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旅の終わりに 第1話

 俺は未だ正規社員じゃないし、正規社員というものに憧れもない。また、そうなるべきだという気持ちもない。適当に貯金が貯まったら、旅に出るのが、俺の生き方だ。

 旅の足はくるまだったり、バイクだったり、電車だったり、いろいろだ。海外への旅にも目が行くが、自由が効く国内がいい。最悪、お金が続かなくなったら、その土地でアルバイトすればいい。

 俺はそんな生き方が気に入っている。だから、30過ぎても一人身だ。俺んちは、安いボロアパートの1DKで、家賃3万円。ボロいけど、風呂もトイレもついている。

 今は貯金充填中なので、働いている。どんな仕事かって?学生時代にやっていたプログラム開発が役に立っている。そう、パソコンに向かって、シコシコとプログラムを書いている。そんな仕事でも、なかなかいい報酬がもらえるので、案外、貯金はうまくたまっていく。一応、約束の半年間はじっと我慢して、黙々とパソコンとにらめっこだ。

 俺、青島 渉(あおしま わたる)、32歳。

「青島クン、作業は予定通りかな?」
「あ、はい、一応スケジュール通り進めてます。」
「青島クンは、ホント、遅れたことないよね。」
「はあ。」
「ほめてんのよ。」
この人、俺に指示命令する木島朱里さん。

「ありがとうございます。」
「青島クンは、今月末までだったわよね。」
「はい。」
「もっと、延長してもらえないかしら。」
「それは、会社の方に言って下さい。」
本当は今月末で終わりにしたいんだけどね。

「分かるけど、本人の意思を確認しておきたくって。」
「それなら、予定があるので、延長なしでお願いします。」
「そうなんだ。仕方ないわね。」
「仕事順調なら、一度、食事いかない?」
まいったな。あまり、お金使いたくないんだけど。

「あまり、いい顔してないわね。じゃ、私のおごりで。」
「そんなわけには、いきませんよ。」
「いいじゃない。行きましょう。」
この人、強引だな。

「わかりました。」
「じゃ、今日の仕事の後、赤レンガで待っているね。」
「はい、わかりました。」
まあ、おごりなら、晩飯代浮くし、いいか。

 定時後、俺は今日の予定をクリアしたんで、木島さんの待つ赤レンガへ向かった。まあ、数人いればいいのだが、ふたりだけは苦手だな。

「あ、青島クン。」
「お疲れ様です。」
「青島クンは嫌いなものある?」
「特にはないです。」
「じゃあ、私の好みでいくわよ。」
「はい。」
やっぱり、二人だけみたい。俺は木島さんに、シャレたイタリアンにつれて行かれた。まあ、これなら俺も好きな方だからいいとするか。

「このお店はね、私のお気に入りのひとつなの。」
「なかなかいい感じですね。」
「でしょう。料理は私のお任せでいいわよね。」
そりゃ、おごりなんで、文句は言えないぜ。
「いいですよ。お任せします。」
「オーケー」
なにやらコースを選択したみたいだ。

「さあ、ワインで乾杯しよっ。」
「はい。」
「でも、今月末なんて淋しくなるわ。」
「予定が終わったら、また、お願いします。」
「ね、ね、その予定ってなんなの?」
「旅です。」
「旅行いくの?誰と?」
「いえ、一人旅です。」
「カッコいいね。」
「そんなカッコいいもんじゃないです。」
「誰かと行くなんてことはないの?」
「いつも一人です。」
「ふ~ん。そっか。」
「はい。」
「いつまで行ってるの?」
「お金が尽きたら、帰ってきます。」
「いいなぁ、そんな旅、私もしてみたいわ。」

 俺は、順番に運ばれてくる料理を、ゆっくり堪能して頂いた。
「ね、ね、次も付き合ってよね。」
はぁ~、この次もあるのかよ。まあ、仕方ないか。

「わかりました。」
「青島クン、ふたりなんだし、タメ語でいいわよ。」
「いえ、この方が自分に合ってますので。」
「そうなの?なんか、他人行儀みたい。」

 俺たちは、またまたコジャレたスナックへ入った。
「お、木島さん、ひさしぶり。」
「マスター、彼氏連れてきたわ。」
ちょっ、ちょっ、俺、彼氏かよ。

「今日だけ、彼氏になって。」
困った。
「そんな。」
「いいでしょ。」
半ば強引に、彼氏ということになってしまった。今日だけだからね。

「初めてですね、ようやく、ゲットですか。」
「そうよ。やっとよ。」
「はぁ。」
ほんとうに困ったもんだ。

「青島クンは私のこと、どう思ってるの?」
って、そんなこと聞かれても。
「テキパキと仕事されているんで・・・」
「そうじゃなくって、好きなの?嫌いなの?」
困ったなぁ。

