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キッシンジャー国務長官が死去したらしい

 かの有名な米国務長官のヘンリー・キッシンジャーがついに亡くなったようだ。100歳だった。アメリカの政府高官の中でもトップクラスに長生きである。

 キッシンジャーほど有名な国務長官はおるまい。恐らく大統領以外の政治家では最も著名なはずだ。彼はニクソンとフォード政権下で外相の役割を果たし、多くの結果をもたらした。特に顕著なのは米中接近だろう。それまで東側陣営第二の大国だった中国をアメリカに引き入れ、世界の同盟構造をひっくり返した。これにより勢力を増していたソ連は一気に不利になり、冷戦の勝利の一因となった。

 キッシンジャーはベトナム戦争の和平交渉で活躍したことで、ノーベル平和賞を取っている。この受賞には批判も多い。ベトナムの和平合意は守られず、2年後に南ベトナムは攻め滅ぼされている。また、キッシンジャーは数々の悪名高い秘密作戦に手を染めていた。

 その代表格がカンボジア作戦だろう。ベトナム戦争と同時並行してアメリカはカンボジアでも戦争を行い、カンボジア全土に大量の爆弾の雨を降らせた。爆撃に対する恨みと恐怖をテコに、クメール・ルージュは住民の支持を広げていった。米軍が撤退した後のカンボジアを襲ったのは史上最悪の大量虐殺だった。クメール・ルージュの幹部は「自分たちが逮捕されてキッシンジャーが野放しにされているのはおかしい」と主張し続けている。

 他にもキッシンジャーの悪評として、1973年のチリ・クーデターが存在する。この国では社会主義のアジェンデが選挙で当選し、アメリカは南米地域が赤化することを恐れていた。キッシンジャーは秘密工作で陸軍のピノチェトを唆し、クーデターを実行させた。チリでは数万人もの社会主義者が殺害され、20年に渡って弾圧が続いた。冷戦終結とともにピノチェトは失脚し、晩年は刑事裁判の嵐となった。

 キッシンジャーは最も大統領に近いが大統領になれない男とも言われた。キッシンジャーは元々ドイツ人だったからだ。ヒトラーの政権獲得が原因でユダヤ人だったキッシンジャーは10代半ばにしてアメリカに亡命した。そのため彼の英語は終始ドイツ訛りのままだった(ドイツ人の英語は濁音が多いように聞こえる)。因みに1歳年下の弟に訛りはなく、10代前半辺りに言語の臨界期があるという話を裏付ける。弟曰く「兄は人の話を聞かないから」らしいが。

 その後、キッシンジャーは軍の諜報部隊やハーバード大学を経た後、学者として頭角を表し、ニクソン政権下で大統領補佐官に抜擢されたのだった。

 キッシンジャーが退任してから半世紀近くが経つが、未だに元気だったのは驚きだ。私は学生時代にキッシンジャーの新著を読んだのだが、90代なかばの人間が本を書けることに驚いた。99歳の時もウクライナ戦争の是非を巡ってゼレンスキーとツイッター上でバトルになったこともある。

 キッシンジャーは100歳になった今年の夏に中国を訪問し、習近平と会談している。驚くべき体力だ。足腰はかなり危なっかしくなっているが、会話は十分可能だった。しかし、それから半年と経たずに亡くなってしまった。90歳以上の超高齢者あるあるなのだが、ある時突然体調を崩し、そのまま一ヶ月ほどで亡くなってしまう事が多い。やなせたかしも瀬戸内寂聴もそうだった。キッシンジャーもきっとそうだろう。これは超高齢者以外にはあまり見られない死に方である。
 
 キッシンジャーが退任すると同時に大統領に就任したのがカーターだが、彼も現在99歳で存命だ。ただし、キッシンジャーと違ってかなり衰弱している。現在は緩和ケア中であり、しかも先日夫人を亡くしたばかりだ。後一年弱生きればカーターは百寿なのだが、かなり難しいだろう。

 なお、どうでもいい話だが、キッシンジャーの奥さんはメチャクチャ背が高い。身長175センチのキッシンジャーと比べても頭一つ大きいようだ。

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