見出し画像

なぜ"マイコーチ"をつける必要があるのか?

コーチングをする人は、基本的に自分をコーチングしてくれる人、つまりマイコーチを他のコーチに依頼しています。

それは必ずしも、「同業だからまずそのサービスをクライアント体験として受ける」といった意味合いだけではありません。また、先輩コーチに「先生」としてお願いするわけでもないのです。

ではどういった実利を目的としてマイコーチをつけているのか、について今回は書いてみます。


内面的葛藤の自己管理を効果的に行うため

コーチングはざっくりと言うと対人支援に関するものです。クライアントから色々な話を聞きながら必要なアプローチをしていきます。

コーチがクライアントに本音を伝えていくのも非常に重要な関わりですが、あくまでプロとしてやっている以上、そこには「必要性」という意図が理屈にせよ直感にせよ存在しています。コーチの内面を意味なくダダ漏れさせているわけではありません。

そういう意味でも、コーチは内面的葛藤を自己管理していく必要があるのです。そしてそれを効果的に行うには、結局自分がコーチングを受けるのがベストプラクティスだよね・・・ということになってきます。

ここはコーチングの一般的な価値とも繋がってきます。内面的葛藤にフタをしてふつふつとした暗黒エネルギーに変えるより、それと向き合って昇華させていくためにコーチングが必要なんですね。

なのでコーチのような対人支援職に限らずとも、本音をダダ漏れさせにくい・させられない立場や状況にある場合は、コーチングに相性がよい状況と言うことができます。

セルフコーチングには限界がある。自分のことは自分では見えない

ここでシンプルな疑問が一つ出てきます。「コーチングができるんだから、自分で自分をセルフコーチングしないの?」というものですね。

実際のところ、セルフコーチングには限界があります。自分のことは自分では見えないからです。極端な例え話をすれば、いかに優秀な外科医でも自分で自分を執刀できない・・・というイメージです。

もちろんセルフコーチングに意味がないということはありません。自分で問いを立てたり、自分で身体感覚を感じ取ったりといった手法はいくつもあります。

また座禅や瞑想などはある種のセルフコーチングに近いものがあるかもしれません。インド式のもので数日間毎日ずーーーっと瞑想し続けるという荒行(?)がありますが、そこまでやるとかなり自己の深いところまで入れるらしいです。(いつかやってみたい・・・)

ただあくまで日常レベルの話をすれば、基本的にはセルフコーチングで他者からのコーチングを超えることは困難です。無意識的にある自分の様々な思い込みを自覚して取り扱うことは、なかなかできません。

「気付く」ことで必要なステップを進むことができる

結局のところマイコーチをつけて得られるものは、「気付く」ということです。葛藤が何者であるのか。それがどこから来ているのか。それを理解したうえで自分がどこに向かいたいのか。

そういった自己認識が得られれば、人は基本的に自ら行くべき方向に進んでいくことができます。自分に必要な選択をする。必要なことを自ら学ぶ。必要な関係性を自ら築く。そして時には今はもう不要となったものを手放す。

コーチ自身も他者からコーチングを受けることで、「今の自分の状態」に気付き、自らを整えて日々のミッションに戻っていくのです。

そういう意味でも、コーチングの学習をしている人であってもそうでなくても、コーチングによって得られるものは変わらないんですね。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?