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運命の響き

運命の響き

彼女の名は麻里。配偶者を亡くし、心の中で嵐のような感情が渦巻いていた。 
 それは想像も出来ないくらいの苦しみだった。
 彼女は彼との思い出を振り返るたびに、深い悲しみに包まれた。何日も何日も続いていた。
 その場にいてもたっても居られないほどに。
 思わず家を飛び出していた。
 行く宛などない。ただ家には居たくなかった。
 彼女は、彼の遺した言葉が常に彼女の心に響いていた。「わたしが生きることが彼との愛をこの先も讃える方法なんだろう」と自問自答を繰り返す日々。

ある日、彼女は散歩中に墓地に迷い込んだ。とくに行くあてなどなかったが、自然と足が向いていた。そこはだだっ広い墓地で、風が強く吹き荒れる中、何故か自然とその中に足を踏み入れた。彼女は過去の思い出を今でも引きずりながら、背中には重い悲しみという荷物を背負いながら、進んでいった。
彼女は、ふと目をやると葬儀の列が目に入り、自分の悲しみと寂しさを思い出させられた。
今までは墓地とは全く無縁だった彼女の人生。そこは新鮮さを感じずにいられなかった。厳かで静寂の中、風だけが吹き荒れていた。
彼女の夫は彼の遺言通りに、海に散骨した。
彼が大好きだった海に帰りたいという思いがそうさせたのだと思う。
知り合ってすぐのときに、彼から告げられた言葉だった。
自分が亡くなったら海に散骨してほしい。
おそらく彼もわたしとのこれからの長くて短い人生を送るのだと感じていたのだろう。
小型船に乗り、彼の好きだったリストアップしておいた曲をかけて沖に出る。
そのときの波は穏やかだった。彼の気持ちと思いがそうさせているように思った。
やがて、沖まで来ると船はゆっくりと泊まり停泊した。
花を持たされると海に巻いていく。
散骨の際に粉末状にした骨の流れていく位置を把握するためだという。
その海は透き通るような青さだった。彼の心の中と同じように穏やかで透き通るような海。まるで彼がそこにいるようだ。
粉末状の彼はその穏やか海に抱かれてるように流れていき、海が白く濁って沖へと流れていく。
今までありがとう…さよならは言いたくない。またね…。
わたしはあなたのことを決して忘れない。
あなたは今日旅立っていったけど、また戻ってくると信じている。わたしのことをまた探しだしてほしい。
そして、ぎゅっと抱きしめて。変わらぬ瞳で。
墓地の中心に立ち、彼女は自分がどうやって生きるべきかを見つけるために祈りを捧げた。

その時、墓地の奥に小さな木製のベンチが見えた。だだっ広い墓地の中で一際目立つように、佇むベンチ。何かが彼女をそこへ引き寄せるようだった。そこに座り込むと、彼女は周囲の静けさに包まれ、過去の思い出が次第に薄れていくのを感じた。
こんな事があるのだろうか?と思えるほどに。
すると、そばに立っていた老婦人が微笑みながら声をかけてきた。「苦しい時期を経験しているのね。私も同じ経験をしたことがあるのよ。」
わたしは感極まって涙が溢れ出ていた。
麻里は驚きながらも、老婦人と話を始めた。彼女はその老婦人の物語を聞くうちに、たくさんの勇気と希望を見出していった。彼女も配偶者を亡くし、その後も悩み苦しみながらも、新たな人生への一歩を踏み出したのだという。

「あなたにもまだ生きる意味があるわ。彼が望むように、幸せに生きることが大切なのよ」と老婦人は言った。

その言葉が麻里の心に響いた。彼女は感謝の気持ちで老婦人に微笑みかけると、新しい日々を前向きに受け入れる決意をした。
今の麻里にとって出来ることはそれしかない。
麻里は毎日のように墓地を訪れ、老婦人との交流を続けた。彼女の物語は新たな希望を与え、心の中の深い傷を癒していった。
わたしは思う。
 ただ、ひとりで悩んでいるよりは、今の自分の苦しみを誰かに話して聞いてもらうのが特効薬なんだと。
そして、麻里は徐々に自分自身に取り戻した笑顔と幸せを感じるようになった。彼女は再び生きる意味を見つけ、愛する人を失った悲しみに押しつぶされることなく、勇敢に生きていくことを決意したのである。

それは運命の響き。彼女の心は永遠に彼との思い出と共にありつつも、新たな未来へと進むのだった。

 Lime

 わたしが苦しんでいたときに、わたしの仕事先の高齢者のご婦人たちには、ずいぶんとお世話になった。
 誰かに話しを聞いてもらう事でわたしの心の中の不安や苦しみが安らいでいくのが感じられました。
 わたしより人生の先輩の方々の話しを聞いて徐々に自分を取り戻していったのを覚えています。
 今は非常に感謝しています。

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