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【掌編小説】壬生寺|御朱印GIRLS

 大宮駅から、歩いて20分。

「歩いて10分て書いてある」
「……迷ったね」

 事前に調べた地図を見、顔をあげる。
 ちょっと先にある高架を電車が通過した。


「でも近くない?きっとこの高架はコレのことだろうし」
「さっき人が並んでる店があったよねー。何の店だった?」
「鮮やかな壁だったよねー。何のお店かわかんないけど、飲食店じゃない? 並んでるのOLさんとかサラリーマンぽかったね」

 地図で一生懸命、現在地を推測していた友達――真歩が、私の顔を見た。

「まさか、お腹減ったの?」
「お昼だからねー」

 考えることを放棄した私にため息をつくと、真歩は地図をしまった。

「多分、道一本間違えただけだから、すぐ着くよ! お昼はそのあと!」

 地図の代わりに私の腕を掴んで、真歩は歩きだす。引きずられるようにして入った小道は、部外者の立ち入りが許されないような住宅街だった。
 少しの戸惑いを感じていると、すぐにどんつきに行き当たった。
 左にあるはずがないと少し迷って、右に行くことに決める。通りすがりの自転車に乗ったおじさんが、不思議そうに私たちを眺めていた。
 少し歩くと長く続く漆喰の壁を見つけた。

「ぽいね」
「ぽいぽい!」

 二人して歩調を早めて、細道を行く。
 少しずつ空気が変わっていってる気がして、気持ちが高ぶった。

「ここだよ!」

 頬をピンクにして、真歩は振り返る。その背後には少し高めのいじらしい門があった。
 真歩はさらに強引に私の手をひくと、息巻いて中へ入ろうとする。
 私は慌てて踏ん張ると、真歩の腕をつかんだ。

「待て!せっかくだから正門から入ろう!」

 目を丸くして私を見つめる真歩に、視線で後ろを見るよう促す。
 中を覗けば、ここがお寺の正面でないことは明白だった。

「そうだね」

 我に返った真歩は私の手を離すと、さらに先に続く一本道を指差して、こっちかと訪ねてきた。頷きとも捻りともとれない動きで返事をすると、分かったと言って進みだす。私はそれについていった。
 少し歩くと、またどんつきに行き当たり、私たちは漆喰の壁に従って角を曲がる。するとすぐに壁は途切れ、視界が広がった。
 荘厳な門を見上げる。
 そこには壬生地蔵尊と書かれていた。

◇◆◇◆◇


 本堂に行くまでの道のりには、弁天堂や阿弥陀堂があり、それぞれに心奪われては、まずは本堂! と心を律し、私たちは一直線に進んだ。不思議なことに、お腹の減りはもう感じられなかった。
 本道の前に立ち、見上げる。感嘆の息がこぼれた。
 この日のために貯めておいた5円玉を取り出して、1枚、賽銭箱に滑り込ませる。お寺だから2拍手はいらないと、頭のなかで確認して2礼した。鐘を鳴らし、手を合わせ、お礼を述べる。
  いつも見守ってくださりありがとうございます。
 神様仏様にはお礼を述べに行くのだと、知り合いのおばちゃんが言っていた。それに習ったかたちだ。1礼をして顔をあげると、真歩も参拝を終えたところだった。

