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#92 ともだちは海のにおい

食事のあとで「店の奥に本屋があったよ」
と言うのでついて行くことにしました。

連休真ん中の昼下がり。人混みを避けわたしたちは家族でのんびり和歌山の郊外に来ていました。予定らしい予定もなく、木綿の暖簾が土間から抜ける風に靡くのをぼんやり眺めてお茶を飲む。お休みの日はこうに限るなぁとほのぼの。



窓の外は光が溢れるいい天気。お昼を食べた部屋からは自由な雰囲気の中庭が見えます。植えたのかひとりでに生えたのか、ひょろひょろとした木々と見上げるほどの枇杷の木に混じって、昔使われていたのだろう工場の機械や木箱がランダムに積まれているおおらかさ。
明るい緑と青空といいバランスで視界が開けてまるでジブリの画みたい。


元は漆工場だったというその建物は、文化財としての風情を残しながら
今もどっしと建ってお店として働いています。
入り口近くのスペースがカフェになっていて、通り土間を抜けた先にある中庭を横目に見ながら建物の一番奥にあるという本屋を覗きに行きました。


この廊下の右手が庭

途中教室2つ分ほどのだだっ広い場所を抜けると(天井もすごく高い)、小さな扉の向こうに急な階段がありました。本屋はどうやらその上にあるらしい。
どう見ても手作りの手すりを支えに恐々登ると、10畳ほどの部屋にたくさんの本が並んでいて思わず「わぁ」と声が漏れます。



文庫本や絵本はもちろん、古い雑誌やポスター、洋書や写真集、小冊子。古いものから新しいものまでたくさん!さぁどこから見ようか、とその場でくるくると回ってしまう。

早々に飽きてしまった息子を本棚の隙間のソファに座らせ、なんとなく目をやったテーブルの上にその本はありました。


「ともだちは海のにおい」工藤直子 長新太・絵 理論社

まさか!と言う驚き。

以前こども図書館でぱらぱらと見たことがあって
なんて静かできれいな本なんだと思いました。長新太さんのシンプルなペンの挿絵がまたとても良い。腰を下ろして読もうと思ったら息子に呼ばれてなんやかんやしているうちに閉館時間…  本の題名も作者名も思い出せないまま月日が過ぎていました。

ふりがな付きのやさしい言葉で丁寧にお話が紡がれていて、いるかとくじらの詩やお手紙なんかも出てきます。

・・・


眠れないいるかが1人 静かな夜の海を散歩しているとくじらと出会う。
互いに孤独を愛し、好むものは違うけれど
ふたりの友情はごく自然にピュアに深まってゆくのです

ピカピカの銀の玉みたいないるかは運動が大好き。
いるかのうちには体を鍛える道具がたくさんあって、それを使って毎日訓練する。疲れたらお茶を飲み、時々人間にも会いに行く。頭を撫でられるのがすき。

黒くて大きなくじらは不器用だから、たいていのものは口の中にきちんとしまってある。本棚とか、びーるとか。だからうちの中にはクッションしかない。本が大好きで、「〇〇学」と名のつくものを読むときはメガネをかける。頭を撫でてやるのがすき。

時々片方が旅に出たりすると、もう一方がその話を聞くのを心待ちにしていて
だけど一緒に暮らすのでもなく、時どき訪ねては一緒にお茶やびーるを飲む
個を尊重し、互いを良いと思い、その気持ちも大切にする
離れていても、心は常に寄り添っている


なんとも言えず可愛いのに、どこか大人びたふたりに惹かれます。

ーー「ぼくはいま、まいにちたいせつなひです。」いるか

・・・


嬉しくてその後寄ったいつものカフェでほとんど読んでしまいました。でもこれから何度も読むと思います。息子にも読んであげたいなと思うし、いつか彼がこのふたりの物語の本質に気がつくときが来たらどんなにいいだろう!

海底の砂に波の模様がずうっとついているのを
ただ水中を漂ってぼうっと見ているくらげみたいな気持ちのよい世界に入れます。

そんなわけで、連休の後半は静かで平和な海の中で過ごしたのでした。


5連休 他にも色々あったのだけど、
わたしは海の色とにおいでいっぱい。
なにかしなくちゃ、と大規模イベントにいそいそ出かけていくのもいいけど
行きたい方へ行けば自分の心を満たすカケラが落ちているものなのかもしれないな。


るる


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