1M/10M

私には混沌が必要だった。

ありとあらゆるものを大きな鍋に入れてぐつぐつと煮る。
そして煮たものを最高性能のミキサーに入れて混ぜ、それを渦上の雲に仕上げて空に放る。
たちまち世界は灰色に包まれる。

光も闇もない、昼も夜もない、あなたの顔も見えない。

私は子供が絵具を無邪気に混ぜるように、
パレットにありとあらゆる色を出し、
それを絵筆でぐちゃぐちゃに混ぜる。

海も陸もない、彩りもくすみもない、あなたの影を見失う。

山を崩し、その土で谷を埋め、左官屋がきれいに仕上げた球を最後に粉々にする。
その上に津波がやってきてすべてをさらっていく。

山も谷もない、道も土地もない、私たちは地図を失う。

まっさらな灰色の世界。
全ての要素を均等に混ぜた世界。
私たちは昼を失い、彩りを失い、道を失う。

「さあ、ここから始めよう」と遠い声が言う。
あらゆる場所で渦が発生し、あらゆるところで衝突が起こっていた。
何かと何かの摩擦のせいで雷がひどかった。
こんなひどい状態では何も始められないと私は思う。
全てをまっさらにしてもらわないと。

「1回この灰色を片付けましょう。渦とか、衝突とか、摩擦がひどいです」
私は耐えかねてそう提案した。
「片づけてどうする?せっかく作ったのに」と遠い声は言う。
「片づけないと作業もできないでしょう。雷が怖くて作業できません」
「雷か。雷は落ちないから大丈夫。ほら、雷のよりどころになりそうなものは混沌の中に飲み込まれてしまったから」
遠い声がそう言うと、妙な納得感が生まれる。
「この混沌を一旦、無にできませんか?無にすれば、このひどい音は止むと思うんです」
現にここはひどい音だった。風の音、渦の音、それらが衝突する音、摩擦音、雷鳴。
「あれ、君は勘違いをしているよ。混沌こそ、無ではないか。今以上に無の状態なんてどこにある?」
遠い声はそう言った。
私は混乱し、絶望し、そしてそのうち納得した。
そうかもしれない。確かにここには何もない。

「さあ、いいかい?はじめよう」
遠い声はそう言った。
「もちろん」
と私は答えた。
混沌から世界は始まるのだ。

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