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世界はここにある52  第三部

  瞼をあけ、僕は明るすぎる照明に目を慣らすのに随分と苦労した。見覚えのある部屋の一室。そしてそこがナオと再会した彼女らがいた場所であることを理解するまでにもそれなりに時間がいった。

 寝かされていたベットから起き上がったとき、腕に多少の痛みがあったが動けないほどではない。全く無駄なものを掲げていないコンクリート製のように見える壁は僕を守っているようでもあり、またはここから出さないと主張しているようでもある。生まれて初めて人を銃で撃った自分にはまだ待遇が良い方なのかもしれないと思ったりする。

 脚の状態を確かめながらベットを離れる。扉に近づきノブを回すと鍵はかかっていないことに気付く。少し扉を開け外の様子を確かめると部屋の中と変わらない静寂があった。

 僕は壁を支えにしながらゆっくりと廊下を歩いた。確かにここは彼女がいた所だ。しかし案内されるままに動いていたのでナオがいたところまでたどり着ける自信はなかった。勿論案内役はいない。僕以外誰もいない。そんな気がした。

 いくつかの扉の前を通りすぎたあとに扉が開いている部屋があった。入り口から中をそっと覗いてみる。簡易ベットに医療器具のチューブや配線がいくつか付けられた人が寝かされている。部屋に入ってそれがキャロルであることが分かった。僕は近づき彼女の顔を覗き込む。僕が最後に見た彼女の顔とは違い、生気のある表情が見て取れる。『ああ、助かったんだね、良かった』と僕は呟いた。

「彼女は大丈夫ですよ」
後ろから声がする。振り返ればそこにナオがいた。

「君が助けてくれたのか」
「ええ、なんとか間に合ってよかった。ヒデトさんがメールをくれたおかげで位置情報が分かった」
「ありがとう、彼女、大丈夫かい」
「ええ、骨折はあるし今は鎮静剤で眠ってるけど大丈夫よ。兵士だもの、これくらいの怪我ならすぐに元に戻るでしょう」
「そうか、よかった。彼女には申し訳ないことをしたよ。けど、僕らを襲った奴ら、誰なんだ」
「ロシアから命を受けた暗殺者でしょうね。あなたを確保するか、もしくは消し去る。そう命令を受けたのでしょう」
「僕はそれを返り討ちにしたってわけか……」
 僕は手の中にあった銃の重さを思い出していた。僕はもう他人を批判したりする権利はない。正当防衛とはいえ人を殺してしまった。憎めるとすればそれはこの問題の元凶を作った父だけだろう。そう思った。

「ヒデトさん、あなたは今、お父様を憎んだでしょう?」
 この子は心の中を読めるのか? 僕は驚きはしたもののすぐにナオならばそれもありうるとすぐに思いなおしていた。

「ああ、その通りだ。僕はこの世で一番父を憎んでいる。一番憎みたくない人を一番憎んでいる。自分に反吐をはきながらもね」
「私もそうだった」
 ナオはキャロルの様子を見ながらそう呟く。僕も同じようにキャロルの顔を見た。安心しているかのように眠っている。

「でも、本当の敵は高山先生ではない」
「それは誰なんだ」
「チャールズ・D・ロセリスト、そしてジェームス、それからヒスマンの当主とそれに仕える奴ら」

「敵が巨大すぎて実感がわかないな。親父の方がよっぽど現実的だ。スター・ウォーズの映画じゃあるまいし」
 僕は笑えない冗談を自分で言い、自分で苦笑いもした。

「高山先生も戦っている。もうすぐ情報が入るわ。サツキさんを保護して日本に帰ってくる」
「サツキを? なんでオヤジが?」
 僕は今度こそ心底驚いた。何もかも裏切り、この混沌とした現状を作った張本人である父がサツキを助けた? 

「サツキさんを拉致に見せかけて隠していたのは高山先生のアイディアよ。私も気付くまで長い時間がかかった。それだけ先生の計画は完璧だった」
「僕らにも何も言わずにか」
「そう、私にも…… 徹底的に情報を隠して、自らも敵の手の中にありながらそれをやり遂げた。だから彼女も、三佳さんも、私も、そしてあなたも今まで無事でいられたの。けど、もうそれも限界だった。それに私が行動を起こしたことで相手は一気に謎に辿り着きだした」

「謎って……なんだい」
 僕はナオを見つめそう聞いた。彼女に中学生の頃のサツキの面影を見ながら。

「私はサツキさんのクローン。そして私の中にはフラクタルという特殊な遺伝子が構成されていて、それが私を形づくっているの。私は最初サツキさんの病気の治療のためのペアとして高山先生が作り出した」
「サツキのため……」
「そう、そしてサツキさんが完全な健康体になった時、私の身体が今度は変化を起こした。たぶんだけど、そのままなら私は生きながらえることは出来なかったはず。高山先生は今度は私を治すために必死に研究を続けてくれた。そして私の人生を全うさせるために努力してくれた」
 僕はナオの言葉を聞きながら僕が知らなかった彼女らを思い返していた。