「まあ、いいっか。今日は彼氏ということだし。」
そういうと、俺の腕に絡みついてきた。まあ、仕方ないな。ふたりということは、こんなこともあると考えなかった俺も悪い。

「でも、木島さん、彼氏いないんですか?」
「だって、あなた一筋ですもの。」
ほんとかよ。
「なんで、俺なんですか?」
「ずっと、狙ってたのよ。」
まいったな。そういうことか。

「でも、俺なんて定職についてないし、適当な生き方してるし・・・」
「結婚するわけじゃないから、そんなのどうでもいいでしょ?」
そっか。確かにその通りだ。
「なるほど。」
「明日は休みなんだから、とことん付き合ってね。」
やっぱり、そうなるか。
「無理のない程度に。」
「うれしい。」

 木島さんのピッチはだいぶ早くなって、かなりベロベロになってしまった。よっぽど、俺といるのが嬉しかったらしい。だけど、帰りが大変だった。

 木島さんはまともに歩けない・・・くらい、飲んだようだ。俺は彼女の家も知らないから、送っていきようがない。困ったな。

「家、どこなんですか?送っていきますよ。」
「うれしい。送って。」
「だから、場所、教えて下さい。」
「内緒。」
それじゃ、送れないだろ。

「ねえ、おんぶして。」
かなわないなあ。俺は仕方なしに木島さんをおんぶして歩き出した。でも、どこなんだろう?タクシーも走ってないし、困ったな。
「家の場所、いい加減に教えて下さいよ。」
「よっ、ストーカー。」
「違いますって。」
「えっとね、私のスマホ、はい。」

 木島さんのカバンからスマホを探し出して見ると、特に暗証番号もなしに開いた。不用心だろ。アドレス帳から彼女の住所がわかった・・・えっ、この近くじゃん。俺はそのまま、地図情報を見ながら、彼女をおんぶして、彼女の家にたどりついた。

 なんか、2軒目からこうなるような気がしてた。とにかく、彼女のカバンから鍵を探して、玄関を開けて部屋に入った。
「さあ、つきましたよ。靴脱いで。」
だめだ、完全に正体なくしてる。

 俺は玄関で、靴を脱がし、抱き抱えて、奥へ入っていった。一人住まいみたいだけど、2LDKもある。ベットのある部屋にたどりついて、彼女をベッドに寝かした。
「じゃ、帰りますよ。」
「う~ん。だめ。」

 まあ、無視でいいだろ。そのまま、俺は帰ろうとしたら、いきなり後ろから抱きつかれた。ちゃんと、意識あるんじゃん。
「だめ、今日は帰らないで。」
「じゃ、コーヒーでも淹れて貰えます?」
「いいわよ。」

 ちょっと、俺も酔ってる。その前に水をもらった。結局、コーヒーを飲みながら、ちょっとおしゃべりして、彼女が望む通りの関係になってしまった。これは絶対に職権乱用のパワハラに、セクハラだ。

 それからというもの、木島さんからのお誘いは週1くらいあったけど、俺の仕事の期限がすぐにやってきて、それも終わりを迎えた。

 ようやく、木島さんの呪縛から逃れられた俺は、中古で仕入れたリッターカーに少しの荷物を積んで、旅にでかけたのだ。

 気分的に潮風だった俺は、海が見える景色を堪能したいがために、海岸線を走ることにした。窓を開けて走ると潮風が心地いい。気に入った砂浜でサンドイッチでも食べながら、のんびり過ごす。これがいいんだ。水平線と雲、波、風。俺はこんな景色を堪能して過ごした。

 夕方になって女の子に声を掛けられた。
「もしかして、旅のお方?」
なんで、わかる?
「だって、他府県ナンバー。」
俺の顔から聞きたいことを読み取って、答えてきやがった。
「そっか。」
「今日はどこか泊まるあて、あるの?」
「まだ、決めてないよ。」
「だったら、うちにおいでよ。」
どうやら、民宿みたいだった。
「案内してあげるから。」
そういうと、俺のくるまの助手席に乗ってきた。なんて、ずうずうしいんだ。でもまあ、いいか。俺は彼女の案内で、民宿へ行った。

