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1年


今日は日本では
お釈迦様の誕生日。

レイキの資格をとってから
なんとなく意識するようになりました。


去年の今頃何してたっけ、と
ふと思ってスケジュール帳を開いてみると

ちょうど今日とリンクしたので
ブログに残しておきたいと思いました。


2020年4月8日

私は会社を休業した。


タイから日本へ帰ってきて
右も左もわからない関西へ来て
(実際めちゃくちゃ迷った笑)

日本語教師として
「地に足つけよう」
「なんとか金銭面を安定させよう」と

長く働ける会社を探していた。


2019年10月

ようやく見つけた企業
待遇も良くて
面接の時に聞いた仕事内容も
自分の理想そのままで

タイでの経験も
日本語の資格も活かして
ずっと働けると思っていた。


いざ入社すると
日本語の仕事がなかった
「今は必要ないから」と言われた。

ん?必要ないの?笑

じゃあ私なんで入社したんだろ?
まぁお金もらえるならいいけど


そんなことを考えながら
自宅から毎日1時間半ほどかけて
満員電車で通勤した。

仕事がないなら仕方がない。
いつか来るであろう時のために
教材をひたすら作り続けた。


そのうち休日
日本語の仕事が入ってきて
休出扱いで現場に行った。

それでも上司や社長からは
「いつも何やってんの?」

週報も日報も出していたけれど
私の分は読まれていなかった。



2019年12月

毎週土曜日に
外国語教室のボランティアを始めると
社長が言い始めた。

授業が増え始めたことで
平日は教材作りに追われる中

広報と主宰をひとりで任された。
そのうち外国人の勤務管理
月謝の管理も回ってきた。

「仕事ができてよかったな」と言われた。

平日は教材作りと広報、顧客管理
土曜日は外国語教室
日曜日は日本語授業

ほとんど休んでいなかった。

疲れが溜まっていく。
それでも私の代わりはいない。
日本語ができているだけありがたい。

次第に日本語よりも外国語が優先され
日曜日にも教室が増設された。


ん?あれ?

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私なんのために入社したんだっけ?
日本語を教えたいんじゃなかったっけ?

これって本当にやりたい仕事?

お金がもらえているからいいの?

本当に?


毎日自問自答を
気付けば繰り返すようになった。

だいたいの答えはノーだった(笑)


そんなある日
身体に異変が起きた。

咳が止まらない。


熱はないのでインフルではない
ひっきりなしにゴホゴホいって
苦しくて涙が止まらない。夜も眠れない。

1時間半の通勤が地獄だった。
インフルの季節
少しでも咳をすれば
周りからの視線がきっつーい。

それでも止まらない。

どうしよう、止まらない。

途中何度も電車を降りた。

それでも会社には行ったけれど
流石に身体を休めなきゃと思い
ここでようやく、せめて週に1日は
休みが欲しいと上司に伝えた。


2020年1月中旬

恋人が遠方から何度か看病に来てくれて

ようやく謎の咳が治った。
10年前に咳のしすぎで肋骨にヒビが入り
ここまで辛いのはその時以来だった。


2020年2月

元気になったということで
伊勢旅行に行こうと計画した。

久々の休息が
めちゃくちゃ楽しみで
その日がくるのが待ち遠しかった。


その前日。

身体にまた違和感。

右腹部に見覚えのある発疹。


16歳のとき以来

人生2度目の帯状疱疹


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もうね、泣いた(笑)

痛みを知ってるだけに泣いた(笑)

なしこのタイミングかい?って泣いた(笑)

一度罹ったら抗体ができて
2度と罹らんって誰か言っとったやんって泣いた(笑)


ストレス溜まってた?」

免疫が落ちている自覚はなんとなくあった。

そこでまた改めて
知らないうちに自分自身に
鞭を打っていたことに気が付いた。

ピリピリピリピリ
鈍痛で何度も目が覚めた。


会社も流石に任せ過ぎたと思ったのか

週2日休めるようになった。
ボランティアも他の社員が
協力してくれるようになった。


これでペースが作りやすくなるかなって
少し安心した矢先

567のニュースが飛び込んだ

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この時は得体が知れな過ぎて
ただただ怖かった。

何より私が満員電車で通勤することで
社内に撒き散らしたらどうしよう
それで社員に何か起きたらどうしようって
ほぼ恐怖感しかなかった。

自然と目にするもの、聞こえるもの
全てが感染症の情報に呑みこまれた。

外国人に入国制限がかかり
日本語の仕事がすべてなくなり

日本語教師として入社した意味が
いよいよわからなくなった。


そこで、ふと 少し前の
摂食障害の頃の
どん底の自分が蘇る

あの時も無理して無理して
心も身体も壊れていった。


また私は同じことを繰り返すの?

再び自分と対話した。

「本当に、それでいいの?」

「今のままでいいの?」

「そのまま明日、何かあったとしても
 私は絶対に後悔しないと言えるの?」


答えはすぐに出た。

それでも、なかなか決心がつかなかった。

でも」周りに迷惑がかかる

でも」これからどうするの?

でも」またひとりになったらどうするの?

思考が止めに入ってくる。

背中を押してくれたのは恋人だった。



そして2020年4月8日

会社に相談して休業した。


休業したのは
電車通勤をしていた私だけ。
周りからは批判された。

あなただけずるい
そう言っている男性社員がいると
休業中に社長が教えてくれた。


「みんながんばって出社してるのに」
「休みたいのはあなただけじゃない」
「家族がいても無理して来ている人もいるのに」
「一人暮らしなら(罹っても)大丈夫じゃない?」

当時の私には(今も)理解できない言葉を
休業したことでたくさん言われた。


だんだん私も
ここでは自分を守れない
ようやく、ようやく判断して

今までの感謝を伝え
5月に退職届を出した。

そして緑の多い
田舎にすぐに引っ越した。


休業から1年たった今


自分の部屋、家の外の自然に
目を向けてみて思います。


あの時本当に
勇気を出してよかった。


いろいろ言われた
批判もされた。
でも本気でそう思っています。

あの時人の目を気にして我慢して、我慢して

やりたいと思えない仕事を続けて
心が休まらない場所にい続けていたら

今の私は間違いなくいなかった。


きっかけをくれたのは

風邪のような咳だったり

16年ぶりの帯状疱疹だったり

567だったり


一見ネガティブにうつったものは
今の私になるためのヒントをくれていた。

だからこそ思います。


咳も、帯状疱疹も

今もまだ世界を騒がせる感染症も


私にとっては学びであり

目を覚ますきっかけを
くれた救世主たちでした。


自分がこうなったからこそ思う。

今、苦しくて苦しくて
それでも我慢して我慢して

今いる場所に固執して
生きた心地がしない人へ


とりあえず、手放してみん?


案外なんとかなるから。
なるようになるから。

人の目が〜とか
お金が〜とか

そこらへんの執着とか
プライドとか一切手放すことができたら

ほんとうに、何とかなるから。
何より心が楽になるから。

そこからまた始めたらいいやん。

生きてれば何回でもやり直せるから。


一度自分軸になって考えよう。

本当はどうしたい?

どう生きたい?

死ぬ時に何を思いたい?

どんな思い出を持っていきたい?

原点に戻ろう。
まわりの目だとか評価がどうこうじゃなく
あなたが自分で考えよう。

叶えてあげられるのはあなただけ。
望む通りに生きられるのはあなただけです。


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