愛してやまないカツ丼という料理について。


カツ丼という料理が好きだ。「いつから好きだったか」なんてことはもう覚えてないけど、中学生のときに部活で大事な試合があったりする前の日に母親が買ってきてくれた「かつや」のカツ丼がおいしかったことなら、今でも思い出せる。

しかし、そのときから「私はカツ丼が好きです」と表明していたわけではないし、むしろわざわざ食べに行くほどのものでもない。好きな料理を順番にあげていっても、人に言われないと思い出せないくらいのものだった。


大学を卒業した22歳の終わりである。東京の西荻窪という街に越してきてから「坂本屋」という定食屋があることを知った。たしかブルータスだかダンチュウだか、そういうたぐいの雑誌で見かけたのである。そのお店がどこにあるのかはすぐにわかった。家から駅に向かう途中にある、いつも行列ができているあのお店のことだ。

そのお店のカツ丼が、それはもう美味いらしい。そう人に(雑誌に)言われてカツ丼が好きだったことを思い出してしまうと、「せっかくだし行ってみよう」と、それから少したったある日に行ってみることにした。




写真が、坂本屋で食べたはじめてのカツ丼である。なんてことないよくある感じの古い定食屋さんで、ご家族で経営されているよう。出てきた料理を見て、まず卵がなんともいえずとろりとしていた。そしてだし汁と揚げたてのとんかつの匂い。ふっくらとちょうどいいかたさで炊かれたご飯。それはまぎれもなく、うたがいようもなく「100%のカツ丼」と言えるものだった。

たぶん、このお店は高級な食材をつかったり・特別な調理方法があったりといったことはないだろう。ただ、ごく普通の材料を組み合わせることによってこんなに美味いのである。その味はきっとその人にしかつくれないものなんだろうなぁ。坂本屋だと、旦那さんがとんかつを揚げて・奥さんが卵でとじる。きっと、このふたりじゃないと坂本屋のカツ丼はつくれないのだ。


それからというもの、いろんな人がつくるカツ丼を食べてみたくなった。

とんかつ屋さんの出す高級なカツ丼、そば屋さんで食べるカツ丼、ちょっと変わり者なカツ丼茶漬けやソースカツ丼。どれもつくる人によって味はちがうし、チェーンのお店でもそうなんだから、それはマニュアルでどうこうすることができないんだろう。

とんかつをだし汁で煮た卵でつつんで、ご飯の上にのせる。そのシンプルな作業にその人にしかできない組み合わせが、それこそ無限にある。

そんな「カツ丼」という料理を僕は愛してやまないのである。


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