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イランの次の一手はどうなるか?

 イスラエルがシリアのイラン大使館を攻撃し、イラン革命防衛隊の関係者が多数死亡した。これを受けてイランがイスラエルに対して報復攻撃に出るという見方が強まっている。気になるのはイランがどのような手段を使うのかである。

 イランとイスラエルの抗争が強まっていくのは中東全体の動きを踏まえてのものだ。以前の記事でも執筆したが、2020年代に入ってから両者の対立は深まっている。2010年代にサウジアラビアはイランと激しい代理戦争を繰り広げたが、ISISの勃興やシリア内戦での敗北を受けて単独でイランに張り合うのを諦めた。2020年代に入り、サウジアラビアやその他のアラブ諸国はイスラエルと融和するようになった。この30年間、一貫して増長するイランの勢力はサウジアラビアが止められる範囲を越えてしまった。次にイランに立ちはだかるのはイスラエルである。

 イスラエル・ハマス戦争のきっかけとなった10月7日の「アル・アクサの洪水作戦」はイランの協力によって成し遂げられたと言われる。イランはこの作戦を事前に承知していなかったともいわれるが、イランのハマスに対する支援が功を奏したことは間違いない。両者は2010年代に一度断絶しているが、イランは地域での勢力拡大和解することを選んだ。アラブ諸国はイスラエルに対して融和路線を取っているため、ハマスはイランが頼みの綱だ。イスラエル・ハマス戦争のお陰でイスラム世界ではイスラエルへの憎悪が高まっており、アラブ諸国の融和路線は大きく制約されている。イランにとって都合の良い展開だ。

 イランはこの先どう出るだろうか。イランによるイスラエルへの直接攻撃は不可能である。イランとイスラエルは遠く離れており、攻撃するにはイラクとシリアを越えて長大な陸路を往かなければならない。これではイスラエルとアメリカの空爆の的となってしまう。したがって大規模な陸上侵攻は非現実的だ。

 今までイランはレバノンのヒズボラを経由してイスラエルを攻撃してきた。ここにイエメンのフーシ派やシリアのシーア派民兵などが加わる。これらの集団はイランの支援を受け、イスラエル攻撃に邁進している。イスラエル・ハマス戦争によって死人が出ているのはガザだけではない。シリアとレバノンでも相応の死者が出ているし、イエメンでも散発的な攻撃が発生している。

 ただ、これらの攻撃は「ちまちま」していて、イスラエルに衝撃を与えるほどではないだろう。ヒズボラにしても、レバノン国内の基盤を危険にさらすような冒険はいくらイランの頼みといってもお断りだ。したがってイランによる報復攻撃は今までの延長線上で散発的な攻撃をイスラエルに加えるか、もっと違った方式を取るものと思われる。今回のイランの攻撃はペルシャ湾でタンカーを襲撃するとか、イスラエル本土に砲撃を加えるとか、そうした在来の延長線上になるだろうが、長期的にはもう少し抜本的な作戦を取るかもしれない。

 2020年代のイランが取りうる方策は核保有だ。イランは2000年代から幾度となく核問題の焦点に挙げられてきた。アメリカとしては中東地域にイスラエル以外の核保有国が誕生する事態はなんとしても避けたい。イランは核保有すればアメリカに滅ぼされる可能性を排除できるし、地域で無視することのできない軍事大国となる。この可能性を排除するためにアメリカとイスラエルは幾度となくイランを妨害してきた。

 しかし、イランは地下に大量の濃縮ウラン施設を作っており、結局のところ完成は時間の問題だ。というより、既に濃縮ウランは十分な量になっているかもしれない。イランのやり方で作れるのは広島型原爆に留まる。広島型原爆は量産に不向きだし、核兵器としては原始的なバージョンに過ぎない。それでも核保有の政治的威力は抜群だ。

 2023年10月7日のアル・アクサの洪水作戦の際にイランは背後で漁夫の利を得るという見解が有力だったが、最近のイスラエルの作戦に世界の目が向き、忘れられている。現在の状態では問題を作り出しているのがイスラエルであり、不安定要因になっているという風潮が出来上がっている。イランにとっては願ってもない展開だ。イスラエルが暴れれば暴れるほどイランは時間稼ぎができる。中東での西側世界の地盤は弱体化し、アラブ諸国はイランという本来の敵を忘れて反イスラエルに夢中になる。サウジアラビアやその他の諸国の指導者は真の脅威がイランであることは分かっているが、世論に押されて身動きが取れなくなる。イランにとってはこの情勢はチャンスとなる。

 イランが核保有を行えば一気に優位に立つことができる。イスラエルとイランは中東に核の均衡を成立させ、アラブ諸国は両国のパワーバランスの中で従属的な立場に追いやられる。アメリカやその他の勢力はイランを核保有国として遇さざるを得ず、イランは滅びる可能性がなくなる。イランとアメリカやイスラエルの緊張状態は一定以上高まることはなくなる。それに核保有は国外の脅威のみならず、国内の脅威に関しても有効だ。国際社会は核保有国の政権が崩壊して核兵器が流出する事態を恐れているので、核を持っているだけでその国に気を遣うようになる。ロシアやパキスタンといった国で内戦が起こるのは国際社会にとって悪夢であり、国家を崩壊させるような圧力を回避することが多い。

 というわけで、イランがイスラエルとの抗争に勝利する方策は長期的には核保有になるのではないかと思われる。アラブ世界が混乱し、世界の目がイスラエル叩きに向かっている現在はチャンスだ。もしかしたら核兵器が完成してもイランは「あいまい戦略」を取る可能性もある。ライバルのイスラエルがこの方針を採っているからだ。イランは核兵器を保有していると宣言せず、否定もせず、あえて微妙な状態を作り出していくのかもしれない。


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