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「日本と台湾の複数籍者」は本当に国籍選択義務を負っているのか?一般人素人があの「二重国籍騒動」の疑問に迫り「日弁連勧告」を引き出すまでの5年間 (ノンフィクション)

常識を疑うこと

 平成19年度東京大学入学式での、小宮山宏総長(当時)による式辞には、次のような言葉がありました。

(抜粋)
私が皆さんに贈るメッセージは、「常識を疑う確かな力」を養ってほしいということです。
(中略)
常識が常に正しいとは限りません。中には、不合理なこと、事実に反すること、人の自由を縛ることなども含まれています。不合理であるのに、権力や権威に誘導されて信じ込まされているといったこともあります。
(中略)
誤った常識を覆すためには、まず常識を疑うことが不可欠なのです。

東京大学 平成19年度入学式(学部)総長式辞 より
https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/about/president/b_message19_02.html

 これ、要は、「批判的思考」

の大切さをおっしゃったものだろう、ということまでは理解したつもりでしたが、筆者は当時、「権力や権威に誘導されて信じ込まされている」という状況を具体的には想像できませんでした。歴史上の出来事や、世界のどこかの「独裁国家」の話ならいざ知らず、現代社会、報道の自由が確立されているはずのこの日本社会では、そんな真似はそうそうできないだろう、「権力や権威」が、万が一にもそんな真似をしようものなら、この国のマスコミの『精鋭たち』が、われ先に、と、おかしな点を見つけ出し、徹底的に調べ上げて報道してくれるはず。そして誤った情報は自然と「排除」「訂正」されるはず。そんな自己修復機能を備えたロバスト(頑強)な日本の社会システムを心のどこかで信じていたのです。

 ところが、それから約10年後、とある事件で、小宮山先生の言葉の意味を思い知らされることになりました。
 日本と台湾との間の「国籍選択」問題。例の「あの政治家」の事件です。

「あの事件」の「常識」

 2016年9月頃のことでした。「あの政治家」が

「日本国籍の他に台湾の籍を持っている『重国籍状態』であったにもかかわらず、重国籍者の義務である『国籍選択手続き』を行っていなかった。」

との趣旨で批判されました。
「国民の模範になるべき立場の公職者、国会議員が、義務として行うべき手続きをしていない違法状態だったわけでケシカラン」
・・・というのが当時から信じられてきた『物語』の筋立てです。
 「あの政治家」ご本人も、ろくな反論をせず、「故意ではなかった」などと言い訳をして「違反を認める形」で「引き下がって」しまいました。
 「下手に引きずるより、謝ってしまった方が、傷が浅くて済む」というような戦略的判断があったのかもしれません。ですが、それは「同じ立場の一般当事者」つまり、日本国籍と台湾籍の国際結婚家庭に生まれて、二つの籍を受け継いだ立場の「一般人」からすれば、自分たちを、選択義務の誤解の渦に巻き込む「とんでもなく迷惑」な話でした。
 加えて、当時の法務大臣が、2016年10月18日の閣議後記者会見において説明した内容がマスメディアにより

このように「違法状態」という表現、それも、公職就任前の一般人であった時期まで含めて
>「違法状態が20年以上続いていたことになり」
という表現で伝えられてしまいます。
 ここではあくまでも、一例として「日本テレビ」を取り上げましたが、他のメディアも大方は同様に、一般人である時期まで含めて「違法」だとする、あるいは違法をにおわすような報道をしています。

 たとえば、朝日新聞デジタルは2016年10月19日付で
約27年間の違法性が論点に 蓮舫氏の台湾籍離脱手続き」と言うタイトルの記事を掲載していました。その中に

ただ、蓮舫氏が一連の手続きを終えたのは今年10月。国籍法上、蓮舫氏のケースでは22歳までに国籍を選択することが求められている。手続き以降は合法だとしても、22歳以降の約27年間違法でなかったかどうかが問われそうだ。

「約27年間の違法性が論点に 蓮舫氏の台湾籍離脱手続き」より(太字強調は筆者)
https://www.asahi.com/articles/ASJBL5SMDJBLUTFK016.html (リンク切れ)
朝日新聞デジタル2016年10月19日

という記述がありました。
(注:筆者が確認した限り、2021年10月11日の段階では、この記事はまだ存在していたのですが、その後まもなく、削除されてしまいました。)

 日本社会の中では、2016年10月のこうした報道以来「日本と台湾の間でも、国籍選択の手続きをしなければならない」という解釈が定着して、いわば「常識」になってしまったのでした。

結論から先に言います

 ※その「常識」は疑われるべきで、正されるべきだったのです。

 騒動から約5年が経過した2021年のこと。「日本弁護士連合会(日弁連)」が同年9月24日付で内閣総理大臣法務大臣にあてて、勧告書を出しました。

・「日本政府の立場としては日台複数籍者は「外国の国籍を有する日本国民」には該当しないはずである」
・「日台複数籍者は国籍法14条に基づく選択義務を負わないと解すべきである」(勧告書に添付の調査報告書「第6 当委員会の判断」より)
との判断に基づいて、

(勧告の趣旨)
1 台湾籍を選択する方法が認められておらず,日本国籍の選択宣言を行うことしか認められていない日台複数籍者に対して,国籍法14条が規定する国籍選択を求めてはならない。

2 日台複数籍者に対して,日本国籍の選択宣言を行わなかったとしても,国籍法上の義務違反に当たらないことを周知徹底するべきである。

 日本弁護士連合会 日台複数籍者の国籍選択に関する人権救済申立事件(勧告)
https://www.nichibenren.or.jp/document/complaint/year/2021/210924.html
(太字は筆者による)

とハッキリ書いてくださいました。

 そもそも、「台湾籍を選択する方法が認められておらず」とのことです。
 あたかも「日本か台湾かを選ぶよう」求められているかのように思わせておいて「日本」と言うと、じゃあ「台湾籍を離脱せよ」となる。それなのに「台湾」というと、「実は台湾は選べない(⇒何も手続きできない)」となるのですから、これは制度の欺瞞ではないでしょうか?
 「あの話」の裏側にそうした「取り扱い事実」があったと認識していた人が果たしてどれだけいたでしょうか。もし日弁連の「勧告」がなくとも、この「事実」一つだけからでも、この立場の人の選択手続きは、一から再検討されるべき十分な理由になりそうなものです。が、日弁連がこの強い表現で「日台複数籍者に対して,国籍法14条が規定する国籍選択を求めてはならない」「義務違反に当たらないことを周知徹底するべき」とまで書いてくださったことは、非常に重いことであるし、かつまた、心強いことだと筆者は考えます。

 さて、ここまで読んでいただいて、どこか引っ掛かりを感じる方がいらっしゃるかもしれません。「法務大臣」が「権力」であり「権威」であれば、「日弁連」というのもまた、もう一方の「権威」と言えます。法務大臣の「誘導」を疑う一方で、日弁連の言うことなら、手放しで鵜呑みにするというのでは、「常識を疑う態度」として一貫していません。
 ですから、もちろん鵜呑みはダメです。「法務大臣」にしろ、「日弁連」にしろ、その発信する内容、そして発信者以外のルートから得られる情報についても一つ一つを事実(ファクト)ベースで、情報の受け取り手自身が分析・判断していく必要があります。以下では、一般人である筆者が素人なりに、そうした作業を試みた5年にわたる経緯をお話ししたいと思います。

報道されない事実

 大変奇妙なことに、「2021年9月に日弁連から総理大臣と法務大臣あての勧告が出されたこと」について、一般のマスコミは全く報道しませんでした(2021年末現在:筆者が確認した限りで)。かつて「違法」という言葉を使ってあの事件を報道した各社、日本テレビにしろ、朝日新聞にしろ、です。
 唯一、報道したのは、一般のマスコミではなく、法律関係のニュースを専門に扱っている「弁護士ドットコム」のこちらの記事です。

https://www.bengo4.com/c_16/n_13619/

 なお、「勧告を出した当事者」である日弁連からは「日弁連新聞」572号(2021年11月1日付)https://www.nichibenren.or.jp/document/newspaper/year/2021/572.html

および、日弁連人権擁護委員会の委員会ニュース「人権を守る」90号
(2021年12月1日付)
https://www.nichibenren.or.jp/library/pdf/activity/human/human_rights/rights_news_90.pdf

