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小説_『部屋』

このnoteは無料マガジン『部屋』で
連載していた小説を加筆修正したものです。
マガジンでは1話~10話ありますが、
このnoteはそれを一つにまとめています。
この小説は約10分で読めます。

『部屋』


1話

僕は目を覚まし、すぐに違和感を覚えた。

──知らない部屋だ。

寝起きの頭は思考を停止したまま動かなかった。

少し経ってから状況を確認した。ベッドは同じだ。
部屋だけが違う。
ビルの一室のような何もない空間。
こんなところ来たことが無い。

この部屋にあるのはベッドだけだ。
手に汗を感じる。自分の心臓の音が聞こえる。

この部屋に窓は無く、白い壁が周りを覆っている。
そして、部屋の中心にベッドが置かれている。
床は白いセラミックタイルで、ワックスをかけられたように光っている。

昨日寝たのは何時だっただろう。
寝てから、どのくらいの時間が経ったのだろうか。
そもそも今日は仕事なのか、休みなのか。
昨夜は何時に眠りについたのだろうか。
記憶があいまいで、現在の時刻も分からない。

部屋は昼間のように明るいが、光の発信源が見当たらない。
もしかすると夢なのかも知れない。

──夢。そうだ、夢だ。もう一度、眠ろう。
僕はまくらに頭を預け、目を閉じた。


2話

毎日の満員電車、無理やり作る笑顔、
上司の顔色をうかがい自分の感情を殺す日々。
何度繰り返してきたのだろう、
そして、これから何度繰り返すのだろう。

目を閉じてどのくらいの時間が経っただろうか。
いつもの僕ならすぐに寝入ってしまうのに。
繰り返される思考が、僕の眠気を剥ぎ取っている。

とりあえず目を開けてみるか…と思うが留まった。
先程と変わらない光景に囲まれた自分がいるのではないかと不安になる。

これが夢なら、寝て、また起きたら自分の部屋だ。
指先を微かに動かし、自分がたしかにここに存在していることを確認した。

──僕は覚悟を決め、まぶたを開いた。
明るい室内、白い壁、セラミックタイル。
何も変わっていない。この部屋にあるのはベッドだけだった。

ベッドの上には、まくらと毛布。
僕が来ている服は、Tシャツに半ズボン、
ユニクロで買ったパーカーだ。
ポケットには何も入っていない。
ベッドの横に置いてあったサイドテーブルは
スマホとともに無くなっていた。
スマホがあれば連絡が取れたのに。
ポケットに入れておけばよかったと後悔する。
スマホが無いと落ち着かない。

とりあえず床を見る。ピカピカの白い床だ。
ホコリは無い、掃除されているのか。
この部屋には人が来ているのだろうか。
まわりを見渡しても出入り口は無い。

僕はベッドの下を見た。が、何も無かった。
その床とベッドの間の空白から、見慣れてしまった白い壁が見えた。
体勢をもとに戻し、ベッドの上に正座をして前を見た。

そして改めて部屋を見渡した。
この部屋は、自分が元々寝ていた部屋よりも一回り広い。
天井は白い壁だけで、ライトも無い。奇妙だ。
ライトが無いのに、なぜ明るい。
声を出しても響かない。声が壁に吸い込まれたみたいだ。
この部屋を調べるしか無い。僕はベッドから降りた。
セラミックタイルは冷たかった。


3話

ベッドから降りると床の冷たさが足元から伝わってきた。
スリッパもこの部屋には無い。
僕は裸足でベッドの周りを歩いた。

普段寝ていた部屋は六畳ぐらいだったが、この部屋はそれよりも広い。
十畳はあるだろう。

歩いていると足裏に汗をかいているのがわかった。
こんな状況であれば当たり前なのかもしれない。
身体がストレスを感じて発汗している。

次は壁だ。僕は壁に沿って歩いた。
白いクロスの壁、人差し指で押すと、微かに弾力がある。
壁をノックすると、硬い物体が敷き詰められているような感覚があった。
おそらくコンクリートだ。そして背伸びをして天井も点検した。
同じような白いクロスの壁だった。
部屋を一周しても出口は見当たらなかった。
セラミックタイルの床は、足裏を通じて僕の身体を冷やした。


4話

部屋を点検してみると、ひとつ不思議な点があった。
白い壁紙には全く切れ目がないのだ。
部屋の角も直角ではなく、曲線になっている。
この部屋には角がない。
四角い部屋ではあるが、つなぎ目の部分は緩やかに曲がっている。
こんな部屋見たことが無い。
曲線に沿って、手を這わせてみるが、ただ壁が続いているだけ。
叩いても乾いたコンクリートの音が鳴るだけだ。

