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小説_『変顔』

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「会社に行きたくないな」

おれは通勤中の電車で思った。

昨日、仕事でミスをして上司に怒られた。
そんなこと、世間ではよくあることだ。
ただ、自分に自信があった部分を指摘されてしまった。

久しぶりに落ち込んだ。
「いまの仕事は自分に向いていないんじゃないか?」
と自問自答していたら、朝がきた。
おれを励ますように、天気がよかった。

今日はいつもよりも、一本遅い電車に乗った。
おれの中のささやかな抵抗だ。

駅で電車が止まり、ベビーカーを押した女性が乗車した。
おれは車椅子とベビーカー専用の場所の近くに立っていたので、場所を少し移動した。

ベビーカーはおれのほうを向いている。
母親はバッグから手帳を取り出し書き込みをしていた。

赤ちゃんがおれを見て笑った。
男の子なのか、女の子なのか、おれには見分けがつかなかった。
何も疑っていない、純粋な笑顔をおれに向けている。
とても眩しかった。

おれもニコっと返した。
赤ちゃんは笑ってくれた。

おれは赤ちゃんに変顔を披露した。
(普段はそんなことはしない)

顔のパーツをできるだけ中心に寄せた。
おそらく自分史上最高の変顔になった。

「ふふっ」

それは赤ちゃんの声では無かった。

「あっすみません」と赤ちゃんの母親がおれに言った。

どこから見られていたのか。
おれは言葉を発することができず、ただ会釈した。

その後、約10分の時間が過ぎた。
時間というのは、その時の状況により、短くなったり、長くなったりする性質を持っている。
いま感じている時間の流れは後者だった。

10分後、母親はおれに会釈をして電車を降りた。
おれもそれにならった。


さらに3駅ほど通過し、おれは電車を降りた。
この駅から5分歩けば会社に着く。

「今日も頑張るか」

おれは晴れた空を見ながら思った。

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