にて「日台複数籍者の国籍選択に関する人権救済申立事件(勧告)」という同じタイトルの記事(本文内容は異なる)がそれぞれ出されています。

「台湾は選べない」という話は以前からあった

 上で触れた弁護士ドットコムの記事には

「救済申し立てを受け、調査にあたったところ、国籍選択にあたり、事実上、日台複数籍者は台湾籍を選ぶことができないことがわかったという。」

あれから5年…蓮舫氏「二重国籍」問題めぐり、日弁連が勧告 「国籍選択もとめるな」
https://www.bengo4.com/c_16/n_13619/

という記述があります。まるで、あの騒動から5年経って初めて分かった事実であるかのような表現ぶりです。しかし、「あの政治家」の「二重国籍騒動」が騒がれはじめた当時から、既に、「台湾籍の選択はできない」という事実が指摘されていました。

 「日本李登輝友の会」が2016年10月に発行した機関紙「日台共栄」第40号には、同会理事の多田恵先生がこのことを書かれています。内容は、ウェブサイト上でも公開されており、次のリンク先から、現在も閲覧できます。

 陳全寿氏の事件からすでに12年が経っているので、念のため、再度、法務省に確認してみた。つまらない問答の末、しぶしぶ明かされたことは、「日本国籍離脱」の手続きであれ、「日本国籍喪失」の手続きであれ、台湾「国籍」への帰化ないし選択のためということであれば、これを行うことが出来ないという取扱いだという。
 その理由は、国籍法の条文が「外国の国籍を有する日本国民は、法務大臣に届け出ることによって、日本の国籍を離脱することができる(13条)」というふうに「外国の国籍を有する」という条件であるところ、台湾(中華民国)は日本が承認している政府ではないため、それが証明書を出すところの「国籍」は「外国の国籍」にあたらないためだという。

「二重国籍問題が導く日本版・台湾関係法」 多田恵
http://www.ritouki.jp/index.php/info/20161019/

・「日本国籍離脱」の手続きであれ、「日本国籍喪失」の手続きであれ、台湾「国籍」への帰化ないし選択のためということであれば、これを行うことが出来ない
・台湾(中華民国)は日本が承認している政府ではないため、それが証明書を出すところの「国籍」は「外国の国籍」にあたらない

このように「法務省から説明されていた」ということです。
 そして、そのような扱いは少なくとも、さらに12年前(2004年)の「陳全寿」氏の事件にまでさかのぼることができるようです。ここでは「陳全寿」氏の事件には深入りしませんが、興味のある方は、下のリンクより、ジャーナリスト櫻井よしこ先生の2004年の記事をお読みになってください。

 さて、日本の法務省によって、「台湾当局の籍」は「外国の国籍に当たらない」と説明されていたそうですから、それならば、「日本と台湾との間で重国籍扱いになり選択義務が課される」という前提がそもそも成り立っていませんよね。過去「その立場」の人が手続き不要と受けとめてきたとしても、当然だったと言えるのではないでしょうか?

法務大臣の発言

 2016年当時も、このように既に、取り扱いの「実態」は、すぐ目の前にあったわけです。マスコミがもうちょっとだけ、丁寧に取材して、「あの政治家」と同じ立場の一般当事者からも情報を集め、事実を検証していけば、政治家という公職者の道義上の問題は別として、一般に成人後の日台複数籍を「違法」という言葉で責めるのは「違う」ということが分かったのではないかと思います。
 ところが、先ほど触れた2016年10月18日の法務大臣の記者会見を境に、状況が一変してしまいます。


(2016年10月18日 法務大臣閣議後記者会見)

(注:2016年10月18日法務大臣記者会見の内容は、以前は法務省のウェブサイトに掲載されていましたが、その後削除されてしまいました。幸い、株式会社アフィリティー様の「ウェブ魚拓サービス」に内容が残っていましたので、そのリンクを掲載させていただきます。)


この時の法務大臣の発言内容は、日弁連の勧告書と一緒に出された「調査報告書」にも次のように記載されています。

第4 調査の結果
1 法務大臣の記者会見内容と日本テレビの報道
(1) 当時の法務大臣は,2016年10月18日の閣議後記者会見において,「一般論として,台湾出身の重国籍者については,法律の定める期限までに日本国籍の選択の宣言をし,これは国籍法14条1項,従前の外国国籍の離脱に努めなければならない,これは国籍法16条1項ということになります。期限後にこれらの義務を履行したとしても,それまでの間は,これらの国籍法上の義務に違反していたことになります。この点について説明を求められた場合には,同様の説明をすることになります」とコメントした。
(2) 日本テレビは,(1)の法務大臣の発言を踏まえ,10月18日,「蓮舫氏“二重国籍”は『違法状態』金田法相」と報道した。

日本弁護士連合会 人権擁護委員会
日台複数籍者の国籍選択に関する人権救済申立事件 調査報告書 p3
https://www.nichibenren.or.jp/library/pdf/document/complaint/2021/210924.pdf

 これが転換点でした。
 当時の法務大臣は「一般論として」という言葉を使うことで、「あの政治家」のみならず、一般の日台複数籍者までをも、確実に巻き込みました。そして、「法務大臣が言ったんだから決着はついた、結論は出た」とばかりに、マスコミも、学者も、法律家も、野党政治家も、一斉に事実検証を放棄して「違反だ」というストーリーを受け入れる方向になびいてしまったのです。そして、前述の日本テレビや朝日新聞による報道にもつながります。これは日本社会がまるごと「思考停止」した瞬間だったと言えるでしょう。「権力や権威に誘導されて信じ込まされている」という状況が、まさに現出したのでした。

残された「不合理なこと」

 大臣発言をそのまま全部正しいものとして受けとめるとするなら、前述の、多田先生が法務省から聞いたという話、

・「日本国籍離脱」の手続きであれ、「日本国籍喪失」の手続きであれ、台湾「国籍」への帰化ないし選択のためということであれば、これを行うことが出来ない
・台湾(中華民国)は日本が承認している政府ではないため、それが証明書を出すところの「国籍」は「外国の国籍」にあたらない

といった「説明事実」については、どうなるのでしょう? 法務省のかつてのこれらの説明が間違いだったということ? 本当にそれでいいのでしょうか? それとも全体を理解し納得するためには、ジョージ・オーウェルが小説『1984年』の中で描いた「二重思考」

のような思考テクニックが必要だ、ということにでも、なるのでしょうか?
 当事者視点に立てば、そういう素朴な疑問がふつふつと沸いてくるわけです。「おかしいだろ?」とね。
 ですが、法務大臣の発言以降は、どのマスコミも「検証」の意欲をすっかりなくしてしまったかのようでした。(逆に、「水に落ちた犬を打つ」ことには大いに積極的だったように見えましたが・・)
 こうした、すぐ目につくはずの「不合理な点」も、そのまま顧みられることもなく、放置されてしまいます。

素人の特権

 マスコミでも、学者でも、法律家でも、政治家でも、大方の「プロ」の皆さんは「法務大臣発言」が出た段階で「この話は終わり」と判断してしまったようです。
 ですが、この問題、制度上「国籍選択」を迫られる世代というのは、主に二十歳前後の若者です。一部の「法律家の卵」などを除けば、法律知識などほとんど持ち合わせていない一般人が大多数でしょう。そういう当事者の立場に立ってみたとき、あんな大臣説明で納得できるものでしょうか? もっとかみ砕いて、具体的に説明をしていただかないと、そして、従来の説明との矛盾を解消していただかないことには、到底解決とは言えないんじゃないか?と筆者は思いました。
 筆者も、もともと理系専攻で、法律は全くの素人です。素人の特権として、「こんなことも知らないのか?」と馬鹿にされることを、怖がる必要がありません。知らないことは恥ずかしいことではないのです。むしろ、なまじ法律の知識があって、下手に物わかりの良すぎる「プロ」の皆さんとは違って、しっかり食らいついて、なぜなぜ分析の精神

で理由と根拠を聞き出せばいいんだ、というくらいの気持ちでいました。

東京法務局に電話で問い合わせる

2017年10月2日、筆者は電話で東京法務局に問い合わせを行いました。

もともとは「台湾の籍を併有する日本国民(以下、日台重籍者と表示)の国籍法14条1項上の扱い」について、「訪問相談の予約」をとるためでした。その際、電話口で相談内容を伝えたところ、「来なくても、この電話で回答できる」とのことだったため、急遽、通話の録音を開始しつつ、説明を受けたのでした。
 筆者は「なぜなぜ」精神で、何とか事実につながる話を少しでも引き出してやろう、というくらいに身構えていたのですが、全く身構える必要はありませんでした。
 回答者は、拍子抜けするくらいにあっさりと知りたかったことを答えてくれました。その録音が上記Youtubeリンクで、書き起こしがこちらです。