「私は先生を自分の父だと思ってずっと一緒にいた。けれど私達はある陰謀により引き裂かれた。それから私はずっと先生を求めてたわ。たぶん先生も同じだと思っていたの。けれど先生がベラギー王国のロイ王子のクローンを作ったということを知り、私は捨てられたと思った。悲しかった。そしてあなたと同じように一時期に先生を憎んだ」
「そのロイ王子のクローンは何処に?」

「ロイのクローンは殺された」
「殺された? 誰に?」
「その首謀者はロセリストであり、ヒスマンだった。彼らは自分達の血や財の為だけにクローンを葬った。私と同じ境遇の彼を」

「そして今度は君が狙われる」

「そう、それは時間の問題だった。でも彼らはもっと悪魔だった。私の遺伝子を生物兵器に応用し、そしてそれをわざと事故に見せかけ世界中に蔓延させた。そしてそれを予防し、治すワクチンまで開発し、これを全世界に広げた。それには人の意識をコントロールできる自己成長型の神経細胞が増え続ける仕組みが私のフラクタルを利用して作られている」

「あのワクチンにそんなものが…… 僕の中にも」

「ううん、ヒデトさんは特別なの」
「特別? どういうことだい」
「貴方はスペシャルな存在なの。高山先生ですらビックリなさったはずよ。あなたの持つ遺伝子の一つはフラクタルを構成する一本の線分、貴方がいないとフラクタルは完成しなかった。私も生きていない。サツキさんもロイ王子も間接的にはあなたのおかげで助かった。まさか自分の息子がそんな存在だとは先生も思わなかったでしょうね」

「それで僕が狙われ始めたというのかい?」
「そう、あなたが最新のロイと私とサツキさんのペアなの」
 僕は耳を疑う。この数日間の自分の人生に絶対に起きるはずのなかった出来事に僕自身も必然的に関係をしていたということになる。

「あなたは私のフラクタルを構成するけれどあなた自身はそれを取り込まない。きわめて普通の存在。けれどスペシャルな存在」
「僕は影響を受けないのか…… 君みたいに優秀にはなれないってことでもあるね」
 僕は少し残念な気分でもあることをナオに表してみた。僕の表情を察したのかナオが「ハハッ」と声をだして笑った。

「私が全人類をコントロールできたとしても、ヒデトさん、あなたは私に左右されない。だから安心して」

「君が人類をコントロールする気なんて無いことはわかってる。でもそれを利用しようとする奴はいるんだろう?」
「そう、私の代わりになる外部デバイスを開発できればそれは可能だわ」
「じゃ、君はどちらからも狙われる」
「だからそこが私の最後の作戦でもある」
「何をする気なんだ? あのミサイル騒ぎ以上のことをしでかすつもりなのかい?」

 ナオはキャロルが目覚めようとしているのに気を配りながら言った。

「私は彼らの悪事を全部、全世界に公表する。わたしという証拠をつけて。そして高山先生はそれを助けてくれるはず」

「オヤジが?」

「そう、もう日本に向かってると思う。サツキさんを連れて。そして三佳さんたちも戻ってくるはず。まだ台湾だと思うから。それまで、みんなが戻ってくるまで私は持ちこたえる。そして最後の戦いを挑むの。必ず勝利する戦いを始める。負けは許されない戦いよ」


 53へ続く 



★この作品はフィクションであり登場する人物、団体、国家は実在のものと一切関係がありません。


エンディング曲

Sigrid, Bring Me The Horizon - Bad Life



世界はここにある①    世界はここにある⑪   
世界はここにある②    世界はここにある⑫
世界はここにある③    世界はここにある⑬
世界はここにある④    世界はここにある⑭
世界はここにある⑤    世界はここにある⑮
世界はここにある⑥    世界はここにある⑯
世界はここにある⑦    世界はここにある⑰
世界はここにある⑧    世界はここにある⑱
世界はここにある➈    世界はここにある⑲
世界はここにある⑩    世界はここにある⑳

世界はここにある㉑    世界はここにある㉛
世界はここにある㉒    世界はここにある㉜
世界はここにある㉓    世界はここにある㉝
世界はここにある㉔    世界はここにある㉞
世界はここにある㉕    世界はここにある㉟
世界はここにある㉖    世界はここにある㊱
世界はここにある㉗    世界はここにある㊲
世界はここにある㉘    世界はここにある㊳
世界はここにある㉙    世界はここにある㊴
世界はここにある㉚    世界はここにある㊵

世界はここにある㊶    世界はここにある51
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