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『爺様恋のメロディー』

ある打ち合わせを終え・・
腹が減った‥
地理的によくわからない場所…どうするか…
とにかく、何か定食の様なものが食べたい!…呑むか?…いや定食が食べたい!
和か洋・肉か魚か・・・ちょっと寂れた感じの商店街をキョロキョロしながら歩く

『家庭料理・お袋の味 さがみの』の看板に目が止まる。
かなり古めかしい佇まい、店先の食品サンプルもすでに色が落ちモノクロ状態・・うん?
焼き魚定食・刺身・カツ丼・トンカツ・焼肉・ハンバーグ・蕎麦・うどん‥そして
ラーメン・ナポリタン・ピザ・ドリア・クリームソーダー・コーヒー・パフェ・・見事!何でもあるぞ、これは良いか、最低か・・・暖簾越しにそっと覗いてみる…
女将さんらしき婆さんがカウンターに座りテレビを見ながらタバコを吸っている。
客はテーブル席にサラリーマン風の男性が二人‥
“大丈夫か?この店・・”と言う思いとは裏腹に物凄く魅力を感じる。
最悪な味・雰囲気だったとしても、それはそれで面白い…ちょっと期待すら・・・スカスカになった縄暖簾をそっと潜る…
ゆっくりと振り返る女将、煙たそうな顔でタバコの火を消し、
「いらっしゃいませ、どうぞお好きな席へ」
ゆっくりとした動きでボロボロのクリアファイルに入ったメニューとお茶を持ってくる。
ファイルの表面にガムテープが貼ってありそこに【おしながき】と手書きで・・
しかも何だ、このメニューの数は、加えてクリアファイルが曇りガラスの様な状態で見にくくてしょうがない・・
店内にはられているメニューから選ぼうとファイルを閉じる‥
”何を食べよう・・どうしよう“と少し焦る(が楽しい)
とりあえず…
「すみません、ビール貰えますか?」
「はい」
と同時にサラリーマン風の二人が‥「ご馳走さん、ここ置いとくよ!」と
勘定をテーブルに置き出て行く!女将さんは振り返る事もなく、「はい、いつもどうもね」“常連かぁ、もしかしたらここ美味いかも・・”
「はい、お待たせしました、よかったら、これお通しね」とビールと小皿を二つ、
キムチに里芋の煮物・・・“いいね!”
ビールを注ぎ、一気に!冷えていて美味い…お通しに箸を・・“うっ、美味い!”
これは期待できる・・さて、どうしよう…
店の奥に貼ってあるメニューに目が止まる、“ニンニクたっぷり”かぁ・・・よし!「スタミナ定食ください!」
「はい、玉子乗せるけど、生でも目玉焼きでもできますけどお好きな方を・・」
「う〜ん・・目・いや、なっ、う〜ん…な・生で、お願いします」
「はぁ〜い、少々お待ち下さいね」
「あっはい」とキムチをビールで流し込む・・“楽しみだぁ〜”
すると
「おぉ〜い!バァさん…ビールもらうぞ」と言いながら一人の爺さんが入ってきた
「あぁ・・自分でやってぇ」
「おぅ!」とコチラをチラッと見てニコッと笑いながら軽く会釈をし
自ら冷蔵庫からビールを取り出しビールを注ぎ…クゥ〜と流し込み・・
「あぁ〜うめぇ〜!」
「どこか行ってきたの?」
「えっ、軽〜く入れてきた」
「もう呑んできたの?・・まったく…しょうがないねぇ」
「良いじゃねぇ〜か・・・ねぇ」とこちらに何とも可愛い笑顔を
こちらもニコッと笑い自分のグラスで乾杯のような仕草を見せると、爺さんも嬉しそうにグラスをあげて無邪気な笑顔で・・
「ここ初めて?・・何食っても美味いよ!」
「そうですか、楽しみです!」
「ちょっと、酔って他のお客さんに迷惑かけないでよ!…ごめんなさいね!」
「いやいや…大丈夫ですよ!」こう言うのが好きなんだよとちょっとワクワク・・
「ねぇ〜、楽しくやらなきゃぁ・・ねぇ〜」と爺さん!
「お客さん、ご飯は一緒に出しますか?まだビール飲んでるなら、いい頃合い見て出しますよ、味噌汁も冷めたら美味しくないでしょ」・・抜群の気遣い!
「あっ、じゃぁそうして頂けますか・・」
「はい」
「あの婆さん気がきくだろ!」
「そうですね、ちょっと感動しました!」
爺さんも嬉しそうに何度も頷き、
「気がきくんだよ、昔から・・」
「昔からのお知り合いですか?」
「小・中学の同級生だよ、まぁその前から知ってはいたけどね」
「そうなんですか」“わぁいいなぁ〜こう言う付き合い”色々話が聞きたくなる。「はい、お待たせしました。ちょっとピリ辛だから卵を混ぜるとちょうどいいかな?」
ボリュウム満点・・豚バラに玉ねぎ・ニンニクの芽・にんにく丸ごと・キャベツ・ニラがどっさり立ち上る湯気がにんにくの香ばしさを運んでくる。
