自分のことだけではなく、災害に苦しむ人や世界の紛争や格差社会の現実…

心が痛むと同時に、それが原動力になって「人に伝えたい、表現したい」
という感情が芽生えます。

これって、すごく不謹慎だし、エゴかもしれない、おかしな発想なのかもしれない。
そう思って、その感情をそっとしまっていました。


今回のイベントで、負の感情と向き合い、寄り添い、自分の言葉で、彼(彼女)に息を吹き込むことは、許されることなんだ

そう感じました。


そもそも、何かを表現するのに許すとか許さないとかないのにね。

そんなカンタンなことに今更気付けたのは、ゆるい雰囲気の中に言葉や感情と向き合う姿が共存している いしいさんのお人柄なんだろうなぁ。


甘いけど、しっかり酔いを感じるカルーアミルクのような人だな、なんて思いながら、

お酒も飲んでないのに、ふわふわした思考回路でそんなことを思った、帰り道のバスの中。


この夏、いしいさんと息子さんのひとひくんが京都で様々なイベントを催されるようです。

あと、京都・出町座にて、いしいさんを題材にした映画が上映されるとのこと。

興味を持たれた方は、一度足を運んでみてはいかがでしょうか。

#いしいしんじ #夏の小説ゼミ #ホホホ座 #ミシマ社 #本 #小説

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