僕はわけも分からずに叫んだ。
声は壁に吸い込まれたように消えた。
僕は白い壁に左肩を向けて突進した。
肩を強打し、床に倒れた。強烈な痛みが走る。
ただ痛みを受け入れることしかできなかった。
壁はびくともせず、僕を冷ややかに見ていた。
しばらくの間、床に横になって呆然としていた。

痛みが引いてから、部屋の中心に置かれているベッドを見た。
このベッドだけが、唯一の僕の持ち物だ。
ニトリで購入した木製のシングルベッド。

このベッドを使って壁を壊せないか…と脳裏に浮かんだ。

我ながら、いいアイディアだと思った。
とりあえず、少し休憩しよう。
部屋を隅々まで点検し、壁に突進して体力を使った。
僕はベッドに横になった。
そして、いつのまにか眠っていた。


5話

「確かに良い案だとは思う。でもこれじゃ通せないぞ。しっかりと現状把握をしたうえで、その根拠を持ってこい。いつもおまえにはそれが足りない。やろうという意思は感じるし、行動力もある。あとは現状をしっかりと把握して、本当の問題を見つける努力をしろ」

僕は目が覚めた。
夢を見ていたようだ。
会社の上司に改善提案をして指摘を受けている場面だった。
実際に言われているようなことだ。
もしかすると過去の反復だったのかも知れない。

現状把握が足りない。根拠がない。これが僕の弱みだと。
逆に強みは行動力だと。僕は物事を感覚で進める傾向にある。
これをしたらうまくいくだろうという感覚。
でも仕事はそうは行かない。
入念な分析をおこなって、問題を特定し、課題を設定する。
その上で解決するための策を練らなければならない。
そして関係者に解決策の案を説明し、合意が取れれば行動に移す。
遅すぎる。
僕は、このプロセスが苦手だったし、やる気も出なかった。
大体、こんなことをしたって給料は上がらない。
稼いだお金は強制的な付き合いの飲み会とゴルフで消えていく…。

なんで部屋に閉じ込められている状態で仕事のことを考えなければいけないんだ。仕事のことなんて考えたくない。仕事中だけで十分だ。

僕は体を伸ばし、深呼吸をした。
眠気は無い。白い壁に囲まれた部屋は相変わらずだ。
でも何か違和感を覚えた。
壁が近くなっている。
起きた時には気がつかなかったが、部屋が狭くなっている。

ふと、床を見ると鉛筆と四角い包みが見えた。
包みはコピー用紙の束だった。
鉛筆の先は削られているが、丸みを帯びており、意図的に丸くしたような印象を受けた。

意図的に。

この想像は体中に鳥肌を立たせ、僕を混乱させた。
誰かがこの部屋に入ってきて、鉛筆とコピー用紙を置いていった。
鉛筆の先は意図的に丸くしている。

やはり僕がこの部屋にいるのは何らかの理由あるのだろうか。
鉛筆とコピー用紙がそれを証明しているようだった。
何者かの手によって、僕はこの部屋に閉じ込められている。
そして最初に見たときよりも、周りの壁は近くなっている。
それが何を意味するのか、今のところ分からない。
僕は包みを剥がして、コピー用紙を一枚取り出した。


6話

紙質は良い。厚く、滑らかだ。再生紙では無さそうだ。
いつもの癖で用紙の右上に日付を書こうとしたが、今日の日付がわからなかった。

僕は用紙の右上に「部屋」と縦書きで記入した。

どのくらいの時間が経ったのだろうか。寝たのは二回だ。
でも長く眠っていないと思う。感覚では十二時間ぐらいだろうか。
この部屋は常に明るいが、どこから光が入っているのかわからない。
だから時間の感覚が狂う。壁も床も白色で区別がつかない。

この紙には寝た回数と推測される日数を記入していこう。
あと、部屋について気づいたことを書いていこう。
僕は用紙に鉛筆を走らせた。

僕は十二時間前からこの部屋にいる。
床は白のセラミックタイル、壁は普通の壁紙。
部屋に角が無く、滑らかに曲がっている。
部屋は明るいが光の発信源はどこか分からない。
そして部屋の面積は少しずつ縮まっている。
部屋にある私物はベッド。あとは今手に入った鉛筆とコピー用紙。
改めて紙に書かれたことを読み返してみるが、特に得られるものは無かった。
「喉が乾いた。腹も減った」
十二時間が経過しているというのは、喉の渇き、腹の減り具合からみても、あながち間違っていないと思う。

僕は新しい用紙を取り出し、中心に四角い部屋を描いた。
中心にある部屋と余白を眺めていると、部屋の外側が気になり始めた。
この部屋は外から見ると、角が丸いキューブだ。
おそらく白色の。部屋の中心に白いキューブが佇むイメージが浮かんだ。
中心のキューブに光が当てられている…。