真ん中にちょこんと乗っている卵がまた良い!・・これ絶対うまいだろ!
「いただきます!」・・・・うわっ!うめぇ・・これやばいぞ!
「うまいかい?」
「はい、めちゃめちゃ美味いです」
「おい、美味いってよ!」
「良かった、ありがとうございます・・“よっちゃん”何か食べる?」
「任せた・・」
「任されたって困るよ…ねぇ〜」と優しい笑顔を見せ、ゆっくり厨房に入っていく
店に入って来た時の女将さんの表情とは別人だ。爺さんの存在か?この料理の味がそう思わせているのか・・ただ間違いなく言えることはの店に入った事、そしてこのふたりに会えた事は大正解だ!
「はいよ!」と女将さんが爺さんに“焼きなす”を持ってきた、大量の鰹節が踊っている!・・・・“うっ美味そう!”
「おぅ!ありがとう!」一口サイズに切れているナスを幸せそうに口に運ぶ爺さん。・・それを優しい笑顔で見つめる、女将さん・・“なんか良いなぁこのふたり”
「おっ、焼酎くれよ、水割りで」
「あんまり、呑みなさんなよ!」
「大丈夫だよ・・オタクも呑むかい?奢るよ!」
「えっ、あぁ・・・」
「コチラさんにも、出してやって・・俺につけて」
「えぇ〜呑みます?」
「呑むよ!」
「“よっちゃん”に聞いてないよ!」
「そうか、はははっ・・怒られちゃった!」
「じゃぁ・・いただきます!」
「何飲まれますか?」
「同じもので・・」
「良いの?焼酎と日本酒くらいしかないからなんだけどお茶とかで割ります?」「いや、水割りでいいです」
「それが一番だよ!焼酎の味を壊さないからね、水は・・」
「“よっちゃん”は、いちいちうるさいよ!」
「自分も水割りでお願いします」
女将さんが厨房に入ると・・少し酔いの進んだ爺さんが・・内緒話のように・・
「俺の初恋の人なんだよ!・・あの婆さん!可愛かったんだぁ〜!」
「そうだったんですか・・わかるなぁ!」
「そう?‥あれ、出戻りなんだけどね」
シィ〜と人差し指を口に当てる“お茶目な爺さん”
自分もシィ〜と同じポーズをとってみる。
「色々苦労もしたんだろうけどね・・」
「まぁ、色々大変な思いはしたんでしょうね・・」
「うん・・・でもあの頃のまま変わってないのが嬉しいね」
爺さんの想いが伝わってくる‥
「色々あったにせよ、俺にとってはいつまでも“〇〇みさこ”だからね、ず〜っと」「そうですよね・・すごくわかりますよその気持ち・・」
「なっ!俺も色々な女とあったけどさ、奴が一番良い女!」と舌を出して戯ける。厨房から女将さんは漬物と枝豆を持ってきて・・
「お客さんごめんなさいね・・つまらない話に付き合わしちまって」
「いいえ、とても良い話を聞かせてもらってます‥お二人の関係がとても素敵です」
「へへへへぇ〜そうかい!」
「あっ、また変なこと言ってるんでしょう・・酔っ払いが・・まったくぅ〜」
と爺さんの座っているカウンターを綺麗に拭いている女将、「いいよ」と布巾を取り上げ自分で拭く爺さん‥それもまた微笑ましい!
思わず聞いてみた‥
「お二人は、なんて言うか・・そのぉ〜過去に恋仲っていうか・・そういう・・」「ないない!‥そんなの、またこの人余計な話したの?」と女将さん
「えっ?なかった?そうだっけ?」と爺さん
実は、女将さんに縁談の話があった時・・女将さんは爺さんに何気なく相談した事があったらしい、しかしその時、爺さんは“良い話じゃねぇか‥玉の輿だよ!”と
後から、女将さんお友人から「あの時、あんたが、やめろって言えば・・みさこはそう言って欲しかったのに・・」と女将さんの本心を聞かされたらしい。
「当時はよ、男はそんなことをよ・・」と後悔まじりの強がりを言う爺さん!
よくあるパターンだなぁ・・すると小さな声で‥
「また、生まれ変わったら‥ねぇ、今度はきちっと!」
と笑顔でペロッと舌をだす爺さん!
その言葉、仕草が可愛くもあり、かっこ良くもあり・・・
なんだかすごく嬉しくなり・・
「応援します!」
「おっ!ありがとう」と握手を交わす!しわしわの暖かい手だ
二人の思い出話が、とても暖かくて、心地よくて・・・
「お父さんは、もしかして毎日のように・・・?」
「そうよ!毎日来るのよ!」
「良いじゃねぇかぁ、有難いだろうがよ!それにちょっと来ないと、“どうしたの?”って電話してくるじゃねぇか・・」
この“どうしたの〜”が、まるで女形のようで笑えた。
「心配してやってんよ!そっちこそ感謝しなさい!」・・と始まる。
勝手にやってくれと言った感じだが、見ていて本当に幸せな気持ちになる・・

