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<地政学>東アジアを統一して「大東亜帝国」が誕生したらどうなる???

 依然の記事で東アジアの地政学的な特徴は地域が海洋側と大陸側に二分されており、日本と中国がお互いを征服できないため、地域覇権国が決して生まれないということだった。では、もし地域覇権国が誕生したらどのような国家になるのだろうか。その国はアメリカに代わりうる世界大国になるのだろうか。今回はそこを考察したいと思う。

大東亜帝国の見取り図

 東アジア統一国家はどのような国家になるのだろうか。とりあえず、この国家に名前を付けようと思う。やはり適切な名前は・・・大東亜帝国だろう。

 大東亜帝国の領土は以下のようになる。現在の日本・韓国・北朝鮮・台湾・モンゴル・香港・マカオに相当する。

 大東亜帝国の人口は合計で16億6000万人であり、インドを抜いて世界で最も多い。世界人口の20%が大東亜帝国の国民ということになる。

 経済規模はどうか。大東亜帝国のGDPは25兆ドルほどだ。これはアメリカのGDPにわずかに届かない。世界三大経済地域に数えられる東アジアだが、全部合わせてもアメリカには及ばないようだ。一人当たりGDPは1万5000ドルほどで、メキシコよりも高い水準である。東欧にはやや及ばないという感じか。購買力平価になると中国の分が大きめに評価されるため、アメリカを圧倒するようになる。

大東亜帝国の地政学

 大東亜帝国は地政学的に有利なのだろうか。不利なのだろうか。

 東アジアという地域を完全に支配しているため、大東亜帝国は自国を深刻に脅かすライバル国家が存在しない。アメリカが封じ込め政策を行うとすれば北のロシアか南のベトナムと組む必要がある。

 ロシア極東地域は人口過疎地帯であり、大兵力を展開するのが難しい。バイカル湖以東のロシア極東地域は全部合わせても600万人にしかならないのに対し、大東亜帝国は旧満州だけで1億4000万人だ。ロシア沿海州は大東亜帝国に深く食い込むように存在しているが、軍事的には孤立無援で極めて脆弱である。

 ベトナムやフィリピンといった東南アジア地域はアメリカが大東亜帝国を抑止する根拠地になるだろう。しかし、こちらも不十分だ。東南アジアの経済力は総力を結集しても大東亜帝国に遠く及ばず、海への出口を抑えているわけでもない。アメリカが東南アジアに進出しても、お返しのように大東亜帝国は中南米に進出するだろう。お互いがお互いの裏庭に基地を作り、嫌がらせを始めることは疑いようがない。

 大東亜帝国は陸からの脅威はほとんど考える必要がない。海に関してはアメリカ海軍とライバル関係にあるだろう。両国は太平洋を二分することになる。今のところマラッカ海峡はアメリカが抑えているが、大東亜帝国の国力を考えると、ここのシーレーンをアメリカから奪っても全くおかしくない。両国の海上の勢力争いは熾烈になるだろう。大東亜帝国がキューバやコロンビアに進出し、アメリカを苛立たせる可能性もある。

大東亜帝国の地政学的弱み

 大東亜帝国の対外的的な弱みは少ない。石油供給をペルシャ湾に頼っているくらいだろうか。ここのシーレーンを守れるかでアメリカとの対立が発生し、おそらくはインドを含めた熾烈な冷戦が巻き起こるものと思われる。ただし、大東亜帝国の直接侵略は不可能だ。人口があまりにも多すぎるし、海軍力もそこそこ強大だからだ。

 大東亜帝国の弱みは国内の方が深刻だろう。まず経済格差が極端に大きい。日韓は先進国なのに対し、中国は未だにそこまで豊かな国ではなく、特に内陸部の貧困地域は深刻な状態だ。中国は地域格差の大きな国だが、ここに日韓が加わるとなれば更に格差は拡大するだろう。

 国土は海洋側と大陸側に著しく分裂している。経済規模は既に大陸側の中国本土が圧倒しているが、日本や韓国も経済的に無視はできない地域だろう。

 首都をどこに置くかは微妙である。北京に置くのが筋にも思えるが、ここには深刻な問題が発生する。基本的に社会というのは自分よりも貧しい集団の言うことは聞きたくないものだ。戦後のヨーロッパ人はアメリカ人の富に畏敬の念を抱き、歓迎した。しかし、自分よりも貧しいソ連の支配下に入ることは良しとしなかった。ソ連の指導をありがたがったのはロシア人よりも豊かなヨーロッパ人ではなく、ロシア人よりも貧しい中央アジアはその他の第三世界の国だった。