もしかすると、この部屋が明るいのは、外から光が入ってきているからなのではないだろうか。
僕はとっさに壁に手を近づけた。
すると近づけた手のひらが光った。
光は壁紙を突き抜けて、外から入ってきている。
光の発信源は外だ。


7話

すべてが意図的に仕組まれているのだろうか。
でも、いったい何のために。そもそも今日は何月何日だ。
何曜日だ。なぜ記憶が無い。
これも意図的に消されているのだろうか。
この普通の白い壁の外には誰がいるのだろうか。
もう一度、しっかりと点検しよう。
僕は部屋中を細かく確認した。
白い壁と床はセラミックタイル、部屋の角は丸くなっている。
白い壁は光を放っている。
特に新しい事実は無かった。
憤りを感じ、僕はベッドの上に置かれたまくらと毛布を壁に向かって投げた。それだけでは物足りずに、マットレスを剥いだ。
ベッドがフレームだけになり、中心に鉄のかたまり現れた。
それは金庫の側面のように見えた。
これは扉だ。


8話

扉はシングルベッドいっぱいの大きさだった。
僕はこの扉の上に寝ていたのだ。
金庫のようなその扉の右端にはタッチパネル式の数字が並んでいた。
おそらく数字を押して、解錠することができるのだろう。
スマートフォンのロックを解除するみたいに。

この扉の発見は前進だ。
さっきまで、この部屋には何のヒントも無かったのだ。
ヒントはとても身近な場所にあるものだ。
おそらくこれを開けることができれば、外に出られるだろう。
僕はそう直感した。
が、すぐに違和感を覚えた。

僕はベッドの下を見た。
ベッドは木製の四本の脚に支えられており、その間は空白である。
扉が外に通じているのであれば、ベッドの下は空白で無いはずだ。
扉の先には何もないのだろうか…。
考えていても仕方がない。とりあえず開けてみよう。
僕はタッチパネルの数字を見つめた。


9話

いったい何の数字を入力すればいい。
その数字のボタンは扉と同じ銀色で、薄い白色の線で囲まれている。
モニターは無い。僕はひとまず、スマホのロック番号である4桁を入力した。すると、スマホのバイブレーション機能のように扉が振動した。
扉は開かなかった。
スマートフォンの場合、番号を入力して振動するのはロック番号を間違えたときだ。
同じ仕組みだろうか。

4桁の番号ってなんだろうか。
僕は、いったん入力するのをやめて、扉のふちに座った。

僕は自分の誕生日をすぐに入力した。
0721。
相変わらず、扉は振動するだけだった。
この扉にはドアノブのようなものが無い。
数字が合えば、自動で開くのだろうか。
この部屋もそうだが、この扉も妙だ。
どこにも切れ目のようなものはなく、開くイメージができない。

そんなことを考えていても仕方がないことに気づき、まずは思いつく4桁の数字を紙に書き出すことにした。


10話

僕はいくつかの番号を書き出した。
家族の誕生日、今年の西暦。
その中から優先順位を設定し、まずは母親の誕生日を入力した。
振動が部屋に響き渡った。
誕生日じゃないのか。

残っているのは父親と弟と妹の誕生日だ。
あとは何となく思いついた今年の西暦2019、平成31年。
そういえば平成がもうすぐ終わる。
僕はあと数ヶ月すれば三〇歳になる。
最近ネットで平成の由来を調べた。
確か、「平和の達成」という意味だったと思う。
平和ってなんだ。
戦争が無くなったら平和なのか。毎日やりがいの無い仕事をして、行きたくない飲み会に参加し、休日は平日に片付かなかった仕事をするのが平和なのだろうか。平成元年、1989年に生まれ、夢に満ちて生きてきたはずだった。人生はもっと自由だと思っていたのに…。
いつのまにか僕の右頬に涙が流れていた。

視界がぼんやりとしたまま、僕は何も考えずに、1989、と入力した。
まるで自分がこの世界にいることを証明するかのように。

扉の奥で機械的な音がきこえた。
そして繋がっていたと思っていた扉の中央に切れ目が入り、両端にスライドしていった…。

────。
僕は右手に鉛筆を持ち、コピー用紙に縦書きの文章を書いていた。
「そして繋がっていたと思っていた扉の中央が割れ、両端にスライドしていった…。」と用紙の最後に書かれていた。

顔をあげようとしたがうまくいかなかった。
別に動かせないわけではない。
動かすことを自分で止めたのだ。

僕はそのままの体勢で紙をクシャクシャにした。
そして目を閉じて立ち上がった。
目を閉じている間は、理想的な状況を思い浮かべることに努めたが、現実に戻ることと、知らない部屋にいることのどちらも、僕の理想では無かった。

────僕は目をあけた。静寂のなか、ゆっくりと…。
部屋は相変わらず、白い壁に囲まれていた…。


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