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ほっといてくれ! 第1話

 ボクは小さい頃から、問題を抱えていた。その問題が原因で、友達ができない。ボク自身がおとなしい性格だから、いじめの標的にされることが多かった。でも、そうされることで発生するその問題のせいで、みんなボクから離れていった。だから、いつも一人きりだった。

 両親はその問題を知っている。うまくコントロールして、その問題が出ないようにしなさいと言うのだけど、いじめられるとコントロールなんかできやしない。たぶん、大人になっても、コントロールすることなど、とうてい無理に決まっていると思っていた。だから、ボクはいつも一人きりでいた。

 中学も高校も、おとなしいボクは、決まっていじめの標的にされた。ボクはできるだけ、感情を荒げずにいることが必要だった。そうじゃなかったら、ボクをいじめてきた連中が大けがをしてしまうんだ。

 トイレに入っていると、いきなり水をかけられる。教室に入ると、机にいたずら書きがされている。体操着はぼろぼろにされているし、教科書も使えない状態にされる。ボクはそれを持って、職員室へいくのだが、先生はもっと周りの生徒となかよくしなさいと言う。なんか、ボクが悪いみたいだ。一度、教室で言ったことがある。

「お願いだから、ボクをいじめないで下さい。」
「何言ってるの?誰もそんなことしてないよ。」
「みんなが大けがするから。」
「はっ?何それ?おかしいんじゃない?」
「お願いです。これ以上、やめて下さい。」

 ボクは真剣にみんなにお願いしたけど、誰も取り合ってくれなかった。その後も、ボクへのいじめは続いた。ボクは一生懸命、自分の感情を抑えたが、それも無理な状態になった。両親には、できるだけ我慢するとは言ったが、もう限界だった。

 ボクは、背中に生ごみをかけられたことが、引きがねになってしまった。瞬間、ボクへのいじめの声を察知した。その声の主らは、ことごとく腕や足の骨が砕かれた。あ~あ、またやってしまった。教室でうめき声がたくさんした。ボクをいじめていた連中は複雑骨折で、その場に倒れていた。他のみんなはボクを恐ろしい目で見ていた。だから、言ったじゃない。ボクはそう言いたかったけど、黙って、教室から出て行った。そのまま、職員室へ行った。

「先生、教室で数人が骨折しています。救急車を呼んで下さい。」
「その前に、おまえ、えらい臭いな。なんなんだ?」
「ああ、背中から生ごみをかけられたから、臭いんですよ。」
「なんでそんなことに?」
「いじめられているから、なんとかしてほしいっていったでしょ?」
「めちゃ臭いな。」
「そんなことより、救急車を呼んで下さい。」

 だが、先生は、一向にそんなことをする素振りを見せない。でも、しばらくして、クラスの女子らが、やってきて、ボクと同じことを言った。
「先生、大変。救急車を呼んで下さい。」
「ほらね。早くお願いします。」
教室では、6名が骨折で倒れていた。まあ、当分、学校に来れないだろう。
「いったい、誰がこんなことを?」

 でも、誰もボクだとは言わなかった。だって、言うと、同じような目に合うかも知れないって、思っているからだろう。中学の時も、そういう事件が起こってしまうと、その後はいじめられなくなる。

 ボクはその時、自分がどうなっていたのかは知らない。でも、周りのクラスメートは、それを目撃していた。ボクの形相が変わって、いじめていた連中の手足が変な風に折れ曲がったらしい。ひそひそ話が聞こえた時に、どうやらそういうことで、ボクを怒らせると、命があぶないということになっている。だから、お願いしたのにね。

「この制服、生臭いよ。」
「だって、生ごみかけられたんだもん。」
「あんた、まさか・・・」
「仕方ないよ、限界だったもん。」
「我慢しなさいっていったでしょ。」
「何度も、やめてってお願いしたんだよ。」
「だけどそのうち、モンスター扱いされるわよ。」

