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012祖父が亡くなる

こんばんは。
2024年も既に一か月が経とうとしています。戦争は全く終わる気配もありませんし、天変地異、格差の拡大と今年も激動の時代になりそうです。

さて、先日、1年以上入院していた祖父が亡くなりました。八十年と少しの生涯でした。

夜に電話をうけたため、翌朝、急いで実家に戻りましたが、既に顔には白い布がかけられていました。ここ数年で、叔母さん、母、父方の祖母といくつもの死に触れてきたはずなのですが、どうにも、面と向かって、死と対峙することは慣れません。やはり、何度経験しても、死と生の間には何か隔たりがあるようです。

そして、恐る恐る白い布をとり、祖父と対面しました。祖父の顔は、お世辞にも美しい死に顔ではありませんでした。頬は痩せこけて、こめかみと目は大きく窪んで、目は閉じることもできず、ぱっと見開いたままでした。大変失礼な言い方かもしれませんが、正直、頭蓋骨に薄っすらと皮膚がついていると表現した方が正確かもしれません。

ふと、私は「お疲れ様です」と声をかけておりました。決して、褒められた死顔ではありませんが、あらゆる人生の苦しみと対峙して、戦って、生き抜いてきた祖父らしいなぁと感じました。

私の目から見た祖父は、電気はつけっぱなしで、テレビの音量は大きいし、扉も開けたら閉めないし、方言が強く何を話しているか分かりませんし、毎日酒飲み、父ともよく殴り合いの喧嘩をしていました。はっきり言うとクソ爺と思っていました。

半面、仕事に関しては、非常に真面目で朝というか夜中の2時、3時から、農作業をしていることもありました。また、早くに連れ合いを亡くし、娘たちも自分より早く旅立ちました。そして、脳梗塞になり、1年以上も病気と共生して、寝たきりの中でも懸命に生き抜いてこられました。80年の生涯をどんな思いで、生きていたのでしょうか。私には想像することも出来ません。

生きるというのは、私が思っているよりも、遥かに難しく、難儀なことなのかもしれません。だからこそ、阿弥陀さまの本願を信じて、念仏していくしかないのです。

合掌。南無阿弥陀仏。

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