見出し画像

読書感想「真珠とダイヤモンド」桐野夏生―バブルをめぐる若者たちの光と影―


「まるで夢から醒めた人が、何で起こしたんだ、俺は夢の中に戻りたいのにどうして起こしたんだって、怒ってるみたいな感じなんだよ。呆れるよな、勝手に甘い夢見やがってさ」
―望月くんの台詞より

新刊追い付けてなくて久しぶりに読みました。
相変わらず、桐野さんの本は面白過ぎて3日くらい現実に戻って来られなくなりますね。
私はバブル時代全く知らないけど、そういえば私の両親の結婚式ってバブルの象徴赤坂プリンスだったかも。

この曲↓が合う気がして聞きながら読んでました。YouTube見つからなかった。
ヨルシカ「カトレア」の楽曲(シングル)・歌詞ページ|1008197520|レコチョク (recochoku.jp)

★おすすめ→スリルを味わいたい人、バブルや金融に興味がある人、感情の機微を描いた話が好きな人
★あまり薦めない→疲れている人、癒されたい人

★あらすじ
舞台はバブル期の証券会社、萬三証券福岡支店。
高卒で就職した水矢子は母との関係に悩み、学費を稼いで東京の大学に進学を目指している。
水矢子の憧れは短大卒でバリバリ仕事をする気が強く美人の同期・佳那。
また、営業マンで上昇志向が強く全く周りに気を遣わないため周囲から浮いた存在の望月も佳那に恋をする。
「二年後には、みんなで福岡を脱出するけんね」
会社に居心地の悪さを感じている3人は福岡で稼いで成り上がり、2年後東京に行こうと誓い合うのです。
さて、若者たちの運命はいかに…??

この本を読み始めて急に思い出したことがあります。
昔1回だけ大型就活イベントで証券のブースに行ってみたことがあって。
ちょうど「どうしてこの企業に興味を持ったんですか?」と聞かれた時に目の前に座っていた日焼けした慶應の男の子が「金っすね」と言って笑ったんです。指で¥マークを作って。

私はそれだけで「ああ、ダメだ」と思った。
到底私がやっていけるような世界じゃないと悟ったんです。結局金融は1社も受けなかった。それで正解だったと今も思っています。

以下、結末ネタバレあり↓↓↓ 




やりきれない結末でしたね……
この話は、バブルの金に魅せられた若者たちが大人たちに徹底的に搾取され、殺されるという話なんです。
冒頭のフェイクが後々生きてくるのが圧巻です。
私はこの本で生き残った人と死んだ人の違いを考えていたのですが、誰かに惹かれて心を動かされたものは死ぬってことですか? どうなんだろう。

望月くんはめでたく佳那ちゃんと結婚し、バブルの上昇気流に乗って東京で稼ぎまくります。
でも結局はヤクザの山鼻と関わったことによって株で失敗して殺されることになり、その前に佳那と心中する。

作中では望月くん、佳那ちゃん、ヤクザの愛人・美蘭ちゃん、株予想家の取り巻き川村くん、と4人が若くして非業の死を遂げている。
彼らは全員地方から出て来て突然大金を手にした若者なんですよね……。
でも、突然大金を掴んで調子に乗るのって責められるようなことなんでしょうか? それは無惨に死ななければいけないほどの罪なのか。
そんなことはないはずです。
悪徳医師の須藤、ヤクザのボス山鼻をはじめ若者を利用する悪い大人たちはまんまと逃げ切っているのだから。

バブルの裏側には数えきれないほどのドラマがあったんでしょうね。
望月くんが登場時新卒の23歳で、享年27歳になってしまったので濃い人生すぎて呆然としました。

堅実に働こうとした水矢子ちゃんだけは一応生き残ることができる。
でもこの話って欲を出さず堅実に生きるのが大事、とかそう単純な話ではない気がする。水矢子ちゃんも結局……

美蘭ちゃんが行方不明になって始末されちゃったのも怖かった。
飼っているチワワが、まるで可愛いけど自分の力で生きていけない美蘭ちゃんを象徴しているみたいに感じました。

主人公の1人、望月くんは人を利用価値でしか判断出来ないし、だからこそ金融の世界でのし上がっていく。恋愛も所有欲求が強い感じで、相手の感情に配慮できない。
でも、まだ失敗から学ぶ機会はあったはずなのに、その前に人生そのものが終わってしまう。
最後にやっと佳那ちゃんの気持ち配慮できるようになったのに、何もかも遅くて銀座の和光の時計を見上げて涙を流すのが辛い。

望月くんの名前ってもしや藤原道長の「望月の歌」からきてるのかな。
「この世をば わが世とぞ思ふ 望月の かけたることも なしと思へば」
ですよね。他の人も名前の意味は色々ありそう。

望月くんと対照的なのが川村くん。私はすごく気になる存在でした。
川村くんは周りに徹底的に搾取されてしまうし、自分の優しさがいつか身の破滅を呼ぶことをよく分かっているんですよね。
最後には「ほんとうに悪いと思うなら、死んで謝りな」と南郷に言われて自殺してしまう。
川村くんのような人が金にこだわるのって少し違和感があったのですが、
最後にちらっとお母さんだけが出て来たところを見ると、もしかして母子家庭で生活が苦しい母に送金していたのかも知れないな、と思ったり。

水矢子ちゃんもかなり人の気持ちを察するタイプなのですが、でも感情のままに動いたら自分も川村くんのように身を滅ぼしてしまうことを分かっているんですよね。だから賢い彼女は身を守るために冷静に心を動かさずにいる。
それが「ダイヤモンド」なんですね……。
佳那ちゃんが「真珠」の意味も切ない。 

望月くんが浦安に引っ越した時にその生活で満足できていればな、と思ったけど、もうその時点で山鼻とのつながりはできていたので、やはり望月くんが佳那ちゃんのお姉さんを売った時点でこうなる運命は決まっていたのでしょうね。
銀座で死んで葬儀は品川の有名な桐ケ谷斎場、でも弔問客は殆ど誰も来ないっていうところが虚飾にまみれた人生そのもののようですごく悲しかったです。

この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?