【第2回】司馬遼太郎 著 『花神』
幕末に彗星の如く現れた技術の教徒・近代兵制の創始者 大村益次郎
第2回で紹介するのは、私が幕末維新期の小説で最も好きと言っても過言でないだろう作品、司馬遼太郎氏の「花神」です。
これからこのnoteで司馬遼太郎作品を多数紹介することになると思いますが、私にとって幕末小説の一丁目一番地、特に大切な作品なので最初に紹介させていただきます。
長州は鋳銭司村の村医・村田蔵六(のちの大村益次郎)は、緒方洪庵主宰の適塾に学び、時代の求めるまま蘭学の才能を買われ、宇和島藩から幕府、そして長州藩へと取り立てられます。やがて討幕軍総司令官となって日本全土に革命の”花粉”を撒き散らしていくという、大村益次郎の生涯の評伝にして幕末維新期を通読するテキストである本作品は、上・中・下の3巻です。
物語は蔵六が適塾に入塾する弘化3年(1848年)に始まり、明治2年(1869年)に刺客に襲われた傷をもとに亡くなるまで。まさに幕末維新期を駆け巡った人物でした。
幕末維新期の大まかな流れ
ここで幕末維新期の大まかな流れを、私流にまとめてみますと…
【1】ペリー来航
【2】開国
【3】国内の混乱と徳川体制の揺らぎ
【4】尊皇攘夷の芽生え・雄藩の台頭
【5】公武合体の(失敗)
【6】尊皇攘夷運動の激化
【7】倒幕勢力の拡大
【8】王政復古の大号令
【9】倒幕・明治維新
こう列挙すると行間を埋めていきたくなるのですが、大体はこの流れでOKでしょう。
大村益次郎(村田蔵六)の生涯は、およそこの流れに沿うようにして動いていきます。
蘭学の習得、宇和島藩での蒸気船の製造、江戸出府・講武所教授、長州征討、戊辰戦争…村医から「サムライ」に身分を変え、求められるところに赴いていく蔵六ですが、彼が時代に対して受動的であったのかというとそうでもない。
一言で言うと、彼はとっても個性的な人、「変人」だったのです。
変人・大村益次郎?
人を人とも思わない無愛想な性格。殿様に対してもその態度は変わらず、とにかく合理主義で技術を信奉し、その研究と研鑽に生涯を費やした人でした。
例えば彼の人間性を垣間見れる描写の一つ。宇和島藩主伊達宗城の命を受け、町職人の嘉蔵とともに蒸気船を完成させた蔵六が、御試乗の日に放った言葉。
皆さんはこんな蔵六を、どう感じますか?
私にとっては、彼があくまでも技術者として自らを機能たらしめ、求められるまま要職に配置されていくというのが小気味いいです。身分を問わず実力者を重用する為政者が現れてきたというのもこの時代の注目ポイント。
司馬遼太郎氏は蔵六について、「思想といういわば余計なものが介在する余地がないほどに全身全霊を上げて技術の教徒であった」と評しています。
ぜひこの一癖も二癖もある蔵六ワールドを味わっていただきたいです。
なおこの宇和島藩で蒸気船を製造するお話は、司馬遼太郎氏の別の短編「伊達の黒船」でも読むことができます。こちらは主眼を嘉蔵においた、日本人の技術習得能力の高さを描き達成感を得られる作品です。文春文庫『酔って候』に収録されています。
碧眼の女性・楠本イネとの師弟関係も見どころ
変人とささやかれた蔵六にも、鋳銭司村には妻・お琴がいました。単身赴任を繰り返す蔵六ですが、彼なりに妻を大事にしているもよう。
一方で、医学を志す女医・楠本イネ(フォン・シーボルトの娘)が蔵六に師事。つかず、離れず、だけど最も互いを理解しあっている…プラトニックな二人の信頼関係に、ヤキモチを妬いてしまうのはお琴だけではないのでは?
死を前にした蔵六が、「『このイネばかりが、おれのおんなだ』と、叫びたいほどに思ったにちがいない」と描かれる本作。蔵六・イネ・お琴の三角関係にも注目なのです。
NHKでは大河ドラマ化されている
ご存知の方も多いでしょうが、この作品は昭和52年(1977年)にNHKで大河ドラマ化されています。主演の大村益次郎役は中村梅之助さんが演じていらっしゃいます。
この作品は他に『世に棲む日日』『峠』『十一番目の志士』『酔って候』などの司馬作品も原作にしているということで、是非チェックしていただきたいところ。NHKオンデマンドでは総集編を見ることができますが、控えめに言ってもとっても面白いですよ。
盟友・桂小五郎が残した言葉
蔵六を長州藩に取り立てたのは桂小五郎だと言われています。
その桂小五郎(のちの木戸孝允)は、蔵六の果たした役割について次のように語ったと、『花神』の解説において赤松大麓氏が述べています。
どこで発言したのかなあと思って国立国会図書館デジタルコレクションにて木戸孝允文書を調べてみましたが、この人は手紙をたくさん書いてらっしゃって、その中でも蔵六の話題がたくさん出てきておりました。(該当の文章は見つけられず…)
明治新政府の中心人物・木戸孝允も古くから注目して信頼していた人物、村田蔵六こと大村益次郎の生涯を、ぜひこの『花神』という骨太の作品の中でご堪能ください。
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