淋しさから生まれる笑顔
駅の階段を降りたところで
「オイッ、〇〇」と声をかけられる
作業着姿のニグロヘアーで色黒、一瞬黒人かと見間違うくらいの男…
「おぉ、山室か、最初誰だかわからなかったよ!」
「お前はすぐわかったよ・・元気?」
「おぉ」中学生の頃、学校は違うが時々遊んだヤンチャ仲間だ
「懐かしいな、呑みいこうぜ!すぐそこだよ!」といきなり肩を組んでくる
「今から?」
「そうだよ、何か用事あるの?」
「いや、無いけど」
「じゃぁいいじゃん、付き合えよ!そこのママお前の中学の先輩だよ!来いよ!」
山室の強引さは中学の頃と変わらない、なんだかんだと言いながら自分のペースに引き込んで行く
当時、駅の階段の裏手に居酒屋・定食屋・スナックと数軒の店が軒を連ねていた。
そのスナックに山室は勢いよくドアを開け「おぉ〜っす!」と入っていった。
「お前、もっと静かに入って来いよ!馬鹿野郎!」とママに一喝されるも全く聞いてない!
「ママの後輩連れてきたよ!俺とタメの〇〇・・(俺に向かって)由美子ママ」
「いらっしゃい!・・・よろしくね」
「どうも、よろしくお願いします。」
「何かしこまっているんだよ、このおばさん俺らの5コ上!」
「山室・・・お前少しうるさい、黙っていろ!何呑む?山室のボトルで良い?」
「いいべぇ俺ので!」
「あぁ、なんでも!」
「お腹は?何か食べる?簡単なもんしか出来ないけど作ろうか?」
「おぉ、お前食ってねぇべ!・・・何か作ってよ!」
「お前に聞いてねぇよ!〇〇君食べる?」
「あぁ、じゃぁ・・・・」
「焼きそばで良い?」
「はい!」
この焼きそばがめちゃくちゃ美味かった!肉・野菜が多く、それに少しカリッとした麺が絡んでいて目玉焼きが上に乗っている。目玉焼きを崩すと半熟の卵が麺にまた絡み味が変わる。
一度で二度美味しいってやつだ・・・
その日以来、ちょこちょこ店に寄らせてもらう事になるが2回に一回は注文していた様に思う。
山室とは当時の思い出を語り、先輩のママとは〇〇先生って知っているか?とか「あたしらの頃はさぁ・・・」「自分らの時は・・・」と三人で盛り上がり、同時に居心地の良さを感じていた。
外観は場所柄もあるがちょっと危険な雰囲気で一人では、先ず入らないであろう店構え!
勇気を出して入ってもあの先輩の風貌にちょっとビビる?
でも、話してみるとすごく暖かくて、気持ちが和む、甘えたくなる・・・姐御って感じだった。
山室が毎日の様に通っているのがわかった。
あっという間に数時間が過ぎ夜中1時をまわっていた。
「そろそろ閉めるよ!〇〇、また来なよ!」
「はい、楽しかったです、また来ます!」
「ほら、俺の言った通りいい店だベェ〜!」
「おぉ!通いそうだよ!(笑)」
その日の会計は「俺が誘ったから・・」と俺が払うと聞かない!
「どうせ、今日払うのは前回分だろ!〇〇は関係ねぇんだから・・
今日の分は次でいいよ、次で!」とママ
「あっ、俺払いますよ!」
「いいよ!今日は山室の顔立ててやれよ!」
山室はフラフラしながらポケットからくちゃくちゃになった数枚のお札を手渡し・・・
「足りる?」
くちゃくちゃになった札を伸ばしながら「ふん」と笑い「あぁ〜いいよ!」ってママ
多分足りていないのだろう!俺の顔を見て俺を気遣う様に優しく微笑んだ。
「山室、お前、今日は真っ直ぐ帰れよ!〇〇の家は右・お前の家は左だからな!」
「わかっているよ!うるせえな・・・行こう!」と俺の肩をトントン叩きニコッと笑い・・
二人で店を出た。
「今日は楽しかったよ!ありがとうな!」
「だベェ〜!じゃぁなぁ〜!」とふらふらしながらママに言われた通り山室は左に俺は右に別れていった。
それから2、3日後、駅の階段を降りていくと階段下に山室がニコニコして立っていた!
