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ガラスの仮面舞踏会 in ココア屋 【物語】

 駅前ロータリーにあるマックとスタバに挟まれた
※サフラン色の扉 を開くと、細長い廊下が奥へと続き、さらに突き当たった扉を開けば、そこは知る人ぞ知るココア屋。

 木目の浮き出たカウンターテーブルに、客席はわずか5席。
 髭のマスター(ガラスの50代)がこだわりのルーティーンで、こだわりのココアを提供する。
 駅近百貨店の占いコーナーで占い師のパートをしている姉で魔女の末裔の若山ジュリエット(BOØWYファン)の魔法も加わり、いろいろ不思議をこじらせているココア屋なのであーる。


 若山ジュリエットの読み通り、ココア屋に『ガラスの仮面』専用本棚を設置したことで、新たな常連客の獲得に成功した。
 ここでは、常連さんとなってくれた彼女達のことをガラジェンヌと呼ばせていただくことにする。

 そして本日、ココア屋は貸切となっている。
 姉のジュリエットがガラジェンヌ達のために押さえたのである。

「舞踏会にふさわしい音楽をかけ、紫のバラを飾りなさい」

 マスターは我が耳を疑った。
 この狭いココア屋で、姉は舞踏会を開くとのたまうのか?

 時刻は20時。ジュリエットの指定した時間だ。マスターの指に緊張が走る。すべて姉から言われた通りにした。

 今日まで花屋を何軒も回り紫のバラを探したが、とうとう見つからず、白バラを紫のラッカースプレーで色づけしようかと思い詰めていたマスター。しかし3時間ほど前、ジュリエットが生産者に直接頼んだという紫のバラがココア屋に届いた。

「なんとかぐわしいバラなのだ…✨️」

 箱を開けた瞬間、清らかなバラの香りが鼻先をくすぐり、普段はヒグマっぽいマスターをほんの一瞬だけイケメンにした。
 ハッと我に返り、姉に怒られないよう速やかに花瓶に生ける。

 そして今、舞踏会のオープニングを飾るにふさわしいレコードを用意したマスターは、ガラジェンヌ達の入場を待ち構えていた。

カランコロン🔔))  今だっ!!!
 

チャリラリンッ🎵ジャッシャーン✨️


 店に入るなり、イントロを聴いた3人は瞬時にポーズをとった。そうせずにはいられなかったし、そうしない理由はなかった。
 少年隊の『仮面舞踏会』には、そういう魔力があるのだ。


 今宵、現れましたるは、白いお犬と黒いお犬を抱いたレディと、ベージュのお犬を抱いた水城秘書ふうのレディと、テディベアを抱いたレディ。
 舞踏会のお客さまであり、ココア屋に『ガラスの仮面』図書ができてからの常連客である。

「ちょっとアンタ~!!!お客さまに何させとんのじゃボケェェイ!」

 3人のあとから入ってきた若山ジュリエットが、カウンター内に瞬間移動しマスターをどついた。

「だって、姉さん、舞踏会にふさわしい曲と言ったらこれしか…」
「浅田真央ちゃんのとかオペラ座の怪人とか、他にもクラシック系のがあるやないけぇぇい!」

 すると、白いお犬と黒いお犬を抱いたレディがジュリエットを宥めるように制した。
「わたくし、嫌いじゃありませんわ。いいえ、むしろ好きです。少年隊の『仮面舞踏会』」

続けて水城秘書ふうのレディが。
「どうか、このままで。ショーマストゴーオンです。踊りきりましょう」

くまちゃんレディも。
「この子(ダフ様)のドレス、新調しましたの。踊りたいですわ」

 マスターは心の友を得た。

 音楽が鳴りやむと、いつの間に仕込んだのか?ジュリエットがマイクを持って、ナレーションし始めた。

「本日はようこそのお運び、ありがとうございます」

 すると、先ほどまでしゃかりきに踊っていた3人の肩がビクンッと跳ねた。

 それを受け、同伴者である白いお犬と黒いお犬とベージュのお犬とテディベアは、主人のそばをスッと離れ、二足歩行でテーブル席(ジュリエットが用意したままごと用のダイニングセット)に着いた。

「なぬっ?😳」

 大皿のオードブルに舌鼓を打ちながら談笑しはじめた彼らを見て、マスターの目はぎょくれつおちゃんちゃばやし(©️じゅんみはさん&オトンさまの目玉焼きの呼称)のように真ん丸くなる。

 若山ジュリエットはさらに続けた。

ただいま時は1523年 イタリアではルネッサンス文化華やかなりし頃でございます 所は地中海 ~中略~
一隻の海賊船がとらえられました ~中略~ 海賊の中に女が一人まじっていると