「次、どうしようか」

  なんて言いながら、来た道を戻る。

「水掛地蔵もあるよ」
「ほんとだ」

  一番に辿り着いたお堂に足を止め、順番に行こうかと笑い合う。
 そしてお地蔵さんの前で、二人して動きが止まった。

「水掛地蔵って初めて?」
「そーだねー。初めてだよねー」

  お地蔵さんを見つめながら、水音に身を委ねる。
  その名前からして、お地蔵さんに水をかけることは間違いないだろう。しかし、なにがどう正しいのか分からない。

「水をかけるってなんだか罰当たりな気がするよね」
「良いイメージないもんね」
「距離、近いよね」
「当たったら痛そうだね」

  辺りをうろうろ見渡していると真歩がなにか閃いたような顔をして、建物の外へと走り出した。そのあとをついて行く。
 そこには時代劇でよく目にする木の看板があった。

「参拝方法、書いてるかと思ったけど、書いてなかったねー」

  残念そうに肩を落とす真歩は、じっと看板の字を眺めていた。

「水をかけてお願い事をすると、1つ願いを叶えてくれるって」
「1つかー。何にしようかなー」
「いや、なんかもう浮かばなくなるよね。ありすぎて」

 今度は別の悩みに頭を抱え込んだ。

「1つ願って1つ叶えてくれるんじゃなくて、何個かお願いした内の1つを叶えてくれるなら悩まなくてすむのに」

  真歩は歯軋りするほどに、思い悩んでいた。

「どれだけあるのよ、願い事」
「いや、絞れないでしょ! 1つになんて」

  確かに、願い事は尽きない。それを1つに絞れなんて、優しいとは言えない。 けれど、そこはもしかすると最初の試練かもしれないと思ったりもする。本心では、真歩の意見に大賛成なのだけれど。

「1つに絞ることに意味があるんだよ、きっと」
「なんか、悟りの境地に行きそうだね。その考え」

 悟りの境地。そんなつもりもなかったから、思わず苦笑してしまう。
 よりいっそう落胆する真歩は、勢いよく顔をあげて

「やめよう! とりあえず、参拝しよう!」

  声を張り上げた。
 思わず辺りを見渡して、他の参拝客がいないことに胸を撫で下ろした。そして、私も同じくらいのテンションで

「調べよう!」

  と返す。
 二人してスマホを覗き込むと、さっきの騒がしさとは裏腹に静まり返った。境内の静けさが染み渡る。その静けさに気づいて感慨深くなっていると

「なんか、他の神社のサイトなんだけど、ほんとに掛けてるよ」

  真歩が何かを見つけたらしい。画面が私の目に触れるよう、真歩はスマホを傾けた。 そこには確かに、柄杓で水をすくい仏像に掛けている写真が載っていた。それも、柔らかくはない手つきで。

「これは掛けてると言うより打ち付けてるよね」
「というか、ぶっかけてる」

  人に行えばクレームものだってくらいの水の量で、仏像に水を掛けている。私たちは顔を付き合わせて、逡巡した。

「いやいや! 神社それぞれに習わしがあるはずだよ!」
「とりあえずここは、丁寧に掛けておこう! 手、届きそうだしね」

  私たちは再度、建物の中に入る。お財布から5円玉をとりだして、賽銭箱に滑り込ませた。
  手を合わせて、ふと気づく。

「願い事、決めた?」
「決めてない」

 まるで、お地蔵様になった気持ちで目を閉じた。

◇◆◇◆◇


「社務所、どこだろう」

 水掛地蔵尊をあとにして、道を囲む建物群に目を向ける。人気がないというと聞こえが悪いかもしれないが、それだけの静けさに包まれている。境内を見渡すと、本堂に人影が見えるのだが、聞きに行くにしても距離があり過ぎた。途方にくれていると、服を引っ張られた。

「見て見て! 新撰組のお墓だって!」

 壬生寺と書かれた提灯がぶら下げられた建物を指差して、真歩がはしゃいだ。真歩が歴史に興味のあるタイプではなかったと思うが、どうも違ったらしい。引きずられていくなかで新撰組の墓という言葉を目にして、やっと真歩と足並みを揃えることができた。歴史に興味はなくても、歴史上の人物の軌跡を目の当たりにできることが胸を踊らせた。あ、真歩も同じだ。と気づいた。
 建物にまっすぐに入っていくと、小さな庭に出た。

「あ、近藤さん」
「え? そうなの」
「あれ? 違ったっけ? テレビで見ただけだからなー」

 飛び石を進んで石像に近づくと、近藤勇と書かれていた。意外に厳つい顔だねなんて言いながら、銅像の前に二人で並んだ。大使の墓地を順に回って、看板の前に並ぶ。眺めているだけの私と違って、真歩は読み込んでいた。つま先立ちしたり、踵でたったりして、真歩を待つ。真歩がこんなに新撰組に興味があるとは思わなかった。
 私たちの後ろを少年が一人、行ったり来たりをしている。たまにこちらを見ながら、建物に入ったり石像のところに行ったり。目が合って笑う。少年は笑ってくれなかった。
 真歩が読み終わったようで一歩後ろに下がったので、後ろをついていくかたちで建物の中に戻った。

「下にも何かあるみたいだねー」
「行ってみる?」

 地下に続く階段に二の足を踏んでいると、女性の二人組が入ってきた。どうやら親子らしい女性二人が、庭に続く入り口で立ち止まる。さっきまで人が居なかった売店に、人がいることに気づいた。

