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【掌編小説】 サムハラ神社|御朱印GIRLS


※『サムハラ神社』を読んでいただくにあたり※
参拝に伺ったとき、
指輪守りは授与されていましたので、
授与されていた当時の話に終始しております。
ご理解のほど、よろしくお願いいたします。


 スマホを覗く。 お昼も間近。いつの間にかサイレントにしてしまっていたスマホが、光っていた。

「なに?」

 不機嫌に近い声音にも、

《あ、ごめん。起こした?》

 結子が動揺した様子はない。「ごめんなさい、時間を改めて電話します」なんて言って電話が切れていた、ただの職場の同僚だった頃が懐かしい。

「どしたの?」

 私は上体を起こしながら、話を促した。目蓋は今にも閉じそうだが、電話口の結子に気づかれることはない。

《急なんだけどさ、今日、サムハラ神社に行かない?》

 聞いたことのない神社の名前よりも、今日という言葉が引っ掛かった。
 友達になってからの結子の急な呼び出しは、ごく稀にあった。そのどれもが、4時間後とか5時間後とかではなく、今すぐ集まろうという、字面通りの急な呼び出しだった。
 頭を抱える。私はまだパジャマを着ていて、髪もボサボサだ。

「マジで?」
《マジで》

 寝起きだと言えば良かったと後悔がよぎったが、きっと結子は構わず同じ言葉を口にしただろう。それでも3時間後には行くよと反抗してみようか、と悩んでるうちに、

《じゃあ、本町で待ってるから》

 と、一方的に電話は切れた。
 仕方なく、出掛ける準備を始める。

 本町で落ち合ったのは、電話で話してから2時間後だった。急いだ結果の2時間に結子が怒ることはなかった。開口一番に謝ったことや、急いだと言い訳したことが結子の怒りを納めたのではない。そもそも結子は怒ってないし、怒る道理もない。というか、結子に怒るという選択肢はないだろう。結子の手をふさぐ重そうな袋が、待ち時間が有意義に使われたことを示していた。
 結子は暇潰しの達人だ。例え待ち時間が短くとも、長くとも、何かしらの用事を見つけてはこなしている。仕事でもそうだったが、結子は時間をもて余したりはしない。だからだろうか、自分勝手な呼び出しにあったとしても、こうやって友人関係が続いているのは。
 地下鉄の中央線本町駅。私はあまり来たことはないが、本町はビジネス街だと聞いたことがある。駅からでることなく乗り換えるので、それが事実なのか確かめることはできなかったが。次の電車が来るまで5分もない。なかなかいい時間に来たと、口に出さずに自分を誉めた。

「サムハラ神社って?」

 結子に投げかける。

「別名、弾除け神社」

 答えながら結子は、どこかのアクセサリーショップの小さな紙袋を本屋の手提げ袋にまとめた。頭の中でビジネス街という言葉がよぎったが、この際どうでもいいか。

「なんだっけな。厄除け? のご利益がすごいんだって。で、弾除け神社とも呼ばれてて、神社の横に警察の、えっと、射撃訓練所? が、あるらしいよ」
「何情報?」
「ブログだよ、 誰かの」

 結子から疑問符を交えた説明を受けることは頻繁にあり、そんなときの話の信憑性は50%ほどだ。口にされるのはどこかで読んだ記事のうろ覚えが大半で、大部分では合っていても細かい部分が間違っていることが多い。
 私は適当に相づちを打ちながら、電車に乗り込んだ。平日のお昼過ぎという微妙な時間にしては、人が多い気がした。
 本町から一駅行った阿波座という駅で下車するので、入り口の横に立つことにする。案外すぐに着き、結子の案内のもとサムハラ神社に向かった。駅から5分ほど歩いたところで、パトカーが駐車してある建物が目についた。結子のいうところの、射撃訓練所だろう。そして結子の説明の通り、その真横にサムハラ神社と書かれた大きな白い看板が見えた。

「なんか、意外に小さいね」

 行きたいと言ったわりに感動の薄い結子に同意しかねていると、結子に置いていかれた。あとを追うように一礼をして鳥居をくぐる。
 八坂神社や清水寺のような広さはなく、それこそ観光客が押し寄せてきたら満員電車のようにぎゅうぎゅう詰めになって参拝ができなくなってしまうほどの広さだ。
 手水舎の方を見ると、結子がこちらを振り向き待っていた。

