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植物のちからを見習いたい

「そこらへんに落ちてる、葉っぱとか、全部もって帰っていいいですからね! 一緒に並べておくと、勝手に根っこ、はえてきますから」

昨年の10月21日におこなわれた、多肉植物の寄せ植え講座に参加したときのこと。寄せ植えがおわり、すべて片付けていたときに、講師をして下さっていた先生が、こう言われた。

私は、よく意味が分からなくて、どういうことですか? と質問した。すると、先生は「この、寄せ植えのときにとれてしまった葉っぱ、一つひとつも生きてるんです。で、放っておいても、この茎からちぎれたところから、根っこがでてくる。で、土の上だったら、自然と土に根を伸ばしてまた、育っていくんですよ。おもしろいでしょ?」

こんな風に回答してくださったのだった。他の参加者さんたちは「他の植物でも葉っぱから増やしたりできますよね」など、にこやかに話をされていた。ふうーん、そんなふうにしても、植物って増えたり、育ったりするんだなあと、その時はぼんやりと思っていただけだった。

もって帰っても良い、とおっしゃられたのだから、テーブルの上に転がっているいろいろな種類の葉っぱたちを拾ってかえろう。そう思い、わたしはせっせと拾い集め、自分が作った寄せ植えの鉢の上にそっと乗せてかえった。

少し前から夫が大事に育てはじめた多肉植物のそばにそっと、私の寄せ植えの鉢を並べさせてもらった。寄せ植えの鉢の上にいろいろな種類の葉っぱが転がっているのをみて、夫は「これ、根っこはえてくるかなあ?」と、にこにこ笑っていた。どうやら、すでに葉っぱから根が生えて、成長するという知識を得ていたようだった。夫も、新たに増えた多肉仲間達がかわいいみたいで、「この葉っぱ達も、うまく育つといいね」といってくれた。

11月の終わり頃だっただろうか。毎日観察を怠らない夫から「あの葉っぱから、ひとつ根っこが出ているよ」との報告があった。私は全然気付いていなくて、どれどれと、見てみたところ、確かにか細くひょろりとした根っこが、葉っぱから飛び出していた。ただ、この状態ではまだどうにもできないため、また当分は様子を見守ろう、という話で落ち着いた。ほかの葉っぱたちからは、とくに根っこが出ている様子は見当たらなかった。しなしなと、枯れはじめているものもあったので、「拾ってきた葉っぱは、このひとつだけが成長しそうだな」と、その時点ですこし決めつけてしまったように思う。

そうして、月に二度ほど水やりをしていたのだけれど、転がっている葉っぱには根を出していたひとつ以外には、あまり注意を払わなくなってしまっていた。あまり、よく観察していなかったのだ。もう、この子たちは萎れているし、環境がうまく育たなかったのだと、勝手に決めつけていた。

しかし。いつもよりも余裕があって、いつもよりゆっくりと見てみよう。そう思い、普段並べている窓辺ではなく、テーブルの上に寄せ植え鉢を乗せて観察した。

驚いた。私はこれまで何をみていたんだろう? と思うほどに。

転がっていた葉っぱたちからビヨビヨと細いけれど確かな根っこがはえていた。窓辺に置いていたときは、一方向からしか見ていなかったのもいけなかった。光の加減で、見えにくい部分もあった。それにしても、「なんでこれを見逃していたんだろう?」と思うほどに、根っこが伸びていたし、植物の芽のようなものもぽこぽこと出てきていた。

私は何を見ていたんだろう。ちょっと、自分の観察眼が恥ずかしかった。節穴にもほどがある。ここまで成長していたのに、全く見つけられずにいた。植物にたいして関心を払っていない、ということだろう。

夫は、「いや、おれも見てたけど全然気づかなかったし、置いてあった場所によっては見えないから」と、私がすこし反省し、落ち込んでいたのを、なぐさめてくれた。

ここまで根っこが伸びていたら、植物自身の力で土のなかに根をのばしていけるだろう。けれど、一応見つけたからには植木鉢を用意して、根っこに土をかぶせてあげよう、ということになり、同じような状態になっていた葉っぱたちを植木鉢に移動し、また様子をうかがうこととなった。

自分の力だけで、生きようとする力のつよさ。まちを歩いていても植物からは、その生命力を感じ取ることがとても多い。ばっさりと切り落とした枝からでも、小さいけれど確かな芽吹きが見られることもある。環境が悪ければ花を咲かせ、種を増やそうともする。庭にはえた草なんかは、抜いても抜いても、またぴょっこりと顔をだしてくる。「雑草魂」という言葉がうまれるほど、たくましく、何度でも、何があっても耐え抜く力がある。

私はすぐに怖じ気づき、先回りばかりで不安になることが多い。だけど、こうした植物の力を目の当たりにしたときに、自分の不甲斐なさを改めて感じてしまう。私という人間は、ここまで「生き抜いてやるぞ」という力があるだろうか? ポッキリと折れてしまったら、そこで枯れて、おしまい、だと決めつけていないだろうか、と。

折れた枝の先からも、小さな芽吹きが出てこられるように、しっかりとしていきたい。そして、目の前で起きていることを「ちゃんと観察する」という力を身につけたい。一方向からだけ見るのではなく、あらゆる角度から、見つめてみようと思う。

 

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