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これがインナーチャイルドケアってやつなんじゃないかな。

今読んでいる本に
ミッドナイトスワンという映画が
自分を愛するとか
愛されたいのに愛されなかった
という自分の中にある感情を癒してくれると思うのでおすすめ。
みたいに書いてあって
だけど結構悲しい物語。
とも書いてあったので

よし、観るか。
と、久々に映画を観るのに気合を入れていざ鑑賞してみました。
(学生の頃は救い用のなさそうな暗い映画が大好きでリリィシュシュのすべてとか
蛇にピアスとか見て一週間とか1ヶ月意味もなくゲッソリ落ち込むみたいなことをやってた)

内容をざっくり説明すると
草彅剛が演じる主人公が性同一性障害で
虐待を受けてネグレクトされていた親戚の10代の子供を育てる
というような話。

見ていて主人公が泣きながら
何で、何で私だけ
みたいなセリフを言うシーンとか
私が何を悪いことしたって言うのよ!
みたいな言葉が印象的で
自分にもそう言う時あったなっていう懐かしい気持ちになったし、
(学生時代に同級生に無視されたときのこととか、それが尾を引いてその後もなんか色々上手く人間関係を構築できないみたいなことがあった。というか今もそう言うところまだあるかもなあ。)
登場人物たちが私の中にまだあるそう言う気持ちを代わりに代弁して言ってくれているようで
どこか私が癒されているような感覚があった。

見終わった時には
何で皆んなおんなじ人間なのに社会は平等に扱ってくれないんだろう。
あらゆるボーダーがさっさと消えてなくなってみんなが何も違和感を覚えず生きていけたらいいのに
って久々に思った。

でもこれを書きながらも
すごく辛い経験をした私はどこか周りの人と違う、理解し合えない人種がいる
って思ってる節があると言うことにも気がついた。
私はボロボロに傷ついているから人よりスムーズに人生を歩んでいけないと言う思い込みが私の中に多かれ少なかれある。

あ〜なんて勿体無い。
あ〜気づけたんだなあ。

過去の私はここで気づけても
こんな風になったのは
あの時あいつらが私を無視したからだ!
と今目の前には存在しない人たちを責めて責めて責めて
それはまるで誰も居ない場所にボールを投げ続けるようなことで
何も帰ってこない
ただの頭の中の妄想みたいな。
そんなことをしていて沼にハマってしまっていた。

だけど気づいたらそこから変化する
という方程式を氣功で習ってから結構納得できるというか。
つまり気づいたら
なんだ、そんな風に思っていたのか
大丈夫大丈夫。
私は何にも縛られてないし
誰とも何の境界線もない。
という安全確認をするだけでいいということを知った。

ちょっと眠くなってきちゃって
これ以上饒舌に映画の感想を自分の体験と交えて語れなさそうなんだけど
かなり大きな気づきが自分の中にあった感じがするのでこんな感じで記しておこうと思う。

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