回答者)こちらの、日本の方でしたら、台湾の事を国として認めているわけではないので、そうするとですね、台湾国籍と言うのが、日本の方の扱いではそもそも無いんですね。日本国籍単一の国籍を持っているというふうに扱われるんですね。
筆者)そうなんですか?去年の金田法務大臣の10月18日の記者会見で台湾籍の人も二重国籍なので選択は義務がありますよというようなことを記者会見で言われていたと思うのですけれども?実はそれを聞いて、親族の者がすごく心配してしまいましてね、これは選択をしなければいけないのではないか、と制度をいろいろ調べてみたら、台湾籍の方を選んで日本籍を抜けるというのはできないというようなお話のようなのですけれども?そうすると・・
回答者)台湾籍の二重国籍で・・、そうなんですね。仮に、二重国籍の方で、日本の国籍を抜ける場合、国籍離脱届と言うのを通常出すんですけれども、そうしても、台湾の方の場合だと不受理になってしまうんですね。
筆者)不受理になりますよね、そうすると不受理なので、状態としては変わらないわけですよね?
回答者)そうなんですね。
筆者)そうしたら、その場合に、去年の金田法務大臣のお話だと、「選択をしていないから義務を果たしていないことになる」というようなことをおっしゃっていたと思うのですけれども、例の政治家の〇〇さんの関係のニュースでですね。それで、こういう立場だと違法と言われては困るなと思いまして、そのあたりを確認したいなと思ったのですけれども。
回答者)そうですね、まあただ、事実上その、申請を出しようがないので。こちらに出しても不受理になってしまうので。そういう意味ではそもそも台湾国籍だけを選択するということが、できない状態です。なので、もちろんそういう状態なので、もちろん日本の方では単一国籍として見ますので・・。
筆者)単一国籍として見るんですか?心配なのは、去年のその、金田法務大臣が「一般論として」とおっしゃっていたので心配だったのですけれども。政治家だから特別にあの人(の場合についてだけ)が(問題だ)というのだったら別に我々も納得できるのですが、金田法務大臣のお話では「一般論として」台湾籍の人も選択義務があると、選択していないと違法である、というようなことをおっしゃっていたと思うんですけれどもね?
回答者)うーん、そうですね。ちょっと少々お待ちいただけますか?・・・
(注:保留音が長時間にわたるので編集により途中をカットしている)
回答者)はい、お待たせいたしました。まあ、こちらなんですけれども、先ほど言った通り、日本にいる場合?今台湾にお住まいなんですね?
筆者)ええ、そうですね。
回答者)台湾の国籍を選ぶということは、日本に離脱の届け出を、台湾でなかったら、他の国だったら出すのですけれども、それだと、台湾の場合だと不受理になってしまう。そうして、そういった申請を出す必要はないし、また出さなかったからと言って何らかの咎めがあるわけじゃないということです。
筆者)ああ、そうなんですか。なるほど。

2017年10月3日東京法務局国籍相談 録音内容の書き起こし

説明の要点は以下の通りでした。

・日本側では台湾を国として認めていない。そのため、(日台重籍者については)「日本国籍単一国籍者」と扱われる
・二重国籍者が日本国籍を離脱する場合、通常は「国籍離脱届」を出す。台湾の籍の場合はそれを出しても不受理になる。
申請を出しようがないので、日本側は単一国籍としてみる
不受理になる申請を出す必要はない。出さなかったからと言って、何らかの咎めがあるわけではない。

 電話に出た法務局の方は、当事者の事情を十分理解してくれていました。2016年の法務大臣発言というものがあることはもちろん認識したうえで、「事実上」こうである、と、ここまではっきり説明されたわけですから、少なくとも日本と台湾の籍を持つ一般人に関しては、国籍選択の義務を心配してあれこれ思い悩む必要はない、と受け取ってよさそうに思えました。
 「選択手続きの必要はないよ、安心して」と、当事者の若者たちに伝えて、不安から解放してあげたい。あとは、この説明内容を、法務当局から適切に一般向けに広報さえしていただければ、当事者が安心できるようになるだろう。そう思うと少し気持ちが明るくなりました。
 2016年の「あの政治家の国籍騒動」から約1年の2017年10月段階ですから、今から思えば結構早い時点で筆者は、この説明を得ていたわけです。

同様の説明は他にも

 多田先生が2016年に法務省から聞いた話、そして筆者が2017年10月に東京法務局から聞いた話、これ、たまたまどちらも「対応した人」が思い込みで間違った説明をした、なんてことがあるのでしょうか?
 実は、ほぼ同じ時期、さらに別の法務局でも同様の説明がされていたことが、確認できます。
 2019年10月刊行の、ちくま新書「二重国籍と日本」

には次のような記述が出てきます。

日本側から見ると、台湾(中華民国)の国籍では「外国の国籍を有する」とはみなされないので、日本国籍一つだけであり、それ故「国籍選択届」は提出不要である」

ちくま新書「二重国籍と日本」第3章(著者:大成権) p86
(広島法務局の説明:2018年4月

「日本は「日台ハーフ」を日本の単一国籍保持者とみなしている。」

ちくま新書「二重国籍と日本」第4章(著者:岡野) p114
(神戸法務局の説明:2018年7月

 このように、東京の他、広島や神戸の法務局でも、同様の趣旨の説明がされていたことが確認できました。

当事者の不安

 ここまで見た通り、東京、広島、神戸の各法務局で、日台間の場合は「日本の単一国籍者として扱われること」が説明されています。そういう説明を聞いた日台複数籍の当事者が「国籍選択義務の対象にはならないんだな」と受け取ることは当然ですし、そこには、なんらの落ち度も、ないはずです。
 しかし、「世の中の認識」は、一向に改まりません。「あの政治家」への国籍問題での批判は、インターネット上を見ると、なお大量に出てきます。

 日台複数籍の当事者の不安というのは、「役所で国籍選択を迫られること」ではありません。だいたい、ここまで書いたような内容を聞き知っていれば、当事者もわざわざ役所に出向きはしませんよね。また、役所に行ったとしても「中の人」は、「実際にはわかっている」わけで、選択手続きに関し、決して無茶なことは言わないでしょう。

 むしろ、一般社会の中で、事情を分かっていない第三者から「法律上の果たすべき義務を果たしていない人」という風に、「あの政治家」と同じように誤解を受け、レッテルを貼られ、後ろ指をさされるような事態が生じてしまうことが問題なのです。

 たとえば、就職活動をしている青年が、面接で自分の家庭環境の話をするとします。両親は日本と台湾の国際結婚だ、と説明した際、面接者が
「じゃあ、君は日本と台湾との『二重国籍』だね、国籍選択手続きはしてあるんだろうね?」というようなことを、ふいと口にする。
 あるいは、最近流行(?)の「圧迫面接」を意図しているならば、「なんで国籍選択をしていないんだ? うちは法律上の義務を果たしていない人を採用するわけにはいかない」なんてことを言いだすかもしれない。
 そういったときに、
「日本と台湾の間では選択手続きは義務として課されてはいません。」「『あの政治家の国籍騒動』は、そもそも前提から間違っていたのです。」と冷静に毅然と答えたとして、面接者に納得してもらえるかどうか?
 「『圧迫面接』への対応としては『正解』」の受け答えだったとしても、下手をすれば、「話を都合よくでっちあげる人」などと「よりマイナスな」評価につながる誤解を生んでしまうかもしれません。
 これではやはり、当事者は不安なままです。こうした不安を解消するにはどうしたらいいか? それが次に取り組む課題となりました。

議論する仲間

 ここまで書いたように、日台間の場合「国籍選択義務」の対象にならないということを示す「事実(ファクト)」は十分すぎるほどそろっているように筆者には思えます。問題はそのことが、日本社会の中で認識されていない点です。
 一人で考えていても、なかなか良いアイデアは出てこないもの。
 現在のAMF2020(当時はグループ名が違いましたが)、

につながるグループの、「とある方」のアドバイスで、2018年から、Facebook内のクローズドグループとして「日台重籍問題を考える会」を発足させ、この問題に関心がある有志により、解決方法を討論するようになりました。