 確かにそうかもしれない。ボクがやったと思っている人たちは、少なくともボクをモンスターと思っているだろう。でも、これで平穏は高校生活が送れるというものだ。ボクは竹内学(たけうちまなぶ)、よろしくね。

 大学へ進んでも、ボクはひとり静かに行動していた。あまり、誰とも話をせずに大学生活を送っていたが、ここでも強制的に邪魔をする人たちがいた。例えば、応援団の方々だったり、空手部の方々だったり、運動部の人たちだ。

「君は何年生かな?」
正直に言うと、間違いなく、部室へ連れていかれる。
「経済の2年です。」
「そうか、じゃ、〇×先生の経済学は取ってる?」
そうくるか。困ったな。仕方がない。
「済みません、毎日アルバイトしているんで、部活はできないんです。」
「やっぱり、1年か、ちょっとおいで。」
「これから、アルバイトですから、ごめんなさい。」
「まあ、そういわずに。」
ボクは無理やり、部室に連れていかれた。アルバイトの話もウソなのだが、この際それが頼みの綱だ。

「本当に困るんです。アルバイトあるんです。」
「この際だから、入部しなよ。」
「じゃ、ボクがアルバイトで稼ぐ金額を、みなさんが出して頂けるんですか?」
「それは自分でしないとね。」
「じゃ、無理です。ごめんなさい。」
最近の体育会系はそんなに強制しないみたいだ。ボクは解放された。

 1年、2年の間は、そんなに友人をつくらないでもなんとかなったけど、3年になると、ゼミとかあるんで、そうはいかなくなった。ボクは厳しいと評判の教授のゼミをとった。このゼミは多分、選択する学生は少ないと思ったからだ。つまりは、付き合う学生も最小限で済むというものだ。だが、希望が通らなかった学生もこのゼミにくることになったので、総勢10人ほどになった。ボクは3~4人程度を期待していたのに、残念だ。あとは変なヤツがいないことを望むだけだ。

 最初の日、思わぬことにびっくりした。なんでかわからないが、ただでさえ少ない経済学部の女性陣が全員、このゼミ来たのだ。10人のうち6人は女性だった。まあ、変な女性がいないことを期待した。厳しいはずの教授は、結構にこやかに接してくれた。これからやっていくことの方針や方向性を説明したのち、みんなで懇親会へいくことになった。ボクはほとんど、しゃべったことがない人たちばかりだった。みんなもボクを知っている人はほぼいなかっただろう。それほど、ひっそりと学生生活を送っていたからだ。

 懇親会で、10人も自己紹介すると、結構時間がかかる。でも、それぞれの特徴もわかったし、多分、嫌がらせをしてくる人はいないだろう。もう、大人だしね。ボクはできるだけ、みんなと関わらないようにしたかった。だから、極力短めに自己紹介した。だが、ボクを知らない人が大半だったので、興味本位でいろんなことを聞いてくる。でも、ボクは根暗なヤツを演出すべく、頑張った。おかげでなんとか、みんなは、ボクが暗い性格なヤツと思ってくれたみたいだった。その方があんまり一緒にあれこれすることもなかろう。ボクはおとなしく一番端っこでこっそり居座った。だが、なかなか思うようにはいかないもんだ。

「いままでほとんどお話すること、なかったですね。」
「ええ。」
「1年からいました?」
「はい。」
「彼女、いらっしゃるんですか?」
「いいえ。」
「それなら・・・」

 ボクは嫌な予感がした。さっきの自己紹介でとても印象的だった女子がいた。おそらく、その子をくっつけようとしているんだろう。なんとか、せねば。
「でも、当面、彼女は作らない予定です。」
「えっ、そうなんですか?」
「はい。」
「なんでですか?せっかく、お似合いの人がここにいるのに。」

 やっぱり、あの子か。さっきの自己紹介でものすごくスローモーにしゃべっていた子だ。普通の速度じゃない。じっと、聞いているのが、苦痛になりそうなスピードでしゃべるのだ。なかなか、お目にかからない子だと思う。

