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とらちゃんと与謝野晶子と祖母たちと

朝ドラ『虎に翼』、毎日楽しみに見ております。ククを見送ったあとBSで7時半から、余裕があればその後地上波でも8時から、さらにお昼に3度目を見る日もあります。

およそ100年前が舞台なのに、「昔は大変だったんだなあ」などと他人事のようにはとても思えない場面が多々あります。戦後に民法も憲法も改正され、参政権をはじめ法律上は当時と大きく変わった面もある一方、主人公のとらちゃんこと寅子ともこたちが抱く憤りや疑問や不満はいまの私たちにも通じます。肌感覚としてわかってしまう。

同じようなことを、『与謝野晶子評論集』(岩波書店)を読んだときにも感じました。晶子が改善の必要を訴えていたいろいろな問題は、令和の現在でもさほど変化していないのでは、と。あんなに力強い言葉で世に問うたのに100年後も状況が大して変わっていない社会を見下ろして、晶子はどんな顔をしているだろうと思います。与謝野晶子は1878年(明治11年)生まれ、とらちゃんは1914年(大正3年)生まれ。とらちゃんの本棚にも、もしかしたら与謝野晶子の著作があるかもしれません。

すでに鬼籍に入った父方の祖母は1926年(大正15年)生まれで、とらちゃんのちょうど一回り下。「寅年の女はきついと言われる」とこぼしていたことがありました。晶子、とらちゃん、祖母は、一回りずつ違いの寅年です。

『虎に翼』を見ていると、祖母たちが若いころ世の中や家の中はどんなふうだったんだろうと思います。女性参政権が確立した1945年、父方の祖母は19歳、母方の祖母は17歳でした。二人とも「成人しても参政権がない時代」は経験していなかったけれど、自分の母親や身内の大人の女性たちが参政権を持っていない姿を見て育ったのだなと、計算してみて初めて気がつきました。ひ孫のなかで私だけが唯一生前を知っている曽祖母は、「成人しても参政権がない時代」を経験した人でした。そう思うと、女性に参政権のなかったとらちゃんたちの時代がぐんと身近に感じられます。曽祖母や祖母にもっと話を聞いておけばよかったと、いまさらながら思います。

母方の祖母は、自分たち(女性)に参政権が付与された過程を覚えているかな。もしかしたら、戦後の混乱を生き抜くことで精いっぱいだったかもしれません。今度帰省したら話を聞いてみようと思います。

とらちゃんたちの冒険を見守って、一緒に怒って考えて、自分のなかの無意識を見直し、自分自身をどう変えうるか、身近なところで何か変えられるか、次の世代にどんな社会を手渡していくかを、探っていきたいと思っています。

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