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焼き明太子とかがあるから、私は別れることができない。

でぷんとした焼き明太子が2本、2センチくらいのちょうどいいサイズでカットされている。それを2人でつつきながら、日本酒を注ぎ合う。

こういうのは私たちにとっては日常だ。強めのお酒と味の濃い肴に、お互いの声。

昨日の荻窪の夜は、秋の匂いがかすかにして、恋の終わりにもってこいの雰囲気だった(霧みたいな雨がふっていればもっとそれっぽかったかも知れない)。だけれど私たちの関係は終わってなくて、順調な感じで続いていて、で、明太子をつついていた。

いつもみたいに私はお気に入りのワンピースを着てきたし、トイレに行くたびにメイクが変なことになってはいないか鏡とにらめっこした。本当に、いつも通りのありふれた日だ。

そんなありふれた景色のなかで、だけれどこっそりと考える。小皿にポツポツについた明太子を、勿体無いなあと見つめながら、こっそり考える。

先週の別れの危機について。

別に、引きずっているわけではない。

彼のちょっとした不貞は、私にとってもやっぱりちょっとした不貞だったし、涙の理由はあくまで「嫌な思い」をしたからであって、「ひどく傷ついた」という類いのものでなかった。だからそれは「別れる原因」にはならなかった。

証拠に、こうやって今も日本酒を注いであげることができている。しかも、他の誰にも注げないくらいの愛を乗っけて。

しかしそれは「別れるという選択肢がなくなるくらい深くなってきた」などということではない。何があっても離れない!なんて風には思っていない。別に、そういう日が来ることも可能性としてなら頷く。

けれどなんというか、別れるって「変」なのだ。すごく。

だって、こんな感じで明太子をつついているのに、一週間後には連絡も取らなくなるということがあるなんて。

あの危機的な夜が私に残したのは、彼への嫌悪感ではなくて、こうやって災害的に私たちに降りかかる「別れる」「別れない」についての「変だよなあ」という感想だった。

変だよねえ、やっぱり。

2合目の日本酒にぼんやりしながら思う。

あなたと一緒になって、他の人とこんなに無防備にお酒を飲んだりはしなくなった。

今日みたいな秋の匂いは恋の終わりにぴったりだけど、それよりも私にとっては、あなたの誕生日がくる大好きな季節の匂いだ。

そんな自分のこころの声がして、ちょっと泣きそうになる。やっぱり、傷ついてるのかも知れないや。

ねえ、次何飲む?

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