「日台重籍」という言い方

 なぜ「日台重国籍」ではなく「日台重籍」という表現を使用したか。「重国籍」と言ってしまうと、『重国籍なら重国籍者の義務がある』と妙な揚げ足を取られるおそれがあったためです。
 そもそも日本の制度上の「重国籍」の定義がはっきりしていない。国籍法の言葉では「外国の国籍を有する日本国民」とされていますが、じゃあ「外国の国籍を有する」って、どういうことなのか? 素人の頭には抽象的すぎます。
 そして、肝心の、「台湾当局に籍の登録があること」が、それでは、どう扱われるのか「外国の国籍を有する」ことになるのかならないのか、も、実は、はっきり示されているわけではない。そんな中で「日台重国籍」という表現を持ち出すことは、思考を制約する先入観につながりかねないため、あえて避けたのでした。
 なお、2021年の日弁連勧告において「日台重国籍」でも、「日台複数国籍」でもなく「日台複数籍」という表現(「日台複数籍者の国籍選択に関する人権救済申立事件」)が使用されているのも、おそらくは同様の理由によると思われます。

公の文書が必要

 会のメンバーによる熱心な討論の中で見えてきた課題は
「法務省や法務局で、いくらカギとなるような、重要な説明をもらえたとしても、それが「口頭」で説明されただけでは足りない。公の文書で開示されて、いつでも誰でも確認できるような状態になっていなければ、その情報は活用できない。どうにかしなければ!」・・ということでした。
 日台重籍を『日本側では単一国籍扱いだ』とする説明は、既にみたようにかなり以前よりあったわけですし、同様の返事をもらった人は多数います。
 それを踏まえれば、本来ならば、もはや、日台間では、「選択義務」など、全く関係ないはずです。でもいまだ、当事者の不安は解消していない。
 そこで、「役所からの説明は『文書の形』でもらう」ということをまず、ターゲットにしようとしたわけです。

情報公開請求をする

 行政の業務については、「文書主義」が原則だと言われています。

 これが、「建前」だけの話ではなくて、本当に言葉どおりのものなら、国籍選択手続きにおいて、台湾当局の籍をどう扱うかについても、根拠となる文書があるはずですよね。
 既にみた通り、法務省や、東京、広島、神戸と、複数の法務局で個別に、「日台間では日本の単一国籍扱い」だとする趣旨の判断を示したのですから、それぞれの説明に共通する、根拠となる文書がありそうなものです。
 逆に(こんなことがあったら、行政システムとして、かなり深刻な問題だと思いますが)もし、それらの説明がすべて「何かの間違い」「担当者の勘違い」であって「日台間でも重国籍扱いとなり、手続き義務が発生する」と一律に言えることなのであれば、それを示すような根拠文書でもいいのです。文書で示してもらえれば、その内容に基づいて判断でき、次の手が打てるというものです。
 というわけで、2019年1月情報公開請求をしたのでした。

行政文書開示請求書(抜粋)
行政機関の保有する情報の公開に関する法律第4条第1項の規定に基づき,下記のとおり行政文書の開示を請求します。
           記
1 請求する行政文書の名称等
・台湾の籍を併有する日本国民に関し、国籍法14条の国籍選択についての問い合わせがあった場合に、法務局が説明を行う上での、根拠としている文書(例えば、指針、通達等)。
・保有すると思われる部署)東京法務局国籍課
※請求者が2017年10月2日に東京法務局国籍課に対し、電話で問い合わせた際には、
>「台湾の籍を有する日本国民は、台湾籍の選択(日本国籍の離脱)はできず、日本側は当事者を日本国籍単一国籍者と扱う。台湾の国籍を選ぼうとしても、その手続きである日本籍離脱届は不受理になるので、そういった届を出す必要はない。また、出さなかったからと言って何らかの咎めがあるわけではない。」
との回答を口頭で得ている。この回答には、「根拠となる文書」があるはずなので開示していただきたい。

 たとえば「行政訴訟」などとなると、弁護士が必要だし、お金は相当かかるでしょうし、なかなか大変なことになりそうです。それとくらべると、情報公開請求制度は、圧倒的に簡単で楽な手段です。
 なにせ、費用は「開示請求手数料」として一件たったの300円(収入印紙貼付による)。「すべての行政機関」が対象です。行政機関側は、開示請求があった場合、法律上「不開示情報」とされるものを除き、原則開示しなくてはなりません。(まあ、そういう建前です。「無い」と言うことにされてしまえば、それまでですが、その時は、「マジですか?こんな文書も無いんですか!」と、話のタネにしちゃいましょう。)

なお、不開示の場合は「理由」が示されます。そして、もし不合理な理由で開示してもらえなかったなど、「決定」に不服がある場合は「審査請求」を行うことができます。なんと、この「審査請求」は「無料」です。
 また、「審査請求」をすると、総務省の情報公開 ・個人情報保護審査会に諮問が行われ、この審査会が、請求人と当該官庁の間に立って、第三者的な立場から調査して「答申書」というものを作成してくれます。
 実は、筆者はこの「答申書」に大きな期待を寄せていたわけです。

不開示決定が出る

 さて、「文書」の請求をしたとたんに、東京法務局の態度は豹変しました。このことは後に発行された「答申書」の請求人(筆者)による「意見書」部分にも記載され、公開されていますが

情報公開(行政機関)令和元年度 答申 295号 p10
https://www.soumu.go.jp/main_content/000654465.pdf

という具合で、かなり露骨な手のひら返しがされています。
「日台間の場合は日本国籍単一国籍と扱われ、国籍離脱届は不受理となるから届けを出す必要がない」と説明していたものを「重国籍者なら選択が必要」という言い方に変えている。
「それは、日本と台湾の間でも重国籍扱いになるという意味ですか?」と聞くと、「個別事案には回答できない」として明確に答えないわけです。
 おかしいですよね?「日本国籍の他に台湾の籍を持っていたら、選択義務対象になりますか?」この質問のどこが「個別事案」なんでしょうね?
 いや、個別事案なら、それでもいいのですけれど、そういうことなら、2016年の法務大臣発言で、あたかも一般論として一律に義務対象になるかの如く説明したのは、欺瞞だったことになりはしませんか?
 なるほどこの辺は、大臣発言との関係で誤魔化したいところなのだろう。こうなると、文書開示は望み薄だな、ということはうすうす感じました。
 そして2019年2月、請求からちょうど一か月後になりますが、「行政文書不開示決定通知書」というのが届きました。やはり不開示決定でした。

「行政文書不開示決定通知書」部分抜粋

※なんと、文書主義で動いているはずの法務局で「説明の根拠文書」がないのだそうです。(マジですか!)じゃあ、日台複数籍者の扱い、法律上重国籍扱いなのかどうか、何を根拠に説明してきたというんでしょうね?

審査請求をする

 2019年4月、法務大臣あてに「審査請求書」を出しました。
 台湾籍の扱いの説明に根拠文書がなにもない、って、いくらなんでもそれは無理があるでしょう?というわけです。だって、例えば2016年当時の法務大臣は、記者会見で


(2016年10月14日 法務大臣閣議後記者会見)

(注1:既出の2016年10月「18日」の記者会見とは別です)
(注2:2016年10月14日法務大臣記者会見の内容は、以前は法務省のウェブサイトに掲載されていましたが、その後削除されてしまいました。幸い、株式会社アフィリティー様の「ウェブ魚拓サービス」に内容が残っていましたので、そのリンクを掲載させていただきます。)


>「台湾当局発行の国籍喪失許可証が添付された外国国籍喪失届については,戸籍法106条の外国国籍喪失届としては受理しない」
・・・などと、非常に具体的な取り扱い事例を話しているじゃないですか?こんな「細かい話」をしていながら、その扱いを書いた根拠文書が一切ないとかそんな話あるわけないでしょう?ちゃんと調べなおして開示してね。
・・というくらいの内容です。
 そして、制度に沿って、法務大臣から総務省の情報公開 ・個人情報保護審査会に対して諮問が行われ、約半年後、2019年11月16日にくだんの「答申書」が出されたのでした。それがこちら

から辿ってのこれ↓です。
令和元年度(行情)答申 第295号
「特定の事項についての問合せに対し説明を行う上で根拠としている文書の不開示決定(不存在)に関する件」
https://www.soumu.go.jp/main_content/000654465.pdf

 まあ、審査会の判断としては、「法務省側で文書が無いと言っているし、仕方ない」というくらいの内容でして、「不開示決定は妥当」というもの。つまり、筆者の「文書開示請求」は認められませんでした。
 とはいっても、ただ負けたわけではありません。筆者が本当に欲しかったのは、「重国籍と扱われるための要件」や、「台湾籍取り扱いの実態」などですから、審査会が、法務省側から聞き出した内容を、国の公文書である「答申書」に記載してもらえるなら、それでもよかったのです。そしてこれはしっかり記載されています。
 この点では大きな収穫が得られたと言えます。