「すみません。勉強に集中したいもので。」
そんなことを言うボクも、変わり者だと思われるんだろうな。
「ええ~、そんな人、いるの?」
「変わってるぅ~。」

 懇親会の席で、完全に変人扱いされてしまった。まあ、そのほうがいいかもしれない。だが、変人は変人同士ということで、例の彼女が隣に座った。座ったというより、無理やり、ボクの隣に座らされたという感じだ。

「あの・・・」
「初めまして、竹内です。」
「栗原です。よろしく・・・」

栗原さんは、とっても美人というわけではないけれど、整っている目鼻立ちとふわっとした髪形でかわいい感じはする。まあ、これも人の感じ方によるのだろう。裕子という名前に合っている感じだ。

 まあ、あんまりいろいろ質問されるより、いいのかもしれない。今日のところは、彼女を相手にしておこう。だが、ほとんど、無言だ。まあ、そのほうがいい。みんなは適当にしゃべって盛り上がっているんで、ボクは聞き役に回って、彼らのいうことを聞いていた。経済学部の男どもが、こんなに多くの女子と一緒にいるのは、うれしいことなんだろうな。でも、ボクは女子からも嫌がらせをうけたことがあるんで、そんなに気にしてなかった。

「あの・・・」
隣で例の彼女が一生懸命に、ボクにしゃべりかけようとしている。
「はい、なんですか?」
「あの・・・」
ボクもここまでスローモーな子は初めてだ。でも、まあ十分待ってられる。
「竹内さんは、どこにお住まいなんですか?」
ここまで言うのに、そんなにかかるかってほど、時間をかけてゆっくりしゃべった。
「ああ、××町ですよ。」
「私も同じです。」
彼女はほっとしている。まあ、会話としてなんとか、成立したからね。でも、そこから続かない。仕方ないから、ボクからも話してみた。
「ひとり住まいですか?」
「はい。」
「〇〇丁目のバス停から近いですか?」
「はい。」
ボクんちと近いじゃん。なんで?という質問では、なかなか答えが返ってこないだろうから、イエス・ノーで答えられる質問ばかりした。

「やっぱり、気が合うんじゃん。」
隣の女子が、こう言った。
「えっ、そうなんだ。」
「じゃあ、くっついちゃいなよ。」
おいおい、そうくるか。でも、彼女は顔を赤くしている。おいおい、まいったな。懇親会が終わる頃、ボクたちは一緒に帰ることになった。まあ、家が近いんで、それくらいはしてあげないといけないんだろうな。でも、遅くなって、バスもない。歩くには30分くらいはかかる。まあ、しかたないか。ボクは、初めて、イエス・ノー以外の質問をしてみることにした。

「今日はどうでしたか?」
この間が長い。
「楽しかったです。」
そうなのか?
「どんなことが、楽しかったですか?」
「竹内さんと、話ができて・・・」
それを言うと真っ赤な顔をしている。ボクは多分、社交辞令だと思った。
「ボクも同じです、話が出来てよかったです。」
それを言うと、彼女はますます、顔を真っ赤にした。社交辞令だってば。

 でも、帰り道は長い。彼女は歩くのも、ゆっくりだ。まあ、いいか。
「ずっと、ゆっくりな話し方なんですか?」
「はい。」
「普通の人だと、嫌がられるでしょう?」
「はい。」
そうだろうな。
「ボクはそんなに気にならないよ。」
「あ、ありがとう。」
まあ、この道のりの暇つぶしになればいいのだ。

「私は、竹内さんがいたこと、知ってましたよ。」
えっ、そうなのか?ボクに気づいていた人、いたんだ。かなり、息をひそめてたんだけどな。
「そうなんだ。ありがとう。」
「このゼミ、なんで選んだんですか?」
「竹内さんがこのゼミを希望したのを、見たので。」
また、顔を赤くした。ボクに興味、あんの?
「それは、ボクに興味があるということ?」
「はい。」
おお、そうなのか。だけど、ボクに変な能力があるとわかったら、多分、引くと思うな。

(つづく)

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