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「美しいもの」という本から

「中をしっかり作る」話。

公園に本を読みに行った。
23区内にあるとは思えない古木のたくさんある公園で、魂が宿っているように思われる木がたくさんある。
いつも、「こんにちは」とそれぞれに挨拶しながら歩き、銀杏に手をかざして進む。

そんなことを思いながら、ベンチで
「白洲正子エッセイ集・美しいもの」
をひらくと、こんな文章が目に留まる。

私どもの次男が英国に留学していた時、友達と散歩に行った途中で、実にみごとな大木に出会った。
「ああ、この木には魂がある」
彼が思わずそう呟くと、英国人の友達はみな怪訝な顔をしたが、その中にひとりの中国人が交じっていて、
「本当にそうだ。魂がある」
と、二人は手をとりあって感激したという。     白洲正子「木とつきあう」

そして、伝統工芸の職人が、あまりに美しい材料を手に入れた時、加工するのが惜しくて、仕事場に置いていつまでも眺めている、という話に続く。
彼らは、加工しなくても、素材から目に見えぬ恩恵をこうむっているのだという。

日本人の思想を理解するためには、原始の感覚をなおざりにすることはできない。
香を聞く、陶器を味わう、という言葉があるように、ものを見る時も造るときも、五感のすべてを駆使して集中する必要がある。
頭でっかちの現代作家は、とかく外側ばかりを飾りたがるが、古今東西を問わず、そういう仕事は根無し草にひとしい。伊賀の陶工の福森雅武さんは、ある時ろくろを挽きながら、こんなことをいった。
「焼き物は、中をしっかり作っておけば、外はおのずから従いて来るものです」

日本人は四季を生かしたり、「道」のつく文化を継承したりと感覚的であることは言うまでもないが、全て「中をしっかり作ること」が求められると感じてきた。
「修行」をすることで、「中を作る」。
作品の、考え方の「本質」はどこにあるのか。

土台
付け焼き刃でないもの。
外的要因に惑わされるような浮き草のようなものではない。

先日、若い方々とマーケティングの話をした。
理論上のことと、実際に動かした経験値が違うことを説明するのが難しい。
肌で感じること・・・感覚の問題は、ある程度実践がないと腑に落ちないことも理解できる。
何が目的で、誰に届ければ意図したことが広まりやすいのか?
その手段は、こちらがやりやすい方法とは別のものだ。
必要とする物をわかりやすい形で、お金を払ってくださる方に届けることを真摯に考えなければならないのだけれど、SNSなど発信方法の問題にすり替わってしまう。

ターゲットを絞れない今回の話の場合、多様な層の分析をしなければ、
その人たちが「主語」になる、その人たちが「必要とするストーリー」が作れないままだ。
内側に向けてのスローガンは、この際、外の方には関係ない。
「私たちが得られるメリットは何?」
と聞かれて、一言で説明できる「何か」をはっきりさせたい。
それが謳い文句だ。
デザインなどの外的なことが先行してまうのだけれど、
実は、その部分は一番最後の仕事だ。
以前勤めていた企業では、その最後のデザイン部門で仕事をしていたため、全ての工程を見せてもらえたのは幸せだった。

土台がしっかりあれば、その場所に如何様にも構築していけるのだけれど、
それがないと、思いつきのまま物事が進んでしまう。
「思いつき」という言葉に語弊があるとすれば、「目の前のことを片付けていく作業」と言えるだろう。
土台がきちんとあれば、見せ方なり、知らせ方なりを何通りか作り、選択して配信することができる。

一番マイナスだと感じることは、失敗した時に、
「なぜ失敗したのか?」
「どこまで戻れば解決できるのか?」
「次には何を気をつけたらいいのか?」
が、うやむやになってしまうことだ。
その部分こそが、一番大切な経験であり、修行だ。
失敗は分析してこそ生きるはずだ。

「それが今の新しい風潮なのかな・・・。」
と思い、意見もしなかった。

しかし、福森雅武さんの言葉を読んで、改めて頷くことができた。
大きな流れの中で大切にしなければならないのは、
「中をしっかり作ること」だ。
「外はおのずから従いて来るものです」
などという言葉を、若輩者の私が思いつくわけもなく、ただ、間違ってないみたい・・・と答え合わせをしていただいたようだった。

福森雅武さんの土鍋は有名だが、本当に美しく実用的であると思う。
お料理も美味しくできる。
欲しい!と思う、大事に愛着を持って使い続けよう!と思う、土鍋なのだ。

私もそういう職人衆から、仕事の真髄を教えられることが多いのである。

とは、白洲正子さんの言葉だ。
この謙虚な心持ちこそが、何より大切なことだと思った。
美しいものには中身がある。
古木の太い幹があって、逞しい根があって、枝葉があり、魂が宿っているのだなぁ。





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