答申書で得られた収穫

 情報公開 ・個人情報保護審査会の答申書に記載されたことで、はじめて文書化されたことが3つあります。カギとなる非常に重要な点であり、これをしっかり書きこんでくださった審査会の担当の先生方に敬意を表します。

1.国籍法14条の「外国の国籍」の定義

国籍法14条の定める国籍選択義務を有する「外国の国籍を有する日本国民」における「外国の国籍」とは日本国が国家として承認している国の国籍を指す

令和元年度(行情)答申 第295号 p12-13
https://www.soumu.go.jp/main_content/000654465.pdf
(第3 諮問庁の説明の要旨 2 原処分が適法であることについて)より

 これは、あくまでも「国籍法14条」に関して「選択義務」の対象となる要件としての「外国の国籍」の説明です。

 そういえば、「あの政治家」が「台湾は国ではない」と説明したとして「冷酷だ」などと批判されたという記事がありました。

与党、民主進歩党の管碧玲立法委員(国会議員)は12日、フェイスブックで、蓮舫氏が11日の記者会見で「一つの中国」原則に基づき「台湾は国家ではない」と発言したと主張した上で、「冷酷すぎる女だ」と批判した。

産経ニュース 2016/9/13「父親の祖国から「冷酷すぎる女」と非難された蓮舫氏」
https://www.sankei.com/article/20160913-6TPNS2VIBVJ3ZKOZE4KEWKSGFI/ 

 失礼ながら「あの政治家」は、「表現が稚拙過ぎた」のだと思います。ご本人はおそらく、この答申書の記載内容と同趣旨のことを言いたかったのでしょう。
・「国籍法14条の定める国籍選択義務を有する「外国の国籍を有する日本国民」における「外国の国籍」とは日本国が国家として承認している国の国籍を指す」
つまりは
・「日本国が国家として承認」してはいない「台湾の籍」を持っていても、
国籍法14条の定める国籍選択義務を有する「外国の国籍を有する日本国民」における「外国の国籍」を持っていることにはならない。義務対象者の要件にはあてはまらない
ということです。

2.「外国籍保有」の判断要件(要件事実?)

そもそも,ある者が外国の国籍を保有しているかどうかは,当該外国政府が把握していることであり,他国の政府が判断することはできない。この点からすると,日本国籍と外国国籍を併有すると称する者が,日本以外のいかなる国の国籍を保有しているかは,当該外国政府の発行する証明書によって判断することとなる。

令和元年度(行情)答申 第295号 p13
https://www.soumu.go.jp/main_content/000654465.pdf
(第5 審査会の判断の理由 2 本件対象文書保有の有無について (1)イ)より

 1.のように、「台湾は日本国が国家として承認している国ではない」ということを言うと、「日本では、台湾は中国として扱われるんだ、そんなことも知らないのか」という「事情通さん」が出てきます。入管(入国管理)行政の方面に詳しい方にありがちですね。
 当方は全く素人なので「それはどこに書いてあるんですか?」「適用の範囲は?」「この話は、入管行政で扱う『在留外国人』についての話じゃないんですよ、既に日本国籍を持っている人が自分で重国籍かどうか判断する話なのですが、それでも成り立つんですか?」ということを、こまごまと聞くんですが、「そんなのは常識だ」「自分で調べろ」とか言ってごまかされてしまい、なるほど、と思えるような説得力のある説明をもらったためしがありません。
 法律手続きでの「義務」の話なのですし、ごく普通の一般人が対象になる問題なのですから、大事なところを「常識」で片づけられちゃ困る。義務発生の要件を、もっとはっきり示してもらえないものだろうか?と思っていました。

 ここで少々脱線します。最近なにかと話題で筆者も注目している裁判官、岡口基一先生(筆者も陰ながら応援しています!頑張ってください!)

が、これまでに「要件事実」の書籍を多数書かれているということから、法律は門外漢の筆者も、この「要件事実」という言葉を知りました。

要件事実(ようけんじじつ)とは、一定の法律効果が発生するために必要な具体的事実をいう。

Wikipedia 「要件事実」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A6%81%E4%BB%B6%E4%BA%8B%E5%AE%9F

 そして、(素人考えですけれど)「まさにこれじゃないか?」と思ったのです。この要件事実の考え方は、国籍法14条の選択義務発生の要件にも当てはまるのではないか?
 「外国の国籍を持っている」などという抽象的な表現ではなく、義務発生の「具体的事実」が必要じゃないか?と。

 前置きが長くなり過ぎました。答申書内では、「外国籍保有」の判断要件をこのように
「日本国籍と外国国籍を併有すると称する者が,日本以外のいかなる国の国籍を保有しているかは,当該外国政府の発行する証明書によって判断する」と、厳密に書いてくださった。
 つまり、この「当該外国政府の発行する証明書」(と日本政府が認める書類)の存在が義務発生の「要件事実」なのではないか? そう考えると、素人頭でも整理ができてきます。
 逆に、これに当てはまらない他の判断の要件があるのであれば、それ、公に開示して、当事者が自身で判断できるようにしてくれなければ法制度としておかしいですよね。
 というのも、特に国籍選択制度は、重国籍者であることに自ら気づいて自ら手続きせよ、という制度なのですから。一般に公開されていない秘密の要件で外国籍保有と決めつけられるなんてことが起きたらとんでもない話です。

3.「台湾の国籍証明書」は受け付けない

国籍喪失又は国籍離脱の手続の際に,台湾当局発行の証明書を国籍証明書として届書に添付された場合には,受理することができないことは,国籍法の規定から導かれる当然の帰結

令和元年度(行情)答申 第295号 p14
https://www.soumu.go.jp/main_content/000654465.pdf
(第5 審査会の判断の理由 2 本件対象文書保有の有無について (1)ウ)より

そして、ダメ押しのこれです。「台湾当局発行の証明書」は、国籍選択手続きでは受け付けないという事実(ファクト)です。これは「国籍法の規定から導かれる当然の帰結」なのだそうです!
 いやいや、それなら、もう一回これを出しますけど

令和元年度(行情)答申 第295号 p10
https://www.soumu.go.jp/main_content/000654465.pdf

 (日台複数籍者の場合)「国籍離脱届は不受理となる」としていた説明を「重国籍者の選択では日本の国籍離脱が一手段」などと、国籍離脱届を出すようちらつかせるような真似をしたのはかなりイジワルではないですか?
 国籍離脱届では、「外国政府側発行の国籍証明書」の添付が必要になりますが、台湾当局発行の証明書の添付では国籍法の規定から導かれる「当然の帰結」として受理できないとまでわかっている。その「国籍離脱届」を、そう説明もせずに「出さねば判断できない、出してみろ」と言う。これは、信義上も、かなり問題ある対応だという気がします。

4.まとめ

 日本側としては、国籍法14条の選択義務を生じる「外国籍」の「外国」とは日本国が国家として承認している国を言う、としているので「台湾」は入らない。仮に台湾を「中国」と扱うことになっていたとしても、「当該外国政府の証明書がないと、外国籍保有を判断できない。」というのが日本政府の立場。さらに、台湾当局の証明書は「当該外国政府の証明書」として受け付けないことが確認されている。ならば、日台複数籍者は重国籍扱いしようがないではないですか?
 「あの政治家」の国籍騒動以来、当事者を困惑させるばかりだった取り扱いの実態が、このように、要件を公の文書の形で示してもらうことでようやく見えてきた(整理できてきた)ように思いました。

答申書に際どい「ご飯論法?」

 このように、収穫が多かった「答申書」ですが、ざっと読んだ人が必ずしも「なるほど、台湾の場合は義務対象じゃないんだね」とすぐ素直に納得できる表現にはなっておりません。
 法務省側からの審査会への説明内容は、明らかに嘘になるようなことは言わないでしょう。かといって、かつての法務大臣の発言内容を否定するような内容も、立場上まずいのでしょう。その辺になると、どちらにでも取れるような、玉虫色の表現、あえて言えば、かなり際どい詭弁までつかって「煙に巻こう」としている印象を受けました。
 詭弁と言うと、言い方がきついでしょうか? 「霞が関文学」?

