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【自己紹介#1】エンタメ作りに没頭した高校時代と、看護師を目指した理由。

現在わたしは、タレント・起業家・団体の「オンラインサロン」というコミュニティの企画や運営をしています。
もともとは総合病院のICUで働く看護師でしたが、なぜ看護師から現在の仕事をしているのか、わたしがどんな人間なのかを知って貰えたら嬉しいです。


私がオンラインサロンというものを知ったのは
2016年、25歳。当時はまだ普通の看護師だった。

看護師から独立して
オンラインサロンの企画や運営をし始めて、早3年。
立ち上げたオンラインサロン数は10以上、
抱えるオンラインサロンの最大規模は850名を超え、
最近は新しいオンラインサロンの企画も毎月1~2ペースで作っている。

「なぜ今の仕事をするようになったのか?」
「看護師から独立してどうやって今の仕事をするようになったのか?」
とよく聞かれることが多いが、そのきっかけは幼少期にさかのぼる。


#幼少期からの夢と、高校時代のミュージカル作り​。

愛知県の名古屋市で生まれ育った私は、幼少期からコンサートやミュージカルが大好きで、両親によく連れて行ってもらっていた。​

小学校の時に見たSMAPのコンサート(もしかしたら安室ちゃんのコンサートかも。うろ覚え。)に行って、きらきら輝くステージと、お腹まで響く音楽と、たくさんの人の熱狂する姿や大歓声を肌で感じた時、「私もこんなふうに人に夢を与える仕事がしたい!」と思ったのが原体験だ。


そんな夢を持ちつつ、たまたま入った高校では、たまたま吹奏楽部に入部した。私が所属していた吹奏楽部では、年1回の定期演奏会の2部で「部員が企画・出演・生演奏するミュージカル」が名物となっていて、このミュージカルをやりたくてわざわざそこの高校に入り吹奏楽部に入る人もいるほどだった。

ミュージカルは毎年、メインの学年から統括1名と、ミュージカルや演劇を仕事としているOBの先輩1名とタッグを組んで進めていくもので、たまたま縁とチャンスがあって、気付いたら私は自分の代のミュージカルの統括になっていた。

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#自分のアイディアを形にできる喜びを感じたものづくり

ミュージカルは前年の定期演奏会が終わったらすぐに、翌年の定期演奏会へ向けて1年かけて準備をする。
そして統括はとにかくなんでもやる。
自分で題材を選び、脚本を書き、衣装をデザインし、生地を買いに行き、演出を決め、生バンドに演奏してもらう曲と長さを決め、その楽譜も調達し、もうとにかくなんでもやった。

100名近い部員がいた部活だったし、多感な高校生が1年かけてみんなでものづくりをするとなればもちろんトラブルもつきもので、時には一部の部員から耳障りの悪いのお言葉を頂戴したり、泣いたり、怒ったり、早く引退したいと嘆いたりしながらの制作だった。

だけど大変だった一方で、
自分から湧き上がるアイディアを形に出来ることへのこの上ない喜びを感じていたし、必ず良いものが出来る確固たる自信があって、どんなに反感をかおうが、私に統括を任せて良かったと思わせられる自信があった。(根拠のない自信、まじで最強。)


#エンタメの道を反対され、反骨心で看護師を目指す。

そんなこんなで1年かけてミュージカルを制作した経験が、自分にとってはすごく充実した時間であり、喜びを感じるものだったこともあり、高校卒業後は海外の大学でエンタメの勉強をしたいと思っていた。

が、両親へ進路の希望を伝えたところ、2人揃って大反対。
夜中の3時まで泣いてわめいて大げんか。(泣いてわめいたのはもちろん私)

-----続く-----

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