「どちらですか?」

 やり取りをしている二人組の背中から、視線を上に向ける。書かれてある文字に息を飲んで、真歩と顔を見合わせた。

「ねぇ、お金、払うんじゃない?」

 真歩の言葉に空笑いを返しながら、女性二人の後ろに並ぶ。

「すみません」

 謝りながら、壬生塚と資料室の料金を払う。壬生塚はさっきお邪魔したので、地下にある資料室に向かった。地下は冷気と静けさに包まれていた。
 壁際に置かれていた展示ケースの中には狂言の資料や仮面が飾られている。観音像もある。

「狂言って、見たことある?」
「テレビとかで? いや、ないかな。何となく知ってるけど」

 真歩はいつから知識人になったのか。私のはるか後方を歩く真歩は食い入るように資料を見ていた。私は流し見同然だ。それでも資料室には底知れない感動が溢れていて、ちょっと触れただけの私にもその感動を味合わせてくれた。
 真歩が満足するのを待って、一階に上がる。受付の人と目があって、なんとなく壬生塚に向かった。石像の前まで行って、さっき見落としていた壁際のテーブルに向かった。

「スタンプあるよ!」
「捺そう! 捺そう!」

 某アニメの記念スタンプを見つけて、台紙に捺した。好きなキャラでもなかったが、居合わせた偶然にはしゃぐ。
 台紙を鞄に直すと建物内の阿弥陀如来像を参拝して、さっきまで無人だった売店に寄った。

「あった!御朱印!!」
「新撰組のだ!!」

 そこにあったのは、青色の御朱印帳だ。さすが新撰組ゆかりの地。御朱印帳には誠の字が刺繍されている。

「あれ?探してるのないね」

 私が目的としている、壬生寺限定の御朱印帳は見当たらない。

「社務所じゃないと、ないのかな?」
「探そうか」

 売店のお姉さんに一礼して外に出ると、私たちは周囲の建物に寄りながら門まで戻った。道中に、社務所はなかった。

「あ、地図あったよ!」

 どうしようか困り果てて本堂を眺めていた私の後ろで、真歩が叫ぶ。境内図を見つけたようだ。

「本道の横だって」

 近づくと真歩はすでに目的の場所を見つけていて、私に笑いかけた。
 本堂への道をもう一度進みながら、自分たちの散漫さに笑い、社務所ではなく寺務所にたどり着く。まさか本堂横にも張り紙があったなんて。笑いは止まらない。
 まるで一軒家の装いの寺務所に戸惑いながら、中に入る。玄関の前まで来てお守りや御朱印張を置いている小窓を見つけた。
 でも、誰も居ない。

「すいません」
「押すんじゃない?」
「あ、ほんとだ」

 小窓横にピンポンを見つけて、押す。音は私たちにも聞こえた。少しして、女性が来てくれた。

「限定の御朱印張ください」

 御朱印もお願いすると女性は中へ戻っていった。次に女性が現れたとき、その手には、当たり前だが、御朱印帳が握られていた。
 お金を払い、御朱印帳を受け取る。手にした瞬間、これまでにない興奮に包まれた。お礼を残して寺務所をあとにする。御朱印帳を胸に抱える私に、真歩は苦笑していた。

「お昼時だったね」

 いつの間に時計を確認したのか。脳裏を昼時は避けること!というどこかのホームページの文面が過った。

「だね」

 興奮が反省に変わって、舞い上がっていた自分にチクリと刺さった。

「お昼時にすいませんって、言えば良かったね」
「そだね。次は気を付けよう」

 本堂を背に門に向かう。反省は勿論しているが、興奮を忘れたくない。私は手にした御朱印帳を、空に掲げた。

「お昼時かー! なんかまたお腹減ってきた!」
「さっき鳴ってたもんね」
「うそ! 聞こえてた!?」
「聞こえるよー、静かだったもん」

 騒がしさを取り戻して、私たちはどこかに寄ろうと話し合う。お昼も大事だけれど、それよりも御朱印帳をじっくり眺めたかった。地蔵菩薩にあやかしに。あ、小さく新撰組も見える。そんな特別な御朱印帳を眺めたかった。そして、御朱印も。
 それに、次の計画を立てたい。
 そのときは、絶対昼時は避けよう! と腹の虫に誓う。

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