 あるいは、最近流行した言葉でいえば「ご飯論法」

の類かと思います。ですから、表現に注意しながら読む必要がありそうです。

1.一律に・・という説明は不正確

(中略)処分庁は,電話のみの照会や問合せにより判断を行うことはできない。したがって,特定年月日の東京法務局の電話による問合せの回答である,一律に「台湾の籍を有する日本国民は,日本側は当事者を日本国籍単一国籍者と扱う。」という説明は,不正確だったといえる。

令和元年度(行情)答申 第295号 p13-14
https://www.soumu.go.jp/main_content/000654465.pdf
(第5 審査会の判断の理由 2 本件対象文書保有の有無について (1)イ)より

 まず、「えっ?」と思ったのがこの表現でした。
「台湾の籍を有する日本国民は,日本側は当事者を日本国籍単一国籍者と扱う。」って、以前から説明していましたよね?と聞いたのに対し
「本来、電話じゃ判断できない話なのに、電話で一律にこうだと答えちゃったからその説明は不正確だったといえる」
 ぼんやり読むと、あたかも当時の説明がすっかり丸ごと正反対だったかのように受け取ってしまいそうですが、決してそうではない。
 「電話で答えられない話だった」という「謎ルール」後出しで出してきたうえ、こちらが使っていない「一律に」という語を勝手に追加しています。論点のすり替えをしているのがわかります。
 そもそも、国籍選択手続きの相談は「電話で答えられない話」なのでしょうか?いちいち面接していたら、どう考えても、パンクしちゃうでしょう?
 そして、「一律に」。そりゃもちろん、一件でも例外があれば、理屈の上では「一律にそうとは言えない」ことになってしまいます。じゃあ、どういう場合に例外として扱われるのか?そこを説明してくれなくては困りますよね。
 なお、その「例外」の可能性については、後に2021年の日弁連の調査報告書中では

ウ また,法務省は,外国とは,日本が独立国として承認する国家であることを要し,日本政府は,台湾を中華人民共和国の領土の不可分の一部であるとする中華人民共和国政府の立場を尊重しているため,日本の国籍法上の「外国」に,台湾は含まれず,日台複数籍者は,日本と台湾の国籍を有する複数国籍者としては認識されない。そして,日台複数籍者のうち,中華人民共和国政府発行の中国国籍を証明する文書を所持していない者については,承認国家の発行する証明書が確認できないため,中華人民共和国国籍を有する者としても認められない。したがって,かかる者は,日本の国籍法の観点からは日本国籍の単一国籍者として認識されてしかるべきものとなる。

日本弁護士連合会 人権擁護委員会
日台複数籍者の国籍選択に関する人権救済申立事件 調査報告書 p7-8
第6 当委員会の判断 1 (1)ウ
https://www.nichibenren.or.jp/library/pdf/document/complaint/2021/210924.pdf

と分析・判断されました。
 なかなか考えにくいところですが、「日台複数籍者」のうち、仮に「中華人民共和国政府発行の中国国籍を証明する文書を所持」している者がいるなら、日本政府の立場に沿って重国籍扱いになる、という場合もあるのかもしれません。しかしそんな極端な例外を裏の理由として
一律に「台湾の籍を有する日本国民は,日本側は当事者を日本国籍単一国籍者と扱う。」という説明は,不正確
と述べているのだとすれば、こじつけが過ぎましょう。牽強付会だと言わざるを得ません。

2.記憶は定かではないが、おそらく・・と思う

なお,当時対応した職員に聞き取りを行ったところ,記憶は定かではないが,おそらく当時の電話での問合せに対する回答については,資料を確認した上でのものではなかったと思う旨の回答を得ている。

令和元年度(行情)答申 第295号 p14
https://www.soumu.go.jp/main_content/000654465.pdf
(第5 審査会の判断の理由 2 本件対象文書保有の有無について (1)イ)より

 筆者はここで、「やはり何らかの資料があるんだな」と裏読みしました。
 なぜ、わざわざ「記憶は定かではないが,おそらく」などというあいまいさを強調する文言を挿入しているのか?
 そういう資料の存在に、「本当に」全く心当たりがないのであれば、このような不自然な表現、この曖昧さは出てこないでしょう。
 つまり、後日、「資料の存在」がバレちゃったときのための予防線を張っているのかなと推測します。(あるいは、「強いられ」「言わされてしまった」ことへの精一杯の抵抗の印でしょうか。)

3.そもそもそのような取扱いをしておらず

カ 審査請求人が主張する「日本と台湾の国籍を併有する者を単一国籍者として扱う」とする行政文書については,そもそもそのような取扱いをしておらず,上記イで説明したとおり,東京法務局の回答も何らかの根拠に基づいたものではないため,作成又は取得しておらず,保有していない。

令和元年度(行情)答申 第295号 p14
https://www.soumu.go.jp/main_content/000654465.pdf
(第5 審査会の判断の理由 2 本件対象文書保有の有無について (1)カ)より

 文書が無いということを強調したい一心で、反対にとんでもないことを言っちゃっているようですね。
「東京法務局の回答も何らかの根拠に基づいたものではないため」
・・それ、だめですよね。

 ただ「考える会」での議論ではそこではなく、その直前の部分「そもそもそのような取扱いをしておらず」の解釈の方が問題にされました。これはやっぱり「日本と台湾の籍を併有する者を重国籍者と扱っているという意味じゃないか?」と読む人もいたのです。
 ですが、「そのような扱いをしておらず」と否定だけしておいて、じゃあ「どのような扱いをしているのか?」という点は全く書いていない。これもごはん論法的な詭弁ではないかというのが筆者の受けた印象です。(審査請求人が書いてもいない「日本と台湾の国籍」という表現をあえて使ったうえで「そのような取り扱いをしておらず」と否定していることにも、何か含みがあるかのような疑念を抱いてしまいます。)

4.まとめ

 答申書で、法務省側が審査会に説明した内容のうち、筆者が引っ掛かりを感じた箇所を見てみました。法務局などで、以前なされていた説明のうち、2016年10月18日の法務大臣発言と矛盾しそうな部分を否定したり、あいまいにすることには重点が置かれていますが、法務大臣発言を説明したり、立証したりする方向の内容が無い。
 日台複数籍当事者の一般人が知りたいのは、法務大臣が義務対象だと言った『台湾出身の重国籍者』とはどういう意味なのか? どの範囲をさすのか?ですが、その肝心な点を述べた内容がありません。
 このあたりが非常に奇妙に思えるのです。

法務大臣の勇み足だったのか?

 考えてみると、「台湾出身の重国籍者に義務がある」という大臣の言葉、『台湾出身の重国籍者』という表現が、そもそも奇妙です。
 たとえば、日本人の父親と台湾人の母親の間に、日本で生まれた子供を考えたとき、はたして、その子は大臣の言う「台湾出身者」なんでしょうか?
 そして国籍法上の「重国籍者」なんでしょうか? だいたい、重国籍者に当たるかどうかが法務局でも「個別事案で答えられない」とか「電話では回答できない」との「謎ルール」が出てくるほど微妙で慎重に判断しなければならないものだというならば、なぜ大臣が『台湾出身の重国籍者』と口にしたら「台湾当局に籍を持つ日本国民」が(「あの政治家」を含め)一律にそれに該当するものだと、日本社会全体で思い込んでしまったのでしょうか?
 冒頭の小宮山先生の言葉「不合理であるのに、権力や権威に誘導されて信じ込まされている」、その状況がまさに発生していると筆者は思います。

 「考える会」の討論の中では、この2016年10月18日の法務大臣発言、実は「大臣の勇み足だったのでは?」という意見もありました。
 しかし、2016年10月26日、衆議院外務委員会における、政府参考人(法務省大臣官房審議官)金子修氏の答弁において

○金子政府参考人 お答えいたします。
 個別具体的な事案についてはお答えを差し控えさせていただきたいと思います。
 一般論で申し上げますと、台湾出身の重国籍者につきましては、法律の定める期限までに日本国籍の選択の宣言をし、従前の外国国籍の離脱に努めなければならず、期限後にこれらの義務を履行したとしても、それまでの間はこれらの国籍法上の義務に違反したことになるということになります。

国会会議録検索システム
第192回国会 衆議院 外務委員会 第2号 平成28年10月26日
https://kokkai.ndl.go.jp/txt/119203968X00220161026/183

とする、大臣発言と「全く同じ表現」の答弁があることがわかり、「大臣の勇み足説」は「考える会」の中では事実上否定されました。優秀な法務官僚がひねり出して、一言一句を精査したうえでの大臣発言、および、金子審議官の答弁であった、と言うのが実際のところでしょう。