 首都を北京に置けば日韓は反発するし、東京に置いても中国内陸部を統治する力はないだろう。大きくて貧しい中国と小さくて豊かな日韓という厄介な状態が出現するわけである。東西ドイツの経済格差はしばしば指摘されるが、この場合は経済規模と人口で豊かな西が圧倒しているので、東は西の指導下に入れば良い。屈辱的かもしれないが、ロシア人よりはマシである。ところが大東亜帝国は均衡してしまっているので、なかなか解決ができない。

 経済格差で国土が二分されている国を挙げるとすればイタリアだろうか。ただ、この場合もやはり北部が経済力で南部を圧倒しており、統一も北部による軍事征服で行われた。大東亜帝国のように分裂した国は珍しい。折衷案でソウルを首都にするのが一番丸いのではないか。

 大東亜帝国の中心地が今ひとつ定まらない理由は、突き詰めると日中のどちらが統一で主導権を握るのかがはっきりしない点にある。中国が日本を征服するのも、その逆も、非常に難しく現実的には思えない。インドのように何らかの外的な力で統一されたか、EUのように平和的に統合されたとすれば、やはりソウルが中心地とされるのだろう。この場合、いかにも分裂した国という印象になる。

 大東亜帝国は国力という観点ではアメリカに引けを取らないだろう。しかし、国内に弱みを抱えるため、アメリカを上回る大国とはならない。アメリカの人種問題や経済格差は深刻だが、それでも大東亜帝国の深刻な分裂よりはマシだ。大東亜帝国はアメリカというよりもEUのような印象になるだろう。

 以前の記事で東アジアの地政学的分裂について述べた。この地域は大陸側と海洋側の間に大きな分裂があり、統合することは不可能だ。大東亜帝国を考えても、やはり分裂を克服するのは難しいように思える。民主的な統合では人口の多い中国内陸部が主導権を握り、先進地域は不満を抱える。日本による軍事征服はどう見ても不可能である。中国共産党による専制的な統合が一番現実味があるが、日韓の住民が強い反感を覚え、国家はいつも不安定だろう。台湾や香港の非ではなく手こずるはすだ。ソ連帝国でも最もソ連への反感が強かったのはロシアよりも豊かな東ドイツやバルト三国だった。これらの国はモスクワを常に軽蔑し、可能な時はいつでも西側に向かおうとしていたのだった。

 大東亜帝国が強固に成立する唯一のシナリオは中国が経済成長を続けて先進国になることだ。少なくとも沿岸部の一人あたりのGDPは日韓に追いつく必要がある。こうなれば、日韓は朝貢貿易の時代のように中国の主導権をありがたがり、一地方として統合を受け入れるだろう。国力面ではアメリカの倍以上になっているはずで、文句なしに世界覇権国である。産業革命が中国で起こっていればこの世界線があり得たかもしれない。

大東亜帝国の経済事情

 現時点の経済格差で大東亜帝国が成立した場合、面白いことになる。主導権を握る地域が存在しないので、インドやインドネシアのように分裂した国家になるのは間違いない。政治的配慮で首都はソウルとなる。日本海・黄海・東シナ海の海上貿易は非常に盛んになり、「内海」になるだろう。中心地のソウルは非常に賑わうだろう。

 韓国を中心とした「内海」に面した地域は軒並み繁栄するのだが、一つだけ異例の地域がある。それが北朝鮮だ。北朝鮮は東アジアのど真ん中にありながら、アフリカ並みの貧困地帯だ。韓国との経済格差は20倍、中国との経済格差は10倍で、本当に特殊な地域となっている。

 北朝鮮の振興に関わる専門の役所が設立されることは間違いない。膨大な税金が投入されるだろうが、北朝鮮の復興は困難を極めるだろう。地理的には有利な位置にあるのだが、ここまで格差が大きいと埋めるのは難しい。むしろ補助金漬けの歪んだ経済構造が生まれてしまうだろう。北朝鮮は人口2500万の生活保護地帯のようになるかもしれない。日中韓の膨大な資金援助で北朝鮮の貧困は覆い隠されるが、文化資本の格差や差別問題は長年引き継がれ、北朝鮮人は欧州におけるロマのような扱いになるかもしれない。

 とはいえ、経済的には大東亜帝国は賑わうだろう。地域の海上交易は極めて盛んになる。「東洋のブリュッセル」ことソウルを中心に、東京・大阪・台北・上海・北京といった都市は連結される。大阪と九州は勢力を盛り返す。戦前の両者は大陸への近さが利点だったのだが、戦後に大陸と断絶したことで衰退してしまった。大東亜帝国の日本は重心が西日本にシフトするだろう。日本海も「裏日本」という扱いではなくなる。

