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最初に座った席が好き gion

その日は滅多に行かない高円寺へ行く用事があったから、何年も行ってみたかった小さな喫茶店へ意気揚々と向かった。いい感じのはずの開店30分後にたどり着いて、小さいドアがまだ開いていない。明かりのついたカウンターのマダムと目が合い、ごめんなさいね今日は、まだ開けられないの。とばっさり。何時に開くかそんな質問は野暮だとすぐにわかるから、お礼を言ってどうしよーーープランBは何があるかしら。

駅前のプリンとフルーツサンドが人気の喫茶店はもう行列していそうで避けたい。今日は人気に紛れる自信がない。
隣の駅はどこだっけ阿佐ヶ谷!だったらgionに行こうむしろ行きたいわ。ナイスプランBで自分をほめながら西へ。

朝から緑色のネオンが光るgionは昭和レトロ♡とかいってチャラく盛り上がっても許してくれそうな懐の広さ、なんでも大丈夫よって言ってくれるマダムとアイドルみたいな制服のバイトちゃんたちで成り立ってる。

初めて行ったときから右側の小さいテーブル席に案内され続けてきたが、この日はじめて、ブランコ席でもいいですか?と聞かれた。ブランコ席とは文字通り椅子がブランコになっているgionの特別席。ふらり町歩きもオズマガジンも絶対映してくるあの席。

突然の甘い誘いに戸惑う。くるっと見渡しして、一人客のスペースはいまそこだけねと自分を納得させ、ブランコにびっくりしてませんよ風を装って、大丈夫です、と小さく答える。お隣のカップルに注目されつつ着席。席からちょうど見える半円形のカウンターは中心にマダムがいて、手前にはパフェグラスにたっぷりカフェラテを入れさらにアイス乗せのお姉様がパソコンで仕事してる、風景として最高。真横から次々料理が現れる、名物ナポリタン大盛り二皿、ハムまで乗ってる。gionのサービス精神にいつも惚れる。

フラれた喫茶店も含め今日は薄暗い気分だったので、ハムトーストとアイスのウィンナーコーヒー。

「リキュールで香り付けされたゆるめの生クリーム、別添えでエバミルクもつきます」
きちんと、これを好きで作っています、おいしいですよ。という思いが伝わってくる、絶対的な安心感。本当においしいウィンナーコーヒーを作ってくれる数少ない正統派喫茶店として永遠に存在してほしい少なくとも私が死ぬまでは。アイスで頼むと長いスプーンを添えてくれるのもうれしい、だって先にちょっと食べたくなるでしょクリームだけ。

とろとろ飲んでいるとハムトーストが運ばれてきて、トーストと言いつつサンドイッチの形状をしていて、ぎりぎり挟めている大量のレタスは滴るドレッシングがだはだはで、なんか全てがいいなーと笑う。いつもこんがりパンの上に一枚乗ってくるレモンスライスをそっとどかして食べ始めてしまうけど、このレモンのスマートなあしらいを知りたい。

ずり落ちてくるトマトとハムを戻しながらぶあついサンドイッチを食べて甘いコーヒーを飲む。きっと今日はgionに来る日だったんだな。しみじみうれしく、永遠に繰り出されるナポリタンの銀皿とお姉さんのあんまり減らないカフェラテを眺めながら微睡みそうになる。外は灼熱の東京の線路脇だから倍で特別感。

ブランコは想像していたよりずっと静かで、椅子としてちゃんと食事をさせてくれた。きっと次に来るときはまた右側の小さなテーブルで、チューリップ型のランプとお皿でテーブルがいっぱいになってわちゃわちゃする。もし誰かとまたブランコチャンスが訪れたら、ブランコの方に座っていいよって優しく言おうと思う。でもトーストを頼もうとしている人に、トーストが来ないことは教えないで、べしゃべしゃになったら一緒に笑いたいと思う。




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