 ちなみに、金子氏は、その後、司法法制部長などを歴任、2021年7月より、法務省民事局長に就任なさっています(2021年末時点で現職)。つまり、この方が今や、日本の国籍制度問題の最大のキーパーソンです。

日弁連への人権救済申し立てから勧告書公開

 「台湾出身の重国籍者(に選択義務がある)」という「うろん」な発言に振り回されて数多の日台複数籍者が不安をかかえています。
 事実上、台湾を選ぶ選択肢がないのに選択を迫られることは、当事者の立場に立てば理不尽で理解しがたいものです。
 筆者は、いろいろ調べた立場として、これら分かった事実(ファクト)を埋もれさせてはならないと思いました。「考える会」で議論しながらも、さらに、この問題を「世に問う」ことにつなげ、当事者の不安を解消するという目的への実効性を持たせたい。
 そんな思いもあって、法務大臣への審査請求をしたのとほぼ同時期、2019年4月に、日本弁護士連合会へ人権救済を申し立てたのでした。
 その後、審査会答申書で得られた情報などを随時、日弁連側に提供して、納得できない点については都度説明をして、日弁連人権擁護委員会の先生方に、法律の専門家としての立場から調査していただいたわけです。そして、2021年9月、総理大臣、法務大臣あての勧告書・調査報告書が公開されたことはすでに述べた通りです。担当いただいた先生方のご尽力で、綿密な調査が行われ、素晴らしい勧告書の公表に至ったこと、心より感謝申し上げます。
(再掲)日台複数籍者の国籍選択に関する人権救済申立事件(勧告)
 https://www.nichibenren.or.jp/library/pdf/document/complaint/2021/210924.pdf

法務省民事局回答を読む

さて、最初の方で、「日弁連の見解であろうとも、その権威にすがって、ただ単に『鵜呑み』にするのはダメだ」という趣旨のことを書きました。なのでここでは、まず、日弁連による「判断」の部分ではなく、相手の言い分である「法務省民事局の回答部分」を見てみます。そして、まず、自分でその意味を考えてみることにします。

第4 調査の結果
(1 法務大臣の記者会見内容と日本テレビの報道(既出・略))
2 法務省民事局民事第一課からの照会回答の内容
(1) 2020年3月10日付け当連合会からの照会(日弁連人1第1396号)に対する同月31日付け法務省民事局民事第一課の回答(以下「1回目の照会に対する法務省の回答」という。)によれば,日本人と台湾人との間に生まれた子どもの国籍を複数国籍として扱うかの問いに対して,「ある者が外国の国籍を保有しているかどうかは,当該外国政府が把握していることであり,他国の政府が独自に判断することはできない。この点からすると,日本以外のいかなる国の国籍を保有しているかは,当該外国政府の発行する証明書によって判断することとなる。ここでいう外国とは,国際法上,ある地域が国として承認されていること又はその地域がある国に属していることを承認されていることを要し,かつ,日本が独立国として承認する国家であることを要する」とのことである。そして,「1972年の日中共同声明により,我が国は,台湾を中華人民共和国の領土の不可分の一部であるとする中華人民共和国政府の立場を尊重する立場にある」とのことである。

(2) 1回目の照会に対する法務省の回答によれば,日台複数籍者が外国籍を選択する場合の手続の一つである国籍法13条1項で定める日本国籍の離脱の届出については,「外国国籍を有することについて,当該外国政府の権限のある者が発行した証明書の提出を求めているところ,台湾当局発行の証明書はこれに当たらない」「当該取扱いは,子の出生地によって異なるものではない」とのことである。
(以下略)

日本弁護士連合会 人権擁護委員会
日台複数籍者の国籍選択に関する人権救済申立事件 調査報告書 p3
https://www.nichibenren.or.jp/library/pdf/document/complaint/2021/210924.pdf

※「日本人と台湾人との間に生まれた子どもの国籍を複数国籍として扱うか?
 単刀直入な、ズバリ核心に迫る質問ですね。そして、法務省民事局の回答が続きます。各箇所を筆者なりに要約してみます。

ある者が外国の国籍を保有しているかどうかは,当該外国政府が把握していることであり,他国の政府が独自に判断することはできない。この点からすると,日本以外のいかなる国の国籍を保有しているかは,当該外国政府の発行する証明書によって判断することとなる

ー>A. 日本政府としては、ある人の外国籍保有を勝手に判断できないので「その外国政府の発行する証明書」で判断する。

ここでいう外国とは,国際法上,ある地域が国として承認されていること又はその地域がある国に属していることを承認されていることを要し,かつ,日本が独立国として承認する国家であることを要する

ー>B.  (外国の定義)ここでいう「外国」には「台湾」は入らない。

1972年の日中共同声明により,我が国は,台湾を中華人民共和国の領土の不可分の一部であるとする中華人民共和国政府の立場を尊重する立場にある

ー>C.  台湾を中華人民共和国の領土の一部とする中国政府の立場を尊重。

ここまでの3つが、先の質問、「日本人と台湾人との間に生まれた子どもの国籍を複数国籍として扱うか?」の直接の回答部分ですね。そして、補足的に次の項で

外国国籍を有することについて,当該外国政府の権限のある者が発行した証明書の提出を求めているところ,台湾当局発行の証明書はこれに当たらない

ー>D.  台湾当局発行の証明書は、「外国国籍を有することの証明書」にはあたらない。

とのダメ押しの説明があります。

 さすがに日弁連の弁護士先生方が相手となると、法務省も「電話では回答できない」とか「(台湾について)個別事案だから回答できない」というような「謎ルール」は封印したようですね。

A. 日本政府としては、ある人の外国籍保有を勝手に判断できないので「その外国政府の発行する証明書」で判断する。
B. (外国の定義)ここでいう「外国」には「台湾」は入らない。
C.  台湾を中華人民共和国の領土の一部とする中国政府の立場を尊重。
(そして補足で)
D.  台湾当局発行の証明書は、「外国国籍を有することの証明書」にはあたらない。

 2016年法務大臣発言「台湾出身の重国籍者に義務がある」との内容と、つじつまをあわせなければならない立場で、「台湾出身の重国籍者」の実在、つまり「日本側として日台複数籍者を、法上の重国籍と扱う場合があり得ること」の「理由付け」のために優秀な法務官僚の方たちがひねり出した、理屈のすべてがここにあるわけです。

 いかがですか、読者の皆さんは、ご自身でこの「理屈」を読んで、納得できましたか?

情報公開の答申書との比較

 「答申書で得られた収穫」のところで確認した内容と比較してみます。A,B,Dは答申書でもほぼ同内容が書かれていました。
 これに対し、今回初めて登場したのが「C.」です。答申書の時は「これを出すと、うるさくなる」とでも懸念したのでしょうか?
 でも、「C.」 が明記されたことで、ようやく、日台複数籍者が「複数『国』籍者」としてあつかわれる可能性について理屈がつながりました。

民事局回答についての筆者の理解

 民事局の回答をなぞれば、そもそも、「台湾」「台湾当局」それ自体について「外国」「外国政府」として扱っているわけではない。
 しかし、「中華人民共和国」政府の立場を尊重して、「日台複数籍」の当事者が「自分は『中国』国籍を持っている」のだと、自ら申し出る(届出書に書く)のであれば、
 1.「外国側の証明書」が必要ない手続きでは申し出の通り扱う。
 つまり「国籍選択届(日本国籍の選択)」ならば、受け付けられる。
 2.「外国側の証明書」が必要となる手続きでは、「台湾当局の発行の証明書」を出されても受け付けない。
 つまり、「国籍離脱届」(台湾籍の選択)や「外国国籍喪失届」(日本国籍の選択の、もう一つのやり方)は受け付けられない。
 同じ「国籍選択手続き」の選択肢の中で、受け付けられる場合と受け付けられない場合が出てくるのはこういう理屈なんだと解釈しました。

 突飛な話だと思われるでしょうか? それでは、1.について、民事局回答の補足部分を見てください。筆者の解釈を裏付ける内容になっていると思います。

(7) 1回目の照会に対する法務省の回答によれば,日本国籍を選択する場合の手続の一つである国籍法14条2項の「日本の国籍を選択し,かつ,外国の国籍を放棄する旨の宣言」(以下「日本国籍の選択宣言」という。)をする時には,「外国国籍をも有すると称する日本国民から戸籍法104条の2(注:日本国籍の選択宣言)の届出があった場合,明らかに外国の国籍を有していないと認められるときを除き,受理している」とのことである。
(8) 2回目の照会に対する法務省の回答によれば,戸籍法104条の2(注:日本国籍の選択宣言)の届出に際しては,「外国の国籍を証する書面の添付は要さず」,外国の国籍については,「届書への記載による申告で足りる」とのことである。