「霊感ある人はビジバシ何か感じるらしいんだけど。いやー、私たち霊感ないんだね」

 どうやら、私の反応を伺っていたらしい。まさか霊感があると疑われていたなんて。幽霊が見える系の話は一切したことがないのに。私は何を期待されていたのだろうか。

「それは、今さらなんじゃない?」
「そっか」

 手水舎で手を清め、口を清め、ちょっと動揺した心を落ち着かせる。そして無言のまま、本殿に参拝した。
 結子は喋ることで身が汚れるとでも思っているのか、いつも手水舎から参拝までの間は無言を貫いていた。参拝が終われば、いつもの朗らかな結子だ。
 ただ今回に限っては、社務所近くにある張り紙に釘付けだが。

「何? コレが欲しかったの?」

 張り紙には"指輪形肌守の入荷は来月中頃になります"みたいなことが書かれていた。
指輪形肌守がどんなものなのか、ついてきただけの私には分からないが、結子の呼び出しの理由が指輪形肌守であることは分かった。

「うーん、いや、あればいいなーって思ってたんだけどね。やっぱ、なかったね」

 残念そうに眉を八の字に曲げ、振り返る。しかし次の瞬間には「じゃ、行こっか」なんて笑顔で、社務所に入っていった。またも慌てて、私は後を追った。

「御朱印お願いします」

 社務所には三人の宮司さんがいて、その内の一人が立ち上がり私たちの前まできてくれた。
 社務所内はまるでどこかのオフィスの受付のような装いで、脇におかれたショーケースに並ぶお守りや、隅に寄せられた古札納所が、ここが社務所であることを教えてくれた。御朱印帳をそれぞれ渡したあと、隣にあった休憩所にはいかずに、その場で待つことにした。社務所には宮司さんの他、私たち2人しかいなかった。
 お守りを眺めながら待つ間、電話がなった。

「指輪守はただ今ありません。御朱印ですか? 御朱印は郵送しておりません」

 と、宮司さんが答える声が響いた。私たちは顔を見合わせ、苦笑した。
 御朱印は参拝してはじめて授けていただけるもの。その証に奉拝という文字が書かれている。と、私は認識している。元々は納経をした証だったとかなんとか、結子に聞いた気がしないでもない。
 私たちは御朱印帳を受けとると、それぞれ三百円を渡して外に出た。

「お守りって郵送してもらえるの?」
「らしいよ」
「郵送、してもらえば?」

 ダメもとで聞いてみる。郵送ですむのなら、それにこしたことはない。わざわざ来て空振りするよりは、マシな気がする。というのは、さっきの電話の主の言い分と同じか。

「それはいいや」

 結子は、即答だった。彼女のことだ。郵送で構わないのなら、はじめからそうしていただろう。分かっていたが、突然呼び出される事を思うと聞かずにはいられなかった。
 きっと急な呼び出しは、指輪守りを手にいれるまで続くだろうから。
 結子は御朱印をしばし眺めたあと、晴れやかな顔をして、鳥居に向かった。

「スケジュール、確認しなくて良いの?」
「なんで?」

 鳥居を越える寸前で呼び止める。

「欲しいんじゃないの? お守り」

 せめて急な呼び出しは減らしたい。その思いもあって、聞いてみる。いつ頃入荷するのか確認をすれば、予定がたてられて、急な呼び出しがなくなる。そんな私の不安をよそに、結子は微笑んでいた。

「欲しいけど、力強くではいいや。縁がある人の元へいくって言うし。今の私には必要ないんだと思う」

 晴れ渡る空が手助けしたのか、そう口にする結子はとても爽やかだった。その潔さに、呆気にとられる。

「よし! 帰ろう!」

 結子は意気込んで、鳥居を越える。くるっと振り返り、一礼。私は三度、結子の後を追うことになった。どれたけ急いでいても、拝殿へ一礼することを忘れてはいけない。

「帰る前にランチ行かない?」

 追いついて、提案してみる。結子は笑顔で賛同してくれた。


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