「一泊、朝晩付きで8千円ね。」
まあ、手頃な感じだ。
「じゃ、お願いするよ。」
「ありがとうございます。」
そこだけ、丁寧かよ。まあいいか。彼女はこの民宿の従業員(かな?)の本村めぐみちゃん。まあ、俺から言わせると、”さん”より、”ちゃん”だね。

 俺は彼女に連れられて、部屋に案内された。なかなかいい感じじゃん。海も見えるし、潮風もいい。
「晩ご飯は6時からで、お風呂は12時まで自由にどうぞ。で、朝は7時からよ。」
「オーケー、了解。」

 夕方の海の景色はなかなかいい。結構、味わい深い感じだ。俺はどっぷり暮れるまで、景色を堪能してた。おっと、飯の時間を過ぎてしまった。大急ぎで、食堂に向かった。

「遅いじゃない。」
こいつ、お客に向かって。
「まだ、大丈夫でしょ?」
「大丈夫よ、今日はあなただけだもん。」
なんだ、そうか。
「じゃ、ゆっくり食事ができる。」
「はい、ごゆっくりどうぞ。」

 結構、おかずの種類が多い。それぞれ少しづつだが、こんなに種類があると、食べ切るかな。
「女性でも全部たいらげるよ。」
俺の心の声、聞いてるんか。
「わかった。」

 案外、食べるのは遅い方なんで、俺だけだから、周りに邪魔されずに、ゆっくり食べられるというものだ。だけど、この民宿、当たりかもな。こんなに飯がうまいとは。ラッキーだ。

「ごちそうさまでした。」
「あ、そのままでいいからね。」
まあ、普通そうだろう。俺は一旦部屋に戻った。

 窓を開けると、海の遠くに光が見える。たぶん、釣り舟があるのだろう。なんか、波の音と相まって幻想的でいい感じだ。こうなると、俺はそのまま結構な時間を過ごしてしまう。お蔭で、すっかりお風呂の時間を忘れるとこだった。なんとか、間に合うだろう。急いでお風呂に向かった。

 へぇ~、民宿なのに露天か。空には星もいくつか見える。いい感じじゃん。俺はここでまたのんびり広い湯船に浸かっていた。

「あれ、まだ入ってたの?」
その声に振り向くと、あの女の子が全裸で立っていた。
「まあ、気にしないでいいよ。混浴だしね。」
そうなんか、ドキッとするじゃん。初めに言っとけよ。

「旅はどのくらいの日程なん?」
相変わらず、タメ口だな。彼女はそのまま、湯船に入ってきた。まあ、10人以上は余裕で入れる湯船だから結構広々している。
「気が向いたら、何日でも。」
「へえ、いいなあ。」
「この民宿、家族でやってるの?」
「そうね。でも、今日みたいに人が少ないと私だけだけどね。」
「そうなんだ。大変だね。」
 てか、あの晩飯もこの子が作ったんか?すごい腕前。びっくりだ。
「でも、ないよ。案外、気楽。ところで、お客さん、いくつ?」
いくつって、子供に聞くんじゃないだろ?
「30過ぎ。」
「なぁ~んだ、おっさんじゃん。」
おっさん呼ばわりするか。

「私は18。高校卒業したばかり。」
若っ。そんな年で混浴なんて、恥ずかしくないのかな。
「で、彼女いるの?って、いるわけないか。いたら、ひとりで来ないもんね。」
するどい。この子、結構、推理力あるな。てか、普通か。
「まあ、そうだね。」
「やっぱりね。」

 俺はさっきの晩飯のことを聞いた。
「そういえば、あの晩御飯、君がつくったの?」
「そうだよ。おいしかった?」
「最高だったよ。」
「そう言ってもらえると、張り合いがあるよね。ありがとう。」
案外素直だったりして。

「小さい時から料理作ってるの?」
「ううん、最近。そうね、2~3年前からかな。」
この子、料理、才能あるんちゃうか。

「だって、クックパッドもあるし、分量間違えなかったら、誰だってできるよ。」
そういうことか。
「この露天、いい感じだね。」
「おっさん、変な気、起こさんといてな。」
なっ、なっ、なんということを。そんなことするわけないやろ。だいたい、未成年やんけ。

