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オードリーの評伝ともいえる映画「オードリー・ヘプバーン」

映画(オードリー・ヘプバーン)

女優オードリー・ヘプバーンの生涯を追ったドキュメンタリー映画です。生い立ちから亡くなるまでを時系列的に、多くの関係者の証言を織り交ぜながらプライベートな映像も含めたその内容は、評伝ともいえる作品に仕上がっています。
証言するのはプロデューサーや映画監督、映画評論家、写真家、ファッションデザイナーの他、親族の息子や孫など、様々な人々がそれぞれの立場からコメントを寄せています。

貴族の家系に生まれた彼女は、ベルギーで出生後、第二次世界大戦中はオランダに移住しますが、両親の離婚でファシズムの信奉者だった父との離別がトラウマとなり、その後の人生に影響を与えることになります。

「ローマの休日」でアカデミー主演女優賞を獲得して、ハリウッドに華々しくデビューする訳ですが、「庶民的なドリス・デイでもなく、セクシーなマリリン・モンローでもない、新しいタイプの女優の誕生」との証言があります。

その後ファッションデザイナーのジバンシィとのコラボで、映画界だけに留まらないファッション界でもアイコンとしての存在価値を高めていったと、ジバンシィの元デザイナーの証言がありました。それは「ティファニーで朝食を」の冒頭シーンで、タクシーを降りてティファニーの店頭でコーヒーとクロワッサンの朝食をとる黒のドレス姿に集約されているとのことです。

映画界や音楽界のスターが、プライベートでは必ずしも満たされた生活ではなかったケースがいくつかありますが、彼女の場合も2度の離婚を経験しながらも、ひたすら愛情を求め続けた人生ではなかったかと思います。それは先述した父に愛されなかったトラウマの呪縛からの解放であり、人生で最も大切なものであるという信念にも似たものではなかったかと思います。
彼女の孫の証言で「世界中の人から愛されながら、愛を求めていたというのは悲しいことです。」と涙ながらに語っていたのが印象的でした。

人気女優の仲間入りをして数々のオファーも当然といわれる時期に、仕事よりも家庭を優先して、子供に愛情を注ぎながら家族第一の生活を選択します。

晩年はユニセフの親善大使としてアフリカなど各国の難民キャンプを訪れて、子どもたちへの救済を世界に呼びかけました。幼い頃から愛情の大切さを実感し、生涯を通してその重要性を身をもって実践していった人生であったと感じました。
(セリフは上映中の記憶によるもので、正確ではないかもしれません。写真は公式サイトより引用しました。)

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