『ガラスの仮面』劇中劇『女海賊ビアンカ』より

「ふれるな! わたしの本当の名はビアンカ ビアンカ・カスターニ」

「あの方がロレンツォさま……?ああ ばあや わたしはあの方とめぐり会うために生まれたのよ…!」

「おれはニコロ!色が白いの細っこいのとばかにすると承知しないぞ!」

 ガラジェンヌ3人の口から、淀みないセリフが流れ出す。
 ああ、わかる!わかるぞ!これは、『ガラスの仮面』文庫版第11巻に出てくる『女海賊ビアンカ』のセリフだ!
 お客のいないすき間時間に読み耽っていたあの場面が、マスターの中にありありと甦る。もはやすき間とは言えないくらいたっぷり空いていた時間のおかげで、一気に読み進んだのだ。

「よろしい。それでは次っ!」

 なに?姉の若山ジュリエットは主催者の立場を利用して畏れ多くも月影先生の立ち位置に?しかし、なるほど。彼女の衣装はスラリとしたラインの黒のロングドレス。加えて、サイドの髪で無理やり顔半分を隠した月影千草スタイルだった。

 ままごとダイニングセットで談笑していた白いお犬と黒いお犬とベージュのお犬とテディベアは、「おっと、ご挨拶が遅れまして…」と恐縮した様子で、すでに乾杯を終え打ち解けたあとなのに名刺交換を始めている。


「まだわかってないようね、パックの動きが さあ はじめからもう一度やって! マヤ」

 ジュリエットのマイクを通したセリフを聴いた途端、名刺交換をしていた白と黒とベージュのお犬達とテディは、目の端をキランと光らせ、主人である三人をバラッと取り囲んだ。
 いつの間に?彼らの手には蛍光色のカラーボールが。

「よしきた! おいきた!」

ヒュンッ!
 
 ジュリエットがピンクのカラーボールをガラジェンヌめがけて放った瞬間、三人はドレスを翻しおよそ不可能な状態にもかかわらず宙へと舞い上がった。

スタンと着地し、青ざめて放心した表情のマヤが三人。

「そら… ごらんの通り」

「ダッタン人の矢よりも早く…」

「月影先生!やらせてください! 今の所をもう一度!」

 うなずくジュリエット。スッと手を挙げ、お犬達とテディに目配せすると、四方に散った彼らからランダムに豪速球が飛んできた。
 カウンター内にボールが投げ込まれでもしたら、ココアのカップ&ソーサーが粉々になっちまう!と、マスターは慌てて両腕を広げガードした。

 ガラジェンヌ達は要領を得た様子で、飛び交うボールを器用にかわしている。

「おっと!」
「とりゃあ!」
「そうら!まだまだ!」

ヒュンッ! バシッ!

「うちかえした…ボールを…。な、なんておそろしい人達だ…」

ハッ!Σ(゚Д゚)

 マスターは思わず『ガラスの仮面』文庫版13巻の『真夏の夜の夢』北島マヤ演じるパックに向けた劇団一角獣団員のような言葉を口走っていた。

 ダンッとジュリエットが杖で(いつの間に持ってた?)床を突く。

「今の呼吸を忘れないように」

 再び何事もなかったかのように着席し、テーブルの皿にあるお茶菓子(無添加)を食べる白いお犬と黒いお犬とベージュのお犬とテディベア。
 主人であるガラジェンヌ達はふうっと汗をぬぐっていたが、さほど息は上がっていない。おそるべき心肺機能の持ち主達である。

 ジュリエットはマスターを押し退け、レコードに針を落とした。優雅なワルツの調べが流れる。
 そして、小指を立てながらマイクを持ち直す姉ジュリエット。

「それでは皆さま、ガラスの仮面舞踏会 in ココア屋、『ふたりの王女』編。開幕でございます!」

「なんと?!」Σ(Д゚;/)/
 さっきまでのは、ほんの序章に過ぎなかったというのか?これからが舞踏会の本編?お…おそろしい子達…。
 マスターは、ヨロヨロとカウンターの向こう側に沈んでいった。

 ワッと歓声が上がり、ガラジェンヌ達は思い思いのポーズをとりながら『ガラスの仮面』劇中劇『ふたりの王女』のお気に入りのセリフを暗唱し始めた。

「ラストニア わたしの国。一年の半分は冬将軍の支配するこの国… わたしは王女オリゲルド。 わたしの心に永遠に春がくることはない…」

「ラストニア わたしの国。 一年の半分は雪と氷にとざされた冬将軍の治めるこの国… わたしは王女アルディス」

「冬将軍の治めるときも わたしはこの瞳に春の日射しをもとう。 この胸に春の花を咲かせていよう。 わたしは春の女神の娘でありたい」

「吹雪よ! わたしの兵士達よ! 敵はあの城にいる! いって凍えさせておしまい!」

 なんてみんな生き生きとしているんだ。ガラジェンヌ達も、姉のジュリエットも…。俺だって、俺だって『ふたりの王女』(『ガラスの仮面』文庫版15~16巻)は特に好きなんだ!
 マスターの中の何かが外れる音がした。