「やっと来たな!待っていたんだよ」
その瞬間、覚悟を決め「(由美子)行くか?」と言うと、かなり例えは古いが自分達の年代的にはぴったりの表現となると思う…不二家に行ってペコちゃんサンデー食べようか?と誘いに大喜びする小さな子供の様にこれ以上無いと言ってもいいくらいの笑顔で「行こう!行こう!」とはしゃぐ、紺のハイネックシャツにグレーのニッカポッカに地下足袋、頭に手拭い巻いた色黒の20代後半の厳つい男がまるで飛び跳ねるように・・・
その日も上機嫌の山室・・・ニコニコしながら話、呑み、笑う
そんな、付き合いが何度となく続いた・・・
いつしか自分も一人で「由美子」に立ち寄ることも増えていった
「こんばんわ」
「おぉ、いらっしゃい!・・・ひとり?」
「はい」
「最近、アイツ来ないんだよねぇ・・・会ってないの?」
「自分も最近会わないなぁ・・・って思っていたんですよ、忙しいのですかね?」
「忙しいっても、日雇いだろ・・・・」と少し心配そうに首を傾げるママ・・・
優しい人だなぁ・・・口も悪く、横柄な態度、見るからに・・・・だけど真から優しいのだ
ママの作る料理も見た目はドッカ〜ンだけど味は繊細、「ほらよ!食いな・・!」と言われ
「なんだよ!」と思いながら口に入れるとものすごく暖かくてホッとする。心を感じるんだ。
「どうした?」「気にすんな!」「そんなのいいじゃねぇか!」「よかったじゃん!「やるなぁ!」
「馬鹿野郎!」「大丈夫だよ!」「しばけ、しばけ」「おい!」「テメェ〜」「お前なぁ〜」「サンキュー」全ての言葉に愛がある!
そっと支え、包み込み、時に突き放しつつも見守る心と言葉、ありがたかった!
「山室はさぁ、お前と再会した時にさ、お前が普通に受け入れて付き合ってくれた事がめちゃくちゃ嬉しかったみたいだなぁ」
「そうなんですか?」
「うん、ずっと地元だから、昔の仲間にもよく会うじゃん、でもみんな煙たそうにするんだって」
「・・・・」
「お前がガキだからじゃねえのって言ったら落ち込んでいたよ!」
「じゃぁ俺もまだガキって事だ!(笑)」
「じゃねぇよ!他の奴らとお前が大切にしているものが違うんだよ!・・・
あたしにはわかるんだよね・・・・なんとなくだけど!」
自分にもママの言っている事がなんとなくわかった「うん、そう、そんな感じ!」ってレベルで
山室と会ってから時々、ふとした時に感じていた事があった
「俺、山室の笑顔って好きなんですけど・・・時々、その笑顔・・」
と言いかけた時カウンターの中でつまみを作っている手を止め、スッと顔を上げ・・・
「淋しそうなんだべ!・・・悲しそうって言うか・・」
「そうなんですよ!・・ママも感じていました?」
「アイツがこの店に来る様になってからずっとそれは感じていたよ!」
「複雑なんですよね・・・家庭が」
「知らないけど・・妹がいるんだろ?」
「あぁ〜いましたね、中学の頃だからよく覚えてないけどマブイ子でしたよ・・・確か」
「時々、妹は可愛くてめちゃくちゃモテるんだって自慢していたよ!」
ハッと思い出した様に・・
「そう、連れて来いよ!って言ったら、「いいよ」って顔つきが変わった事あったな!」
「顔つきって?」
「怒っている様な・悲しんでいる様な・・・それっきりあたしも触れていない・・」
「そうですか・・・」
「みんな、それぞれ人にはわかんねぇ事を抱えてんだよ!」
暫く沈黙が続いた・・・
山室の事がものすごく気になった・・時計を見ると22時30分をまわっていた・・・
もう少し呑みながら山室を待ってみるか、このまま帰るか、迷っていた!