日本弁護士連合会 人権擁護委員会
日台複数籍者の国籍選択に関する人権救済申立事件 調査報告書 p4
https://www.nichibenren.or.jp/library/pdf/document/complaint/2021/210924.pdf

 「外国国籍をも有すると称する日本国民から日本国籍の選択宣言の届けがあった場合、受理している。・・と書いています。そして、証明書はいらない、自己申告でよいとのことです。
 「称する」です。「重国籍」の立証が、いつの間にか当事者側に転嫁されているのがわかります。民事局はその人が自分で「外国籍(中国籍)を持っている」と言っているんだから、そのように扱った(受理した)だけだ。そう、うそぶいているだけではないでしょうか。

◎結局のところ、そもそも、この民事局回答は、「日台複数籍の立場の人が、一律に国籍法上の重国籍者にあたる」ということの、立証には全くなっていません
◎本人の外国籍保有を証明書で確認する必要がない手続き(国籍選択宣言)なら、(明らかに外国の国籍を有していないと認められるときを除き)受理しますよ、と言っているだけの話ですね。

 「あの政治家」が、日本国籍選択届を出した際、「受理された」という事実をもって、「やはり義務対象の重国籍者だったのに義務を果たしていなかったのだ」などと受け止められたわけですけれど、そういう一般社会での「思い込み」と、法務省民事局のこの度の説明との間にはこれほどの乖離があった。ということに改めて驚かされました。

日弁連人権擁護委員会の判断

それでは、日弁連の先生方がこの部分をどう判断したか、それを見てみましょう。

第6 当委員会の判断
1 日台複数籍者は国籍法14条に基づく選択義務を負わないと解すべきであること
(1) 日本政府の立場としては,日台複数籍者は「外国の国籍を有する日本国民」には該当しないはずであること
ア まず,国籍法14条1項は,「外国の国籍を有する日本国民」に対して,一定の期間内に,日本国籍か外国国籍かのいずれか一方の国籍の選択を求める制度である。したがって,そのための四つのいずれかの方法(上記①②③④)を採る前提としては,「外国の国籍を有する国民」であること,すなわち,複数の国籍を有する者であることが前提となる。
イ この点,上記第4・2の法務省の照会回答の内容を踏まえると,法務省は,外国政府の発行する証明書の有無によって,その者の外国籍の有無を判断することとしている。
ウ また,法務省は,外国とは,日本が独立国として承認する国家であることを要し,日本政府は,台湾を中華人民共和国の領土の不可分の一部であるとする中華人民共和国政府の立場を尊重しているため,日本の国籍法上の「外国」に,台湾は含まれず,日台複数籍者は,日本と台湾の国籍を有する複数国籍者としては認識されない。そして,日台複数籍者のうち,中華人民共和国政府発行の中国国籍を証明する文書を所持していない者については,承認国家の発行する証明書が確認できないため,中華人民共和国国籍を有する者としても認められない。したがって,かかる者は,日本の国籍法の観点からは日本国籍の単一国籍者として認識されてしかるべきものとなる。
エ 以上からすると,日本政府の立場としては,日台複数籍者であり,中華人民共和国政府発行の国籍証明書を所持しない者は,「外国の国籍を有する日本国民」として認識,把握することが認められないはずであるから,国籍法14条1項の国籍選択義務は課されないはずである。
(以下略)

日本弁護士連合会 人権擁護委員会
日台複数籍者の国籍選択に関する人権救済申立事件 調査報告書 p7-8
https://www.nichibenren.or.jp/library/pdf/document/complaint/2021/210924.pdf

なるほど、余計なことは書かず、要点を明確に書いて、立証していらっしゃる。流石だなと思いました。筆者としては自分で行った検証作業と照らしあわせ、疑問は生じませんでした。
 皆さんはどう読み解きましたか?

ジャーナリスト野嶋剛先生の言葉

 日弁連勧告が公開されたのち、この問題について、ジャーナリストの立場から発言をしてくださったのが野嶋剛先生です。2021年末現在までで、「著名なジャーナリスト」のうち、今回の日弁連勧告に言及してくださったのは筆者が確認できた限りでは、野嶋先生だけです。
 その、2021年12月4日オンラインイベント「あれから5年、国籍を巡る状況は今ー日弁連勧告を機にー」(主催:日台重籍問題を考える会 後援:AMF2020)で、先生にお話しいただいた部分の書き起こしが、ご本人の了解のもと、AMF2020のノートで公開されています。ぜひこちらもご覧になってください。

あとがき:「保守層」にこそ理解してほしい

 従来より、「台湾関係者」の立場については、いわゆる「保守層」と言われている方のほうが、理解があったという印象を筆者は持っています。
 たとえば、在日台湾人の外国人登録証の国籍欄が「中国」と記載されてきた問題。2012年に在留カードの制度に切り替わる際、従来の「国籍」欄を「国籍・地域」欄と変更し「台湾」との記載が可能になるよう改善に尽力してくださったのは保守系政治家の方々だったと伺っています。東京オリンピックで「台湾」の名称での大会参加を応援してくださったのもそうでした。

 日台複数籍者の「国籍選択手続き」は
・「あの野党政治家」にからめて話が取り上げられたこと。
・「『日本』と『台湾』の間」での国籍選択ができるものだと一般に信じられてしまったこと。
などからくる「誤解」が積み重なっています。そして、残念ながら本来理解していただけただろうはずの「保守層」の方にも、大きく誤解されたままであるように思います。

 「あの政治家」のことは横において、虚心坦懐に、今回の法務省民事局から示された回答をもう一度読んでみてください。決して「台湾が国に準じて扱われている」などと解釈できるものではありません。国籍選択も、「日本」と「台湾」のどちらかを選ぶという意味合いのものではないことがわかります。
 日本国籍の選択宣言に誘導された当事者は自分のアイデンティティの一部であった台湾の籍のことを自らの手で「中国」と書かされ、いわば最後に踏み絵を踏まされたうえで放棄させられるのです。そしてその扱いは、「中国政府の台湾への立場を尊重する」という日本側の姿勢に基づくものです。
 ここをご理解いただければ、「日台複数籍者に国籍選択を求めてはならない」という日弁連の勧告内容について、むしろ保守層の方にこそ、より一層共感してもらえるのではないかと筆者は期待しています。

 なお、法務省に「騙されている」などと言うつもりはありません。筆者としては、法務省の非常に難しい立場もよくわかります。
「台湾を中華人民共和国の領土の一部とする中国政府の立場を尊重する。」という日本政府の立場、これは致し方ありません。
・日本政府の立場では、もし、「日台複数籍」の立場にある人が自ら「自分は『中国籍』を持っているので日本国籍の選択宣言をしたい」と積極的に「希望」してきたら、それは「尊重」せざるを得ない。「不受理」にはできない。選択宣言については、外国側の証明書添付を求めていませんから拒否する根拠がないわけですね。
 「やれば、受け付けられ、手続きできてしまう。」
 これが誤解の元だった。やればできる手続きをやらなかったので義務違反だと、手続きについて一般に大きな誤解を生んでしまった。
 同じ「選択肢」の中でも「国籍離脱届」のように、「外国側の籍の証明」を必要とする手続きの場合になら『台湾当局発行の証明では外国籍の証明と扱っていません』という理由で不受理になるのに、です。
 長年、微妙なバランスでうまく回っていた取り扱いが、「あの政治家」の国籍騒動で全部壊されてしまった。誤解がどんどん広がった。これは、法務省側にとってもアクシデントだったのではないでしょうか。

 ここからは、筆者の根拠なき推測です。
日本人と台湾人との間に生まれた子どもの国籍を複数国籍として扱うか?」という問いに対し、法務省民事局が、筆者のような素人目から見てもまったく説明になっていないような説明回答を出してきたのはどういうことなのだろうか? 不思議で仕方ありませんでした。
 そして、こう思ったのです。
「中国側との関係で、法務省としては立場上、公式には言えないけれど、ここに示した内容から『日台間では選択義務対象にはならない』ことを読み取ってくれ!」というメッセージが込められているのではないか。
 それを受け、日弁連が出した勧告書では、日弁連があたかも法務省側を、理路整然とやり込めたかのようですが、実はそれも法務省側が「十分意図した上での」ものだったのではないかと、そんな風にも思えるのです。

以上

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