「花冠の王さまの 家来はだあれ? リスにキツネに野うさぎ エヘン💓」

 ふだん野太い声のマスターが、目一杯の乙女ボイスでアルディス姫のセリフを挟んだ。
 しかし、一瞬にして場がラストニアの冬のように凍りついたのを感じ、マスターは、自分はオリゲルド役向きだったか…と重ねて勘違いした。

 ココア屋常連客と姉の若山ジュリエットによる仮面舞踏会とは、『ガラスの仮面』愛読者のファンミーティングであったかと、今さら理解したマスター。
 この狂気とファンタジーに満ちた宴は、およそマスターの手に負える案件ではなかったということだ。

 改めて、姉は魔女の血を引く猛者なのだと思い知らされた。なぜなら、彼女達が演技に熱中して動き回ると、狭いはずの空間がにょ~んと拡張されてゆくのだ。おかけでマスターは酔いに酔ってしまった。

 花瓶に生けた紫のバラを一本引き抜き、その清らかな香りを胸いっぱいに吸い込む。

「うーん、マンダム…✨️」

 紫のバラの匂いを嗅ぐと、マスターは大都芸能社長の速水真澄ふうイケメンにほんの一瞬だけなれる。というスペックを今回獲得した。
「おや?」
 花瓶のバラを見て、さっきまではなかったはずの物がそこにあることに気づく。

「みなさん!ちょっとこれ!見てください!」

 なんや、なんや?と、千の仮面をほしいままに着脱していたガラジェンヌ及びかわゆき同伴者達が花瓶のまわりに近づく。するとそこには、紫のバラにそっと添えられたメッセージカードが。

「あなたのファンより」

 白いお犬と黒いお犬を抱いたレディが、ベージュのお犬を抱いた水城秘書ふうのレディに確認した。
「もしかしてあなたが?」
「いいえ、真澄さまからそのようなご指示は…」
 すかさず、テディベアを抱いたレディが、
「ひょっとして…|聖《ひじり》さんでは?」
「きゃっ!💕」

 若山ジュリエットは、ササッとカウンターの向こうに姿を隠したふたりのこびとに気づいたが、フッと月影先生ふうの笑みを浮かべ、黙っていることにした。
「相棒さん、お耳が見えておりますよ」と心の中で囁いて。

 とにかく、ガラジェンヌ達は大いに湧いたので、この趣向は大成功だったようだ。

 
 とうとうこの晩、ココア屋であるにもかかわらず、ただの一度もココアは提供されなかった。というか、ココアをスライディングするタイミングは皆無であった。

 その代わり、ココア屋カウンター内にある冷蔵庫を介して、カフェ・ペンギン様より『ムーンシャドウパフェ』なる特別なスイーツが、マーマレード女史の手によって差し入れされことをここに記しておく。

 ガラスの仮面舞踏会は、夜通し続いた。
 彼女達はあくまで本能で演じていた。おそらくこの中からも、紅天女候補は現れるかもしれない。

 

~おわり~


長い長いお話を最後まで読んでいただき、ありがとうございました🍀

サフラン色の扉🚪は、ココア屋シリーズが始まった当初は焦げ茶色の扉だったのですが、コメント欄でスピッツファン同士ということがわかり盛り上がったバクゼンさんが、『タイムトラベラー』の歌詞に登場する“サフラン色のドア”なんてどうかな?とご提案くださり、それ、最高!と思っていそいそサフラン色に塗り替えたという経緯がございました。
そのこと、コメント欄のやり取りにしか残しておらず、今のいままでちゃんと申告してなかった!🙀と気づき、こんなに月日が経ってからのご報告に😹
誠に申し訳ありませんでした。
バクゼンさん、その折りには本当にありがとうございました💖サフラン色の扉、思い浮かべていつもテンション上がっております🎵

そして、この『ガラスの仮面舞踏会 in ココア屋』は、2022年の夏に音声配信すまいるスパイスのカフェ・ペンギンにおじゃました際、最後に、「こんなん書く予定です!」とガラジェンヌ3名のお名前まで出して巻き込んでおきながら、書き上げて投稿するまでこんなにも時間が過ぎてしまいました。

本当はすぐにでも書き終えるはずが、ハロウィン…文化の日…クリスマス…ニューイヤー…ええい、バレンタイン!と機を逃しまくり、なぜか卒業シーズンにもつれ込むという。有言不実行でごめんなさい😹

すまいるスパイスといえば…懐かしの少女漫画やアニメについて、乙女達がぶっ飛びながら語らっている私の中で神回中の神回🎉がございます!
元気出したいとき、何度も聴き返しておりました。


この物語及びあとがきにお名前等、ご登場していただいたみなさま、勝手にすみませぬ🙇💦

『ガラスの仮面』をご存知の方はもちろん、まだ読んだことない方ももちろん、長い長い長いお話とあとがきにおつき合いいただきまして、本当にありがとうございました!


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