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宇宙のどこにいたって

「将来だれかと結婚する」

ということを意識したのはいつだっただろう。


記憶をたどると、私は小さな頃、誰とも結婚するつもりなんかなかった。

父母や祖父母と離れて暮らすとか、別の家の人間になるとか、そんなことは想像もしたくなかったから

「マイミは大きくなってもけっこんなんてしないでいえにいる」

と強く誓っていた覚えがある。これを口に出すと、家族はとてもうれしそうな顔をした。


私の母の実家は自宅から車で10分の距離にあり、もうひとつのわが家のように毎週末泊まりに行っていたのだけど、その家には「跡取り」がいなかった。祖父母は私たち姉弟しか孫がいなかったから、それはそれはかわいがってもらった。

母は、できたら私か弟を母の実家の跡取りにしたいと考えていたようだ。

大好きな祖父母の家の跡取りになるなら、それでもいいかな。こんな自分でも、家族の役に立つなら。

そんなちょっと誇らしい気持ちもあった気がする。

でもそれは本当に小さかった頃の話で、成長するにつれて気持ちにも変化が生まれることになる。


私は関東の、自然豊かな地域で産まれ育った。

個人の自由よりも「家」というものに重きをおかれる地域で、長男が産まれれば「跡取りができてよかったねぇ」と悪気なくお祝いの言葉として贈られるようなお土地柄。

私は第一子で、長女で、長女らしく責任感をもって育ったかというとそうでもなかった。幼い頃は引っ込み思案で遊び相手は弟しかいなく、空想ばかりして、それを文字やら絵やらを駆使してノートに書き留める毎日だった。

強い調子ではないけれど、よく母からは「お婿さんをもらうといいね」と言われた。「家を継いでほしい」という期待がびしびし伝わってくるパワーワードだ。

緑がたくさんあって、土のいい匂いがして、素朴な実家の雰囲気や惜しみない愛を注いでくれた家族のことは大好きだけれど。

家を継ぐって、どういうことだ。やどかりじゃあるまいし、この先の長い人生、そんな重いものを背負って歩いていける自信も気概もなかった。たびたび投げかけられる呪いのような言葉に嫌気がさした。

でも、家族を悲しませたくはない。

自分の中の「いい子」な部分がそう言って、あいまいな笑顔みたいな表情をお面のように貼り付けた。

若い頃は早く家を出たくてしかたなかった。そのあたりの心情をつらつら書いたのは、ちょうど1年近くまえのこと。



現在、実家からだいぶ離れた地域に住んでいる。お婿さんをもらうことなく職場で出会った夫と結婚し、家を買い、都会でも田舎でもない地域で3人息子とカオスながらも快適に暮らしている。家族を裏切ってしまった罪悪感と、「でも、これでよかったんだ。自分の人生を生きるんだ」という感情の間くらいで、ぬるく生きている。

こんな予想だにしないご時世になってしまった今、実家にも気軽に帰れない状況が重くのしかかってくる。高速でいけば1時間半で帰れる実家なのに、とんでもなく遠いとこまできてしまった感じがする。

もっと近くに住んでいたら。お婿さんをもらって、家を継いでいたら。

どんなにたらればを言ったってきりがないのだけれど。

私が幼いころから家族に「跡取り」という名の時代遅れの呪いをかけられていたからかもしれない。バラのつるにきゅうきゅう巻かれてちくちくトゲが刺さって、ちょっと痛い。かなり痛い。


∞∞∞


最近、4歳の二男が「けっこん」という言葉を口にするようになった。

どこで覚えてきたのか、

「じろちゃんは、かっかがだいすきだからけっこんしたい」

と言い出した。長男はこういうことは言わなかった気がするから実は初めての経験で、心の中でにやにやが止まらない。結婚という意味をどこまで理解しているかあやしすぎるけれど、とにかく大好きなひととずっと一緒にいることだと思っているらしい。小さな頃にもっとも身近な親に抱く、よくある感情なのだろう。

うれしすぎるけど、こういうとき受け入れてしまうと父がライバルになってしまい父子関係が悪くなると聞いたことがある。

「ありがとね。でも、かっかはとっとと結婚してるし、家族で結婚はできないんだよ。残念だけど。じろちゃんも、大好きで大切にしたいと思える子をみつけてね」

と伝えてみた。その後は、時々思い出したように

「かっかとけっこんしたいんだけど、とっととしちゃったんだもんな~」

とぼやくことがあり、ちがった意味でまた私をにやけさせる。

結婚できないけど、大好きだから…としょうがない様子で、おもちゃの指輪をはめてくれた。その指輪は大人の指には小さすぎて、ピンキーリングにするのがやっとだった。二男のまっすぐな瞳に似たキラキラ輝くオレンジ色のかわいいハートがついている。


結婚は他人どうしが家族になる手続きだと思っている。夫と私は他人だったけど、絆を深めて結婚という形で家族になった。私と息子たちは、生まれた時から家族だ。


それでも、息子たちに「跡取り」の呪いをかけるつもりはない。

うちは男の子ばかりだから、将来は私たちとの距離感もドライなものになっていくことは、覚悟しているつもり。いつでも会える距離にいてくれたら安心だし、心強いという気持ちがないといえば嘘になるけれど。

宇宙のどこにいたって、元気で過ごしてくれていたらそれでかまわないから。熱中できる大好きなこと、大切なひと、信頼できる仲間をみつけて、元気に心豊かに暮らしてくれることの方がずっとずっと大事なことだと思うから。

その頃には、ビデオ通話よりもさらに画期的なツールが開発されてるかもしれないし、展望は暗くないはずだ。


私はきっと、息子たちが大きくなって「家をでる」と言ったとき、二男が「かっかとけっこんする」と言ってくれたこの瞬間の気持ちを思いだすんだろう。

やっぱりちょっと、泣いちゃうかもしれないな。

〈おわり〉

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