最低と最高を知る意味。

 

上京して間もない頃、尊敬する先輩からこう言われたことがある。

「最低のものと最高のものを知りなさい。東京にはそれがどちらもある。

最低のものしか知らないのも、最高のものだけ知っているのも、どちらも良くない。

両方を知ってはじめて本当のものを生み出せるようになる。

だから、それを知るためにお金や時間を惜しみなくつかいなさい。」

それを聞いて僕は、コムデギャルソンでラックにかかっている洋服と量販店でワゴンに積まれている洋服を思い返していた。

コムデギャルソンでしか買い物をしない人は、量販店で売られている洋服を軽んじて見ているかも知れないし、量販店でしか買い物をしない人はコムデギャルソンを高いだけの洋服だと言うかもしれない。

 

僕が共通していると思ったのは「どちらもそれを必要としている人がいる」ということだ。

例えば、それがリッツ・カールトンとカプセルホテルだったらどうだろう。

高級料亭と牛丼屋だったらどうだろう。

何かを好きになって、それを生涯の仕事にまでしようと考えていると、大衆に向けられたものを物足りなく感じるようになってしまう。

しかし、それに興味のない他の人にとってはそのこだわりや価値のほとんどが意味のないことである場合もある。

つまり、「最低」や「最高」というものさしは、自分の立場や状況によって変わるものなんだ。

僕が最高だと思ったものを、別の人は最低だと言うかもしれない。

それはその「どちらかだけ」を知っていてもわからないこと。

自分にとっての価値だけでなく、それを価値と考えない人の価値観を想像すること。

もしくは自分にとって価値がないと思うことを価値と考える人がいるということ。

その上で、自分が本当だと思えるものを生み出すことに対して妥協をしないこと。

あの言葉で僕に伝えようとしてくれたのは、「自分と相手の立場、両方を理解しようとしなさい。」と言うことだったのかもしれないと、今となっては思う。

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松尾翼 Matsuo Tsubasa

1989年京都生まれ。「#日常の制服 」を展開するファッションレーベル『Ithe(イザ)』セールス・PR。2019年からエッセイスト、ライターとしても活動を始めます。 ご依頼は m2.aowi[at]http://gmail.com までお願いします。

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