「お前、ちょっとしか無いけどカレー食う?っていうか食っちゃってくんねぇ?」
「あぁ、いただきます!・・今日アイツ来ますかね・・?」
カレーを温めながら口をへの字曲げ首を傾げ「わかりません」のポーズをとるママ
丁度〆には良い量の茶碗カレーが出された・・「これ食べたら帰ります」
「ハイよ!」
山室が店に来たのはその5日後だった・・・
いつになく落ち着いた雰囲気でドアを開け「久しぶり!」と笑顔を見せいつもの様にカウンターに腰を下ろしいつもの様に酒を呑み、たわいの無い話をして・・・
「〇〇、この間来て、お前の事心配してだぞ!」っと言ったら、ニコッと笑い!
「アイツ、いい奴だべ、ねぇママ、いい奴だべぇ?」
「そう言う奴は大事にしろよ!」と言ったらニコッと笑ってピースサインをして
「何か食いてぇ、作ってよ!少なめで良いから」と言うので・・・
チャーハンを作って出した・・・
「あぁ〜旨ぇ〜!」と一気に食べニコニコしながら・・・
「ご馳走様!美味かったぁ!」と言い、残りの水割りを飲みほした
「いくら、今日の分と前の分と全部払って行くよ!」
「どうした?珍しい・・・いいよ、前の分だけで・・・」
「大丈夫、たんまり持っているんだよ!」と胸を張る
「うん〜じゃぁ〜・・・・・」
何かが引っかかる・・
「はい、これで・・・ママいつもありがとうね!じゃぁ・・」と山室は店を出た・・
その後ろ姿をママは黙って見送ったと言うより言葉が出なかったと言う。
気になって…気になって…居た堪れなくなって山室を追った・・
山室は店を出て正面にあるバス停の所でボーッと立っていた・・・
ママが声を掛けようかと思った時に、山室は道路にスーッと引っ張られるように・・
その瞬間大型ダンプの急ブレーキのけたたましい音とともに山室の姿は一瞬にして消えた
その日から3・4日して店に寄った俺にママが・・・
「アイツ、死んじゃったよ・・・」
「えっ?」
「びっくりしたよ!何にも出来なかった、誰が警察や、救急車呼んだのかも、わからない、そのあと自分が何をしたのかとか全く覚えてないよ・・・」
とママは目を潤ませながら・・・その日の事を話してくれた・・・
「そうだ!今日これ二人で飲もうよ・・・」と山室のボトルを出して来た・・・
ひらがなででっかく斜めに「やまむろ」と書かれたダルマ(サントリーオールド)
奴はいつも濃いめの水割りにして飲んでいた・・・
もう3分の1程度しか残っていないボトルを二人で・・・
無意識に、すぐに無くならない様に薄めてゆっくりと呑んでいた様に思う。
山室が初めて店に来た時の事から様々なアイツらしいエピソードをとても丁寧に話してくれた・・・丁寧に話すママに山室という人間に対する愛情を感じた・・暖かった、涙が溢れた・・・
「どうしても受け入れられないって言うか、理解できないっていうか・・・・?」
「何だったんだろうな?自殺じゃぁねぇよな?あたし自殺だったらゆるさねぇよ!マジで!」
「・・・・・」何にも言葉が出てこない、ただ山室のあの笑顔だけが浮かんでくる・・・
肩を組んで顔を近づけてニコニコと・・・後ろから突然首を絞め、覗き込む様に見せる笑顔・・
時々、鬱陶しいとも思ったが・・それが山室の良いところ、可愛さでもあった!
物凄く、仲間を大事にした、仲間の為に喧嘩も買って出た、優しい男だった。
真実が知りたいとも思った・・・考えたくないとも思った・・
あの笑顔は短かったけど良い人生・幸せだったと言う笑顔であって欲しい・・・と思う
でも山室から「淋しさから生まれる笑顔もあるんだぜ!」って教えられた様な気もしている。
たとえどう生まれた笑顔でも・・・
ママも俺も山室の笑顔から多くの事を感じさせてもらった事は間違えない・・・
「笑顔を大切にしろ」って・・・言われている様にも思う・・
最後の一杯を作り終えた時・・・
「なぁ・・・これどうしようか?」と
ママは空になった山室のボトルをしみじみと見つめていた・・・
その4ヶ月後の12月31日をもって「スナック由美子」閉店した。
今は駅も綺麗にリニューアルされ、もうそこには面影すら無い・・
駅の正面や脇道や裏側にはまだ名残が残っているのに・・・
「スナック由美子」は、山室と呑んだ、ママと語ったあの場所はもう無い・・
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