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■「報道の犯罪」的行為

マスコミへの道(43)
新聞、放送、出版…マスコミ志望の方々へ

記者としては三流以下、サラリーマンとしては本社の部長にもなれなかった自分が、業界のあれこれについて書き綴っている。
まあ、読み物として、業界に関心のある方の少しでもお役に立てれば…の思いで今後もよろしく。

今朝、夢を見た。夢の話は、こちらのnote記事の主目的である現代詩に時々反映して書いたりしているが、きょう未明に見た夢は取材記者として抱える問題を反映したものだった。
夢の話なので、かなり忘れたし、頓珍漢な内容なのをお許し願いたい。

僕は、犯罪被害者の遺族・関係者と事件を取材してきた記者・関係者が集う飲み会にいた。
同じ会社の同僚か、後輩と隣合う場で、酒も入ってきたために、被害者側にも落ち度があったかのようなことを僕は思わず口にしてしまった。
シラフなら絶対、話さないようなことだが、取材記者、世間の人も一定数が抱いていた被害者側の落ち度。
当然、その場は凍り付き、1人また1人と腰を上げ、その場を去っていった。
僕も自分が口にしたことが、その場では絶対言ってはいけないことだと、酔った頭の中でも感じて急速に血の気が引いた。
そこでは誰かがとりなしたのかどうか、他社のマスコミ陣は仲間扱いされるのが嫌で帰ってしまったが、遺族・関係者から叱責されることはなかった。
しかし、後日、その遺族・関係者から出入り禁止が言い渡された。もちろん、僕のせいである。
それを言い渡されたのを受け、僕は社内の関係者の前で土下座して、自分の過ちを謝罪した…のである。
言葉を向けた被害者遺族・関係者よりも前に、身内に謝罪。出入り禁止によって、取材ができなくなる不始末への謝罪であった。
夢の記憶はそこまで…。
実際の記者、サラリーマン生活で仕事絡みでのそういう(土下座をするような)経験はない。

夢の中の事件が何を想定していたものか。夢の中でははっきりしていたが、目が覚めてから急に忘れてしまった。
ただ、最近のニュースに関連して思いだすとしたら、「和歌山カレー事件死刑囚の長女の自殺」とか、「池袋暴走母子死亡事故裁判」などでの被害者(真須美死刑囚の長女もある意味での被害者)が前面に出てくる話題があった…。
そういうのが、頭の中にあったのかもしれない。

事件事故の被害が大きければ大きいほど、マスコミは熱を帯びる。
そして、被害者の家族、遺族が「被害者」なのに報道による二次的被害を受ける、受けてきた。
実名公表の殺人被害者 匿名か実名かでも書いたが、この報道姿勢は今も変わらないのだ。
われわれはマス「ゴミ」ではない!とは今も思うが、マスゴミと言い放つ人たちの心情を理解し、謙虚さを失ってはいけない。
反省と自戒を込めて振り返った…のが夢の底にあったことかもしれない。


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