かなりの時間が過ぎた・・
「あぁ、今日は楽しく食事が出来ました、ありがとうございます。また是非、寄らせていただきます。お勘定をお願いします。」
「あっ、ごめんなさいね、ご飯出してないわね、おにぎりにして持って行ってちょうだい、お味噌汁も出してない、ちょっとそれだけでも飲んで」と慌てる女将・・「まったく、しょうがねぇなぁ〜」と爺さん
「よっちゃんが余計な事ばっかり話すから・・」
「いや、大丈夫です、お二人の話でもうお腹いっぱいです!(笑)本当に美味しかったし楽しかったです!また来ます。おいくらですか?」
「えぇ〜困ったわね・・・・じゃぁ1000円だけ頂こうか・・」
「いやいや、ちゃんと取ってくだい」
「旦那!良いんだよ!1000円で良いの!そう言うんだから、それで良いのっ!」と爺さん
「わかりました、じゃぁ・・」と1000円渡し・・
「また来ます!」すると女将さんがちょっと気不味そうに・・・
「ごめんなさいね…うち今月いっぱいで店閉めるんですよ、せっかく来ていただいたのに」
「えっ、そうなんですか・・後もう一週間もないじゃないですか・・」
「もう歳だしね・・・ゆっくりと好きな事して、お友達とおしゃべりして・・」「たまに、俺とデートしてな!」
「そうだね!」と笑う
女将さんには前のご主人との間に一人、息子さんがいるが、年賀状のやり取りだけでもう何年も会っていないと言う、爺さんも奥さんを早くに亡くし同じく息子さんが近くにいて、たまに孫を連れて遊びに来るらしい・・
「でも、お店が無くなると寂しくなりますね…楽しみの晩酌ができなくなるし」「えぇ、そうだな、どこか、若いお姉ちゃんのいる店探さなきゃ‥ねぇ〜」
「そんな、八十七の爺さん相手にしてくれるとこなんて、無いよ〜」
「そんな事ないよ!お前、俺は結構モテるんだよ!」
「やめときな!年寄りがみっともない、たまにあたしが飯くらい作ってやるさ・・たんまり頂くけどね!(笑)」
「聞いたかい!がめついババアだね!」
まるでちょっとした恋愛ドラマみたいだ!
何故か『小さな恋のメロディー』が浮かんできた。
『小さな恋のメロディー』ならぬ『爺様恋のメロディー』だなんて勝手に思い…
思わず吹き出しそうになる。どっちにしても名作だ!

お互いがお互いの全てを受け止めて、思いやり、きっと何も意識する事なく自然に、極々自然に支え合っている、羨ましくも思えた、理想を見ているような、爺さんの純粋さが伝わって来て、女将さんの包むような暖かさが感じられて・・
来世では必ず一緒に…と思いもすれば、このままの状態が幸せなのか?
でも間違いなく、今、暖かな幸福をこの二人は感じ、そして振りまいている。

          ❤️そういえば、アイツどうしてるかな❤️・・・誰だよ!

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