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彼女の名前を、聞けばよかった 前編【ある、バイト。】

高校三年生の三学期。

推薦入試で大学が決まっていたわたしは、学校には行くものの、とりたてて勉強に力をいれることもなく過ごしていた。

年末年始には、クリスマスケーキを販売する短期アルバイトを夢中でやっていたけれど、一月もお正月を数日過ぎるととにかく暇で、三学期の始業式よりも前にバイト期間は終了してた。

冬に短期バイトを募集するイベントが、まだ残されていた。そう、「バレンタイン」だ。

バレンタインデーが近づいてくると「特設会場」などがあちこちで設けられる。有名店舗や、海外からその時期だけやってくるショコラティエのチョコレートが所狭しと並んでいる。それはいまから二十年前も、同じようなことが行われていた。

2月11日くらいから、バレンタイン特設会場でのチョコレート販売のアルバイトに、わたしは申し込んだつもりでいた。「チョコレートのラッピングと販売などの補助」と募集要項に書かれていたように思う。

応募したいと電話をかけたとき「それでは面接にきてください」と言われた。どこまで出かけていったかは、まったく覚えていない。大阪市内まで電車に揺られていったのか、それとも最寄り駅のビルだったのかも。

ただ、そこで面接を受けたとき「もうワゴンでの販売員は決まってるんです。包装してもらう、14日限定のバイトならあるけど、やりますか?」と聞かれた。

本音をいうと、単純にお金を稼ぎたかった。あと一か月半もすれば、わたしはひとり暮らしを始めるし、それまでに軍資金というかすこしでも自分で使えるお金を増やしておきたかった。短期バイトとはいえ、一日限定じゃなくて、数日間続けて働いたほうが、仕事も覚えるだろうし、効率よくお金が稼げるのに。バイトを申し込むたびにあちこち面接に行くのも、正直なところめんどくさかった。

「やります」

それでも、わたしはそのバイトをやることにした。

ここで断って、ほかのバイトを探すのもめんどくさかった。一日だけだし、一万円の稼ぎにもならない。それでも、もう面接に来ちゃったし、とりあえずなんでもいいから働こうと決めた。その時すでに「アルバイトよりも、面接が厄介だな」と感じていて、面接で合格っぽい印象ならそこでやると決めたほうが楽かもしれないと考えていた。時給が良いほうがありがたいけれど、正直言って高校生三年生の時給なんて、たかが知れている。

14日限定のバイトは、思った以上に単純だった。

あるスーパーに「チョコレート包装担当」として出向く、という仕事内容。スーパーでバレンタイン用として販売されている(けど安い)ハート型のチョコレートだったり、ウイスキーボンボンのようなもの。包装されずに販売されているものも多数あるので、それをその日だけ特別に無料でラッピングサービスするというものだった。

たしかに、それならば需要は一日で終わるだろう。バレンタインデー当日にスーパーで購入するチョコレートは、たいてい家族とか、知り合い配る程度のもの。いわゆる義理チョコが多いはずだ。自分で包装するもの面倒だけど、むき出しでプレゼントするのもなあ……という人向けのサービスだという。なんというか、すごくピンポイントな需要だった。

とにかく、「チョコレート包装担当」として任務を果たさなくっちゃいけない。そのため、「やります」といったあとには、別の部屋に通されて包装の特訓が待っていた。

そこには大きなテーブルが部屋の真ん中に置いてあった。すでに数名、練習に励んでいる人もいた。わたしと、もう一人か二人集まったところで、長方形の空箱をそれぞれに配られた。包装紙はテーブルの上に無造作にばらまかれていたので、適当にとるように言われた。

ラッピングの方法は二種類教えてもらった。ひとつは包装紙の真ん中に包みたいものをおいて、左右、上下を張り付ける方法。もうひとつは、包装紙の左下に対象物を置いて、包んでいく方法。

「特別に包まれてるっていう気持ちが、お客様は欲しがってます。できる限り包装紙の左下から包む方法を覚えて帰ってください」面接してくれた人が、そういいながらラッピングの方法を教えてくれた。リボンをかけることまではしなくって、リボンの形だったり「Thank you」などと書かれたシールを貼れば完成。その時間にラッピングを学んだ私を含めた数名は、わりとみな不器用で、包装紙になんども折り目をつけながらも「あれ? これじゃ紙が足りひん……」などと、何度もやりなおしていた。しまいには「本番まで自宅で練習しといてくださいね。みんな下手やし」と突き放されてしまい、その日は帰ることになった。

(思いのほか長くなったので、明日の後編につづきます)











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