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【映画評】 ギャスパー・ノエ『アレックス』(2002年版)についての小考察

公開当時(2002)アレックス役のモニカ・ベルッチ演じるアレックスの9分にわたるレイプシーンの暴力行為が賛否両論で渦巻いた作品なのだが、本作品の主題は時系列だろう。つまり時間の流れをどのように描くのかというエクリチュールの問題である。webからストーリーを引用すると

ある男を探してゲイクラブへ押し入る2人組。彼らは男を見つけ出すと凄惨な暴力を加える。発端はあるパーティの夜。マルキュスは会場に残り婚約者アレックスを1人で帰してしまう。その直後、アレックスはレイプに遭い、激しい暴行を受ける。自責の念に駆られたマルキュス。彼は友人でアレックスの元恋人のピエールとともに犯人探しを開始する。やがて、女装ゲイ、ヌネスを探し出した2人は、ヌネスからテニアという男の名を聞き出すのだった。

ストーリーとしては単純な時間軸で推移するのだが、ギャスパー・ノエ監督はそう簡単には済まさない。彼は時間軸を組み替える。つまり、可逆的な時間への脱構築である。

邦題の〈アレックス〉とはモニカ・ベルッチ演じる主人公の名なのだが、原題は〈irréversible 〉である。

〈irréversible〉はフランス語で「逆戻りし得ぬ(こと)」「取り返しのつかない(事態)」等を意味する形容詞・名詞である。

映画はエンドロールクレジットの逆回しで始まる。つまり、最初と最後が入れ替わる、シークエンスは後にあるものを先に示す時系列の逆転である。エンドロールクレジットの3文字R/E/Nが鏡文字となっているのも興味深い。なぜこの3文字なのかは、わたしには分からなかった。

時系列の逆転といっても、プロット内は逆回しではなく、プロットを単位とする時系列の逆転である。
話題のレイプシーンの関連で言えば、アレックスがレイプされるプロットの後にアレックスの恋人マルキュスと元恋人ピエールも参加するパーティーのシーンがある。その後のシーンはここでは省略するが、さらにパーティーに行く前、アレックスとマルキュスがベッドで眠っている時系列では始まりのシーンへとすすむ。だが、その後に、妊娠の簡易検査キットでアレックスが妊娠していることが判明するシーンがあり、いくぶん大きくなった腹部にアレックスが手を当てる『2001年宇宙の旅』を想起させるショットが挿入される。そしてラストにアレックスが柔らかな光を浴びた草上に寝転び、その周りに子どもたちが遊ぶ様子を撮った上空を浮遊する天使の眼差しのような回転する美しい俯瞰シーンがあり、そこで映画はエンドを迎える。時系列の逆転としては不思議なシーンで終わることになる。これを時間の不意の挿入といえばいいだろうか。最後の字幕〈Le temps detruit tout「時はすべてを破壊する」〉も示唆的である。

原題〈irréversible〉についての小考察
アレックスとマルキュスとのベッドのシーンで、アレックスが見た夢について話す下りがある。赤いトンネルの夢を見たと告げる。赤いトンネルといえばアレックスがレイプされるのはパリの地下鉄の通路のような閉空間で、しかも赤い光に包まれていた。予知夢なのかもしれない。また、アレックス、マルキュス、ピエールらが乗る地下鉄での会話で、ピエールはセックスを理詰めで語る。だが、アレックスはそれを否定するかのように、「あなたはセックスを頭で考えすぎている。セックスは行為」と反論するシーンがある。これは時系列的にはその数時間後に起きるレイプ、つまり、「セックスは行為(もちろん愛する者との行為ではなく暴力的な一方向の時間行為なのだが)」の伏線的な言説とも思えた。これは〈irréversible〉「取り返しのつかない事態」そのもののことである。このタイトルは時系列の逆転にとどまらず、たとえば、アレクスを一人で返してしまったことの恋人マルキュスの後悔といった映画内で起こる事態のことを示しているとも言えるのだ。
また〈irréversible〉には〈irrésible〉(=抵抗できない)、つまりレイプ(=暴力)と時系列という「破壊の時間」を内包していることにも注目すべきだろう。時間(=物語)は〈irréversible〉であり〈irrésible〉なのだ。

本作品の『アレックス Straight Cut』版(2021)が上映されている。通常の時系列に再編集した版である。時系列で編集することで作品はどのような位相へと転位するのかも興味があるのだが、そのことよりも、ラストの俯瞰シーンがどのように扱われるのか気になるのだ。

(日曜映画批評:衣川正和🌱kinugawa)

ギャスパー・ノエ『アレックス Straight Cut』版の予告編




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