短編小説『お福三姉妹』
お多福「いやぁ、今年ももうすぐ春だねぇ。」
お福 「ええ、早いもんですねぇ。姉さん。
お前もそう思わないかい。ねぇ、福。」
福 「本当に、あっという間でしたねぇ。」
お多福「あっ、ところであたしの芋ようかん
食べたのはどっちだい?」
お福 「…。」
福 「…。」
お多福「…そうかい。
いやぁ、しかしあっという間だねぇ。
冬らしい事なんて何もしてないのに、
もう春だなんて。」
お福 「ええ、そうですねぇ。姉さん。
お前もそう思わないかい。ねぇ、福。」
福 「本当に、冬らしい事、
何もしてないですねぇ。」
お多福「おや、福。
口に芋ようかんついてるよ。
ちゃんと拭きな。」
福 「(ゴシゴシ)
許してくだせぇ。
魔が差しちまったんです!」
お福 「福!お前、何だって姉さんの大事な
芋ようかんに手を出しちまったんだい。」
福 「だって…だって…!
冬だろうが春だろうが、夏だろうが
秋だろうが、いつもいつも私は
こうして頭下げてるだけ。
そんな事思ってるとき、目の前に
芋ようかんが…!」
お福 「福、お前ってやつは!」
お多福「待ちな。お福。そんなに目くじら
立てるもんじゃないよ。
福、お前さんの気持ちは分かるよ。」
お福 「福、姉さんに感謝しな。
お前少し疲れてるんだよ。
まぁそんな時もあるさ。」
福 「………。
分かりませんよ。姉さん達には。」
お福 「お前、なんて口を!」
福 「だって!
角度が違いますもん!全然。」
お多福「なんだい、角度って。」
福 「鏡見てみて下さいよ。
お多福姉さん、真正面向いてますやん。
お福姉さん、45度くらい。
まだ顔前向いてます。
でも私、90度。
もう年がら年中床しか見てないんです。
首痛いんです。
終いには心まで下向きですよ。
こんな気持ち、姉さん達に
分かる訳がない!」
お福 「ちょっと待ちな。福。
お前にあたしの何が分かるんだい。
良いじゃないかい。
下向いてられるんだから。
知ってるよ。たまに居眠りしてるだろう。
あと、変顔もやってるね。
あたしが楽に見えるか知らないけど、
45度の微妙な辛さは、
お前さんにはまだ分からないよ。
顔も身体も、
年中プルプルしてるのさ。」
福 「お福姉さん…!
でも、いつも正面向いて笑ってる
お多福姉さんには分かりゃしませんよ。」
お多福「フッ…そうかい。
だったら代わって欲しいくらいだよ。
あたしだっていい加減疲れちまったよ。
いつだって正面切って微笑んでなきゃ
ならないのは楽じゃないよ。
どんなに二日酔いだって、
どんなにパチンコ負けたって、
どんなにヒステリー起こしそうでも、
どんなに世界を呪いたくなっても、
どんなに…どんなに…(ブツブツブツ…)」
お福 「ねっ姉さん、その辺でっ。」
お多福「はっ!
ええと、何の話しだったかね。」
福 「お多福姉さん!
私…私ごめんなさい。
何も分からず生意気な事言って。」
お多福「ほほほほほ。
それじゃあ仲直りに、ちょっくら
芋ようかんでも買って来ようかね。」
福 「姉さん、あの店の芋ようかん
ちょっといまいちでしたよ。」
お福 「そうそう、今回のはちょっと
いまいちだったねぇ。
前はもっと芋感あったんだけどねぇ。
あれは絶対、芋の割合ケチってるね。
あそこはボーロか、塩豆大福のが…」
福 「…。」
お多福「…。」
お福 「…いやぁ。
今年ももうすぐ春ですねぇ。」
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