「大丈夫。俺は理性的な男やからね。」
「へぇ~、そうなん。じゃ、どこまで理性的か試してやろうか。」
そう言うと、俺のそばに寄ってきた。
「あ、元気じゃん。」
ばかやろ。理性とからだは違うのだ。
「どこ見てんだ。向こうへいけよ。」
「からだは正直やね。」
「あほか。」
こんな小娘に翻弄されている。まいった。でも、そろそろ出ないと、湯あたりしそうだ。
「じゃ、先に出るから。」

 手ぬぐいも持たず、風呂に入ったから、前を押さえて、風呂からでた。彼女はゲラゲラ笑ってた。

 ひで~めに合った。もうちょっとで湯あたりするところだったよ。からだが熱くなり過ぎて、うちわでは汗が引かない。水分が欲しい。俺は食堂に向かった。

「やっぱり、来ると思ってた。はい、どうぞ。」
彼女はすでに、氷入りの水を用意していてくれた。なんか、気が利くじゃん。
「ありがとう。」
俺は一気に飲み干した。
「もう一杯、いる?」
「お願いするよ。」
ほっとした。でも、汗は未だ、引かない。

「ね、ね、私、抱きたいと思った?」
いきなり、何言うんだ。
「思わないよ。」
「ふう~ん、私、魅力ないんかな。」
「あのね、そういうことは本気で好きになった人とするもんだろ。」
「そんなもんかね。」
「ああ、そんなもんだ。」
「でも、一夜限りのとか、あるやん?」
「それは、お互い理性がぶっとんでるからだろ。」
「そうか。」
「あ~あ、彼氏欲しいなあ。」
「そのうちできるよ。」
「いい加減な返事。」
確かに何の根拠もない、いい加減な返事だ。

「まあ、そうかもしれないけど、君ならそのうちって思うけどな。」
「本当?そう思う?」
「だって、料理うまいし、いい子って感じもするし・・・」
「料理うまいと彼氏できる?」
「そりゃそうだろ。男ってそんなもんだ。」
「よし、がんばろう。」
そんなこんなで、ようやく汗が引いて、部屋に戻った。

 翌日の朝は・・・こりゃ、やり過ぎだろ?客は俺しかいないのに、この朝食は多過ぎだ。
「おはよう。今朝は何人、いるの?」
「おじさんだけ?」
「これ、誰が食べるの?」
「おじさん。」
「食えるわけないだろ。いくらなんでも多すぎるよ。」
「張り切って、作っちゃった。ちょっとづつでいいから、みんな味見してみて。」
まいったな。どれ。

 俺はそれぞれちょっとづつ小皿にとって、味見してみた。どれもこれもみんなうまい。この子、料理は天才かもな。
「うそ、めちゃ美味しいよ。」
「よかった。彼氏できるかな?」
「大丈夫だよ。」

 さあ、今日はどこまで走ろうかな。俺は荷物をまとめて玄関へ行った。
「もういくの?」
「ああ、楽しかったよ。料理はおいしいかったしね。」
「なんか、淋しいな。」
「また、お客はくるでしょ。」
「おじさん、ずっといてくれるといいな。」
そんなこと言われても、俺は旅人。彼女の淋しげな見送りをミラー越しに、俺は走りだした。

 今日も海岸線沿いに潮風の匂いを嗅ぎながら、快適に走った。いい天気だ。昼からは内陸を走って、緑の景色を楽しんだ。道路脇にくるまを止めて、のんびり時間を過ごした。

 だが、だんだん雲行きが怪しくなってきた。まあ、そうだろな、山の天気はなんちゃらって言うからな。すぐに降り出した。こんな日は、早めに宿を探すしかないか。とは、いうものの、スマホは圏外だ。ナビは生きているけど、地図情報は古いから、あまりあてにならない。困ったな。

 そのうち、本降りになって、ワイパーフルでもあまり前が見えない。俺はスピードを落として、ゆっくり進んだ。どこか、泊まれるとこ、ないかな。最悪、車中泊だな。そこへ俺の視界に入ったのは、宿の看板だった。宿って、民宿なのかな。でも、行ってみるか。

 宿の前に着くと、ちょっと不安になった。これ、やってるのかな。とにかく、くるまを降りて、玄関に行ってみた。営業中。やってるんだ。

(つづく)

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