note短編赤い人は来なくとも

【短編】赤い人は来なくとも。-後編-

〈……どうしたの?〉

 返事が返ってこない不安が私の裾をついついと引っ張った。メッセージに既読は直ぐに付いた。

〈いや、〉

 何か言いたげな彼の言葉を待つ。

〈すまんな〉

 彼の言葉に首を傾げる。

〈なんか話したくてどうでもよい内容なんだけど〉

 一瞬で顔が熱くなるのが分かった。相変わらず正直者の心臓は、胸の中でキャアキャア黄色い歓声を上げながら踊り始める。
 ただの短い文なのに、彼の声で脳内再生されて、ますます火照って仕方がない。

〈私も、話したかったから、ただ話せるだけで、そう言ってもらえるだけでも嬉しい〉

 あまりにも嬉しすぎて、正直に返してしまう。きっと、面と向かってじゃないから少し強気になれているのだ。今はその状況に感謝した。

〈本当は、クリスマス、一緒に過ごしたかったんだけど、こっちで色々忙しくて都合がつけられなくて……〉

 踊っていた心臓が寂しさで一瞬止まったかと思った。

〈お互い、忙しいもんね。仕方ないよ〉

 ――嘘。本当は、どうにか頑張って一緒に過ごしたかった。

 物分かりのいい彼女の振りは、優しい彼を困らせないため。

〈クリスマスはね、学校周辺の人たちにケーキを御馳走するんだ。最近はその準備で忙しいんだ〉

 調理学校に通う彼らしい忙しさだと思った。細いながらもたくましさを覚える腕で大きな天板をオーブンから出し入れする姿を思い浮かべる。

〈みんな喜びそうだね〉

 きっと、彼は一つ一つを食べる人を想って作るんだろう。「真心込めて作った」という言葉がよく似合う。彼の作ったケーキが食べられる人たちを羨ましく思った。

〈今度会う時は、君に僕の作ったケーキを食べてほしいな〉

 正直なその言葉に、ついつい表情が緩んだ。

〈楽しみにしてるね〉

 彼の気持ちを受け止めて、私も素直に気持ちを返す。

〈君のクリスマスの予定は?〉

 自分のスケジュール帳の中身を思い出す。クリスマスシーズンとは思えないほどの白さだった。

〈あるよって言いたいところなんだけど、何もないかな〉

 彼氏彼女のいる友人は恋人と過ごすし、独り身はクリスマス合コンなんて言って出掛けるらしいし、と周りの予定を思い出す。きっと、独りで遠慮ながらにチキンとローストビーフを買って、コンビニスイーツと赤ワインでクリスマス気分を味わうのだろうとぼんやりと思った。

〈そっか〉

 彼からの返事は、言葉を選んだ挙句のものか短かった。
 気づけばだいぶ時間が経っていて、お互い、明日に支障を来さないようにとこの日の会話はお開きとなった。

▼ ▽ ▼

 周りの盛り上がりはピーク。恋人たちは幸せそうに手を繋ぎ合い、親子はケーキを嬉しそうにする子に持たせ、独り身は女子会、合コン、イベントスタッフとそれはそれで楽しそう。
 私は、淡々と骨付きチキンとローストビーフと赤ワインをスーパーで買い、コンビニはやはりと小さなケーキ屋でショートケーキとプリンを買い、そそくさと幸せオーラに包まれた人々の間をすり抜け、アパートに戻った。

 相変わらず、明るくも温かくもない部屋に戻り、両手に抱えるご飯たちが一層哀愁を強くさせる気がするのは何故なのか。
 早々に風呂を済まし、パックをしている間に、チキンをトースターで温め直し、ローストビーフを皿に盛り付ける。スキンケアが終われば、赤ワインを開けて、気分だけでも楽しもうとそれっぽいワイングラスに少量注ぐ。
 机に並ぶものはいつもより豪華なはずなのに、やはり寂しさは拭い切れない。これが、クリスマスの悪戯というものか。

「やっぱり、分かっていても寂しい」

 誰もいないが、誰かに聞いてほしくて、一人の空間に寂しさが弱弱しく響き渡る。
 彼は今、何をしているのだろうか。まだ、ケーキを御馳走しているのだろうか。それとも、片づけに追われているのか。将又、お疲れ様、と打ち上げをしているのか。
 最後の可能性を色濃く想像してしまい、溜息が漏れる。
 想像するのはもうやめよう。今は目の前の御馳走を堪能しよう。

 久しぶりのチキンは子供に返った気がしたし、ローストビーフはより大人感を味わえた気がする。赤ワインともよく合って、何よりクリスマスを感じた気がする。やや満足して、今度は、ケーキの箱に手をつける。
 メリークリスマスとご丁寧に書かれたラベルをペリッと剥がしたところで、電話の着信音がなった。

 ――彼からだった。

 直ぐに電話を取る。

「……もしもし」
〈あ、もしもし? 今、電話大丈夫だった?〉

 声は落ち着いていて、周りも静かだった。

「私は全然。独り家でクリスマスを満喫してたって感じかな」
〈そっか〉
「そっちは? 今日は忙しかったんじゃ?」
〈嗚呼、さっき片付けも終わって、家に帰ってきたところ、僕もゆっくりクリスマスを満喫しようかなって〉

 ふと、違和感を覚えた。

「打ち上げとかはなかったの?」
〈ああ……あったけど、いいかなって〉

 へへ、と彼は照れたように笑っているようだった。

〈直接は会えないけど、夜くらい、君とクリスマスを過ごしたいなって思って〉

 ――ずきゅん。

 クリスマスに舞い降りた天使か将又、寂しそうな私への赤い人からのプレゼントか。少女漫画であるような胸を撃ち抜かれる感覚が、まさか、私に起こるなんて思ってもいなかった。

「……えへへ」

 嬉しすぎて、口をパクパクさせているだけで、やっと出た言葉は、ただの笑みだった。照れ過ぎて何も言えない。

〈本当は、電話掛けるの凄く緊張したんだよ。いつもそんなに電話なんてしないし、本当に用事ないのかな、とか考えちゃって〉

 安堵したのか、彼は早口に思いを吐露する。そんな彼をとても愛おしく思う。

「……か、掛けてくれて、声聞けて凄く嬉しい」

 勇気を出して、自分も思いを伝える。暫し、お互いに恥ずかしくって黙り込んでしまう。微かに、彼の吐息が電話越しに耳を撫でた。

〈……改めて聞くけど、今晩は、僕とクリスマスを過ごしてくれますか〉
「……もちろん」

 開いたケーキの箱から漂う甘い香りは、忘れかけていた乙女心を呼び起こし、彼の優しい声が、その心を潤した。
 こんなクリスマスも、一種の幸せかもしれない。
 クリスマスの夜、耳と舌は甘さにとろけた。

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