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広げすぎない、売りすぎない


旦那さんと2人で『人生フルーツ』と『居酒屋ばぁば』の二本立て映画を観るために、鎌倉へ行った。数日間だけ上映する、ミニシアターのささやかな企画だ。

先週は子どもが風邪でサッカーの試合中に倒れたり、それを運んだり看病したりしたり、自分に病気がうつったりして忙しく、なかなか時間が取れなかった。けれども、やっとやっと合間を見つけて行けることに成功。
午前中の用事をさっさと終え、旦那さんと待ち合わせをし、時計とにらめっこしながら最短ルートで観光客のごった返す鎌倉をズンズンと進む。上映時間ギリギリ。


鎌倉市川喜多記念映画館は、旧川喜多邸と庭園を復元した、とても風情のある素敵な佇まい。
「大人2枚お願いします!」
その情緒をぶち壊すように急いで滑り込んだ私は、そう言い放った。
チケット売り場のおばさんもすかさず、「も、もう、完売なんです……」と勢いに押されながらも、答える。
「えっ」
「今日のぶんも、明日のぶんも、樹木希林さんの映画、今回企画したものはすべて完売です……」
「わぁ」
ぬかった……。
「……そうですか。これって、予約とかはできないんですか? 前売りとか」
ホームページを見て予約しなくていいのかな、と思ったけれど、小さな映画館だし大丈夫かと踏んだのだ。予約コーナー無かったし。
「前売りは、近くの書店さんでのみ行っています」
「書店さん……?!」
なんと。ローカルな。

そうか。「樹木希林さんの映画」と映画館の人は言ったけれど、『人生フルーツ』は津端夫妻のドキュメント。樹木希林はナレーションで、決してメインではない。しかし、多くの人はナレーションをしている樹木希林会いたさに来ていたのだなぁ(後日談の短編ドキュメント、『居酒屋ばぁば』では英子さんと樹木希林が2人でトークもしているし)。
今、彼女は旬だしな。失敗した。小さな映画館だと思って気を抜いた。予約は無理でも、チケットの売れ行きを電話で問い合わせぐらいはできたなぁ、と少し反省。……致し方ない。今日ではなかったのだな、この映画とのご縁は、と思って諦めた。

歩き出すと、後ろから映画館の女性が走ってきて、どこからきたのかだとか、特別会員(二千円)に入ればもっと事前に情報が入るだとか、申し訳なさそうにアドバイスしてくれる。
「『遠くからせっかく来たのに』って怒っちゃうお客様も多くてね……」と、ペコペコしながら気遣ってくださった。


さてさて。真昼の鎌倉。手持ちぶたさ。
仕方ないもんねと、お気に入りのドイツ居酒屋に行って、ソーセージと生ハム、ザウアークラウトと地ビール(生)を引っ掛けることとなった。
本当のところ、映画よりも昼ビールのほうが嬉しいのではないかと、疑いたくなるほどの笑顔で旦那さんはこう言った。
「こういう地域を大事にして、やり方変えないっていう映画館もいいよね。大事だよね」
そうなんだよね。私は彼の発言で、なんだか元気になってきた。
「まぁ、今回の私たちみたいに、こういう目に会う人もいるんだけれど。なんでも便利にすりゃあいいもんじゃないものね」
携帯電話もなければインターネットもない時代は、こんなことだらけだったのだろう。思い通りにいかない日のほうが多かったのではないか。
「やろうと思えばネット予約システムとか、座席指定とか、クレジット決済だとか、どんどんと便利にできるんだろうけれども。あえてやらずに地元の書店でっていう感じいいよね」と旦那さん。
「そうだよね。渋いよね、書店って(笑)。ほら、この前私が買った雑誌もあるじゃない。貝殻が表紙の。あの雑誌社も、『売りすぎないようにする』のを大事にするって言っていたよ。結構人気の雑誌だから、広告代理店からの問い合わせもきたり、拡大するチャンスはあったらしいけれど、編集者が楽しめてコンスタントにコツコツ続けるにはちょうどいい部数が確か2万部だったかな。そこを守って、発行を続けてるって書いてあった」
「ふうん」
「例えば自分のレストランが流行ってきたから、次はやれ何号店、それ全国展開、やれアメリカ進出、アジア進出っていうの拡大もいいんだけど。そして、なんだか一連の流れがあるけれど。みんながそこを目指す必要ないよね。あえて広げないとか、便利にしないっていうの、この時代難しいけれど。いいよね」

そうなのだ。
便利、効率、拡大、量産がすべてではないのだ。そういったものは、この先ロボットに任せればよろし。
人間数人が満足してできる範囲だとか、地域で循環できるシステムだとか、足るを知るっていう経済。機械では推し量れない、儲けメインではない、幸せを軸にした経済活動って、これからも応援したいし、私たち夫婦が目指していいきたいところ。

「せっかく来たのに」と怒って映画館を出た人たちは、きっと都会の大きな管理システムで、無駄なく効率よく、システマチックに動いている人なのだろうな、とふと思った。
悪いわけじゃない。それに、スケジュールをやりくりして、時間とスマホの時刻表をにらめっこして最短ルートで来た、自分にもそんな一面はあるから否定はできないのだ。


それにしても、思わぬ産物。
昼間からソーセージや生ハムをたらふく食べて、ビールを飲むのも至福であった。そういう、行き当たりばったりを楽しむのが、人生の豊かな時間だと思う。
帰りは恒例の、鶴岡八幡宮の鯉にエサをあげ、牡丹園を観てから帰った。



追伸
3月21日「日本映画専門チャンネル」で『人生フルーツ』と『居酒屋ばぁば』が放映されるそう! 


ここまで読んでくれただけで、うれしいです! ありがとうございました❤️