 沖縄も賑わうだろう。韓国人はチェジュ島に保養に行くことが多いが、大東亜帝国では沖縄になる。おそらく地域最大の保養地になることは間違いない。北海道も賑わうだろう。東アジアで最もスキーがしやすいからだ。しかし、韓国の賑わい方は異次元だろう。交易の中心地は有利である。近世ヨーロッパで最も豊かだったのは西欧の中心にあったオランダと大西洋の入口にあったイギリスだった。アメリカは欧州と東アジアの両方と交易がしやすいというのが強みになっている。それもアジアに面する西海岸の方が年々優位になっている。大東亜帝国の中心に位置する韓国は未曾有の繁栄を見せるだろう。ソウル都市圏は中国からの人口流入で東京を上回る世界最大の都市になるだろう。

 満州も現在よりも賑わうだろう。この地域は戦後衰退を続けているが、原因の一つは東西冷戦と北朝鮮問題のせいで地域交易から切り離されていることにある。大東亜帝国は韓国と満州の陸上接続が可能になるので、現在よりも賑わうことは間違いない。北朝鮮の清津港を使って日本との交易も容易になるだろう。

 大東亜帝国は世界最大の工業国であるため、メーカーは圧倒的だ。トヨタ・サムスン・TSMCといった企業の優位は更に強まるだろう。鉄鋼や造船に関しても前代未聞の独占状態となる。これに対してアメリカの優位はGAFAをはじめとするIT系となる。

 やや不利なのは中国内陸部だ。沿岸部と東北部は日韓に近い経済水準となるかもしれないが、内陸部にどこまで恩恵があるかはわからない。チベットやウイグルの民族格差も相変わらずだろう。むしろ臨海地域が未曾有の繁栄を見せることで国内格差は悪化する。7億の人口を抱える中国内陸部は巨大な貧困地域として大東亜帝国の最大の問題となるだろう。

 衰退するかもしれないのが香港だ。大東亜帝国が誕生してしまえば中国の世界に対する窓という香港の強みはなくなる。珠江デルタ地帯は以前のような輝きはなくなり、長江デルタ地帯に圧倒されるようになる。

 色々考えられるが、経済的なメリットが大きいことは間違いない。ただし中国内陸部からの移民問題は厄介な経済問題になることは間違いない。人口比と経済格差を考えるとアメリカに対するメキシコのような存在感だろう。

 大東亜帝国の経済上の弱みは少子高齢化だ。日本はまだマシであり、韓国や中国沿岸部は極めて深刻な状態だ。大東亜帝国の人口ピラミッドは「くさび形」となり、人口の半分以上が高齢者になるだろう。少子高齢化がどこまでアメリカに対する劣位になるのかはわからない。もしかしたら中国内陸部の貧困問題を緩和する可能性もあるからだ。現在の東欧や日本の地方がそうであるように、中国内陸部はどんどん若者が流出していき、年金生活者の暮らす地域となるだろう。

まとめ

 色々と想像は膨らむが、やはり大東亜帝国は現実的ではないだろう。日本を中心とする先進地帯と中国の断絶はあまりにも大きい。日本に中国を支配する力はない。国力の上で圧倒する中国だが、一人あたりのGDPは大きく劣り、日韓を安定して従わせることはできない。小さくて豊かな日韓と大きくて貧しい中国はどっちもどっちの状態になる。経済的にはメリットが大きいが、地政学的には非常に大東亜帝国は治めにくい国になるだろう。日韓と中国沿岸部は2倍の経済格差があり、中国沿岸部と中国内陸部にも2倍の経済格差がある。東西ドイツの格差は2倍よりも小さかったし、東ドイツの人口は西の4分の1だった。大東亜帝国の地域格差は例を見ない水準となり、国家統合は至難の業だろう。

 アメリカと大東亜帝国は世界の二大勢力として君臨するだろう。どちらが強力かは微妙だが、おそらくアメリカに軍配が上る。経済力は似たようなものだが、アメリカの方が一人あたりのGDPが高いので、より魅力的な存在として映る。大東亜帝国の石油供給は不十分で、ペルシャ湾への依存が解消できない。何よりも国内が脆弱であるため、アメリカほど身軽に動けない。大東亜帝国はこれほど強力な経済力を持ちながら